第一章 (6)
「いつまでも立っていては辛いでしょう。一つはうちの愚男が占領してしまってるから、悪いのだけれどアウルさん側に座ってもらえるかしら?」
白波先輩に促されアウルの隣に腰を下ろそうとすると、真宵後輩がさりげなく間に割って入ってきた。座れさえすればどこだろうと構わなかったので、おとなしく端に寄る。
「あなたのクラスメートの女の子。名前はわからないけれど、体調はよくなったのかしら?」
「おかげさまでそれなりに」
ついさっき真宵後輩に臆すことなく口喧嘩してきたばかりだ。あれなら体調がよくなったうちに入るだろう。
「朝はありがとうございました」
「お礼なんていいわよ。言ったでしょう? 後輩が困っていたら助けるのが先輩なの」
「…………」
その言葉に嘘や偽りは含まれていない。言ったとおり善意からの行動だったのだろう。
「う、うーん……くはあああぁぁ」
もぞりと対面に寝転がった男が起き上がり、盛大な欠伸をこぼした。
寝ぼけたままの様子で緩慢な動作で生徒会室を見渡し、俺たちに焦点を定めると、
「あん? 誰よお前ら。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ?」
首を回しながらどうでもよさげにそう言ってくる。
その態度に苛立ちを覚えたが、つっかかっていくわけにはいかない。
しかし言われっぱなしってのも気に食わない。何か言ってやろうとしたところで、先に白波先輩が言葉を差し込む。
「今までのんきに眠りこけていたあなたが言えることではないでしょう。それに彼らは関係者だから問題ないのよ」
気怠そうにしたまましばし停止すると、
「え、うそーん。ちょっと偉ぶったおれが馬鹿みたいじゃん」
「心配しなくてもいいわ。みたいではなくて、正真正銘あなたは馬鹿なのよ」
「ちょっとちょっと華憐ちゃん、ばっさり言いすぎじゃね? こう……ほら、オブラートに包むとかしてくれたっていいと思うわけよ」
「あなたにそんな気遣いをするつもりはないわ。それと、後輩の前で華憐ちゃんはやめなさい双獅」
双獅という名前には聞き覚えがあった。
たしか生徒会副会長の雪平双獅だ。
とろんと垂れ下がった眦にだらしなく開いた口元。少し長めの焦げ茶色の髪をピンで留めている。
「華憐ちゃんは華憐ちゃんだろう。それで、えーと……なんでこいつらがここに?」
「あなたねぇ……」
頭を押さえて溜息をついた白波先輩。
「事前に説明しておいたでしょう。ちゃんと聞きなさいと何度言えばわかるのかしら?」
「雪平くんには何度言っても無駄だと思うけどねぇ。華憐が話し始めるとだいだい眠ってるから」
「……双獅っ!」
恐ろしい剣幕で雪平先輩を怒鳴り始めた白波先輩は、俺たちをそっちのけで説教を始めてしまう。呼び出されたのに置いてきぼりにされた俺は今すぐ帰りたい衝動に駆られた。
なんで内輪揉めなんぞを見せられにゃあいかんのだ。
貧乏ゆすりが加速して、本格的に帰ろうかと考え出したところで、目の前にお茶が置かれた。
「……どうぞ」
「ありがとう」
湯気が立ち込めるお茶を一口嚥下して気持ちを落ち着かせる。
「……火鷹」
「ん?」
「……火鷹鏡です。よろしくお願いします、かっしーさん」
「ぶふっ」
喉を通過しようとしていたお茶が気管に入って噎せてしまう。
思わず噴いてしまったが、幸いだったのは口内にお茶が残っていなかったことだ。
噎せながら涙目で火鷹を見上げる。きょとんとしていた。
「な、なんだよその呼び方。俺のことかよ?」
「……おかしいですか?」
「悪いけどやめてくれ。そんな間抜けそうな渾名は願い下げだ」
なんで見知ったばかりの後輩に馴れ馴れしくされにゃあならんのだ。
俺も礼儀正しくはなかったがこんな近い距離感じゃなかったぞ。
火鷹はこくりと頷き、
「わかりました、かっしーさん」
「てめぇコラ。全然わかってねぇだろ」
眉間に皺を寄せれば、火鷹はおかしいことを言ったかとでも言いたげに首を横に傾げた。おまけに真宵後輩よりも表情が乏しいのでほんきなのか冗談なのか判別がつかない。
「……すすすっ」
火鷹が俺に隠れるようにしつつ、肩から真宵後輩を覗く。
ぎろりと眼光鋭く射抜いた真宵後輩は、
「なんですか。眼球抉りますよ」
「……助けてください、冬道先輩」
どうやら先輩として頼りたくなるほど恐ろしかったらしい。
たぶん昼休みに真宵後輩が転がした相手というのが火鷹なのだろう。
がやがやと騒がしくなってきた生徒会室。雪平先輩に説教する白波先輩。真宵後輩を恐れて俺に隠れる火鷹。アウルと談笑している翔無先輩。――ああ、話が進まねぇ。
「白波先輩、こんなくだらねぇやり取り見せるために呼んだってなら帰らせてもらうぞ」
がみがみと雪平先輩を叱っていた白波先輩はぴたりと挙動を止めると、一転して威圧感のある雰囲気をまとって振り返った。
「まだ本題に入っていないのにそれは困るわ。――そうね、こんな馬鹿の相手をしているには時間が惜しいわね」
椅子に座り直した白波先輩は口元を覆うようにして机上で肘をついて手を組む。
「あなたたちを呼んだ理由――アウルさんから聞いた話のあなたたちの印象からすると、だいたいのことはわかっているんじゃないかしら?」
「さあどうでしょうね」
「あら、わざわざ言わせたいの?」
いたずらっぽくほほ笑みかけてくる。
「いいでしょう。あなたたちは一ヶ月ほど前、不法入国してきた超能力者ディクトリア=レグルドを撃退しているわね」
「ええ」
「『組織』としては、あまりそれを好ましくは思っていないのよ」
すっと白波先輩の目が細められる。絡み付いてくるような気持ちの悪い視線を、俺は正面から睨め返す。
「今回のことは『組織』が内部分裂して被害が大きくなる可能性があったからアウルさん一人に任された――と、この辺りの事情はあなたたちの方が詳しかったわね。協力してくれたこと自体は問題ないのだけれど、問題なのはあなたたちが『組織』に所属していない能力者で、なおかつディクトリア=レグルドを屠ってしまったことよ」
「『組織』ってのは人の命と体裁を天秤にかけて後者を選ぶのかよ?」
「あなたのやったことはただの犯罪よ? これは体裁などではないわ」
「へぇ。じゃあ『組織』に属してりゃあ誰かを殺していいってことになるのかよ」
「場合によっては正当化されるわ」
断言した白波先輩に対する視線がさらに鋭くなる。
「今のあなたは『組織』からすればいつ牙を剥くかわからない危険人物なの。あなたにそのつもりがなくても、そのように見えてしまうのよ」
「……それで?」
胸元の属性石に触れて真宵後輩にいつでも戦闘態勢に入れるようにと合図を送る。万が一にも戦闘にならないとは言い切れないのだ。
背後には火鷹、正面には白波先輩と翔無先輩、側面には雪平先輩。陣形にすれば完全に取り囲まれている。もしも残る三人がテレポートより強力な能力ならば、こちらの戦力を知られている以上、かなりの劣勢を強いられることになる。
隣で真宵後輩が準備を終えた気配を掴む。
「上からの指示はあなたたちを『組織』の一員として迎え入れることよ。もしも断るというのなら、敵として処分するようにと言われているわ」
「ちょっと待ってくれ! 冬道たちは私の不手際で巻き込まれただけだ。それに彼らが敵対しないことは私がよく理解している」
焦燥感に満ちた表情のアウルがテーブルを叩いて立ち上がり。白波先輩に食い下がる。
「あなたがわかっていても、上はそうではないのよアウルさん? 何より救済の措置を用意しているでしょう。嫌ならば『組織』の一員になればいいだけのこと。簡単なことでしょう?」
「くっ……!」
取り付く島もない白波先輩の言葉にアウルは下唇を噛んだ。
「――とはいえ」
空気が一気に弛緩する。雪平先輩は盛大に欠伸をこぼして瞼を閉じ、翔無先輩はこちらの様子を見て笑いをかみ殺し、火鷹はのんきにお茶のおかわりを用意している。
「私はこれに納得していないわ。だってそうでしょう? かしぎくんたちがいなければどれだけの被害になったかわからないというのに、恩を仇で返せと言われて素直に頷けるわけがないわ」
どっかと椅子に座り直した白波先輩は火鷹が淹れたお茶を啜る。猫舌なのか、湯気の立ち込めるお茶を飲んで熱かったらしく涙目になっていた。
「けれどそれでは頭のお堅い上の連中は納得してくれないのよ。危険視していたディクトリア=レグルドを屠ったかしぎくんたちを引き込みたい、できないなら処分する。野放しにしたくないのよ。強力な力を有する能力者をね」
息を吹きかけて冷めたお茶を一口含み、白波先輩は喉を鳴らす。
「悪いが俺は『組織』に入るつもりも、処分されるつもりもねぇよ」
「ええ、もちろんよ。けれど何もしないわけにもいかないわ」
「どうするつもりだよ?」
戦闘態勢を解き、腕を組んで白波先輩を見上げる。
手駒にするか処分するかの二択しかない『組織』の上層部の連中に、それ以外の報告をしたところで跳ね除けられるのではないいだろうか。
白波先輩はにやりと片頬を上げる。
「私に任せておきなさい。悪いようにはしないわ」
……だから、嫌な予感しかしねぇんだって。
***
「ただい……うおっ」
疲れた体を引き摺ってようやく我が家に帰ってきた。玄関の敷居を跨いで靴を脱ぎ、リビングに入ったところで下腹部に衝撃が走った。
たたらを踏んでよろけ、したたかに後頭部を壁にぶつけた。
「いってぇ……ど、どうしたんだ?」
もう声を張る気力もなくなった俺は背中からずるずると座り込んで、抱きついてきた少女の頭を撫でながら問いかける。
「お、おにい、さん……」
上目遣いで見上げてくるニーナは蒼白になっており、体は極寒に薄手のティーシャツで置き去りにされたかのように大きく震え、瞳には恐怖が宿っていた。
まるで出会ったときに似たニーナの状態にただならないものを感じ、落ち着かせるためにぎゅっと抱きしめてやる。
荒く不規則に乱れた呼気がだんだんと静まってくる。
しばらく抱きしめていると落ち着いてくれたニーナが顔を上げた。
「大丈夫か?」
「はい、ありがとう……ございます」
ニーナがぺこりとお辞儀する。
気にすんな、と返すと、
「何があったんだ? すいぶん怖がってたみたいだけど。……つみれはどこいるんだ?」
「つみれ、さん……は、お買いものに……行きました」
「そういやそんな時間帯か」
「あ、の……」
ニーナは制服を小さな手で握り締めると、俺の部屋のある方向を見た。つられて俺もそちらを見る。
――おかしい。俺は思う。
ニーナはほとんどの時間を冬道家で過ごしているのだが、つみれが買い物に行っている間は俺の部屋に閉じこもって出てこないのだ。
だというのに、ニーナはリビングから飛び出してきた。
俺の部屋が危険だと判断して、逃げ出してきた。
うなじの毛が逆立ち、背筋を悪寒が突き抜ける。
「ニーナはここにいろ」
短く言い放つと気配と足音を遮断。属性石を右手に握り、第三段階までブースト状態に持っていく。眼球に熱が迸り、視界が一瞬だけ赤に染まる。
ニーナは最先端技術の塊の『機械人形』だ。『組織』の庇護下になったとはいえ、今は保護されているとは程遠い環境にいる。ニーナを狙う人間が居場所を特定して襲撃してきたのかもしれない。
部屋の前に到着する。いつでも天剣を復元できるよう準備しつつ、なかの気配を探る。
どうやら敵は二人。俺に気づいていないのかまったく警戒する素振りはない。相当な手練なのか、ただの間抜けなのか。どちらにせよ侵入者に容赦するつもりはない。
自分のなかでタイミングをとる。三つ数え――復元、とてつもない光量が溢れ、天剣が形作られていく。ドアを蹴破って侵入者に肉薄すると足払いをかけて転倒させると、喉元に先端を突きつける。
「誰だお前、ら……?」
言ってる途中で侵入者の正体に気づき、呆けたツラで二人を見下ろした。
翔無先輩と火鷹。
生徒会の二人が気絶して目を回していた。




