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Re:氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
01〈勇者の帰還〉編
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第三章 (2)

 

 真宵後輩はその饒舌さで論破したり相手の心を折ったりするのが得意に思えるが、あくまでも心身掌握に長けている。相手の思考をわずかな視線の動きや呼吸、筋肉の脈動や表情筋の変化を正確に読み取り、異常なまでの思考能力で最適な言葉を取捨選択し、心理を誘導できるのだ。

 俺と合流した真宵後輩はそれを遺憾なく発揮し、脅えるだけだったニーナを家に連れて帰ることに成功した。

 今は腐臭を漂わせるニーナに我慢ならなかった真宵後輩が彼女をお風呂に入れている。真宵後輩は安全だと思っているようだが、やはり俺やアウルには脅えるので仕方なかったとも言える。

 俺は正面に座るアウルに問い掛けた。


「なあ、ありゃあなんなんだ? まさか、あれも超能力だってのか?」


 アウルに非がないのを頭では理解しているが、どうしても言葉に刺が混じってしまう。

 もっともそれは俺だけではない。アウルも同じように行き場のない感情があることを、固く握られた拳が明確に語っていた。


「違う。あれは超能力などではない」

「だったらなんなんだ。あんなのあり得ねぇだろうが」


 包帯を取り払ったニーナの右腕と左足は人間のものではなかった。

 シルバーフレームの二肢が装着されていたのだ。

 肩から指先にかけて関節部が精巧に作られ、指先には糸が噴出するような小さな穴があった。膝から下の義肢には回転式弾倉シリンダーらしき装置が組み込まれており、カードリッジが装填されていた。おそらくそれが小柄な体躯でありながら、恐れろしいまでの破壊力を生んだ原因だろう。

 どちらにも人工皮膚らしき薄皮がこびりついていた。昨夜の戦闘ですでに包帯を巻いていたことから考えると、ずいぶん前に剥がれ落ちたのだろう。おそらく包帯を巻いたままの左目も、義眼となっているに違いない。

 ニーナは人工皮膚の残りが油でこびりつくほどに長い間戦わされ、さらに昔に腕と足、眼球を機械に変えられてしまったのだ。


「ニーナはおそらく、数いる『機械人形メカニカル・ドール』と呼ばれる人体実験の被験者の一人だ」

「なんだそれ?」

「超能力は科学的に証明できない、人間に秘められた潜在能力の一部だと言われている。科学者が超能力の発現する原因を解明しようと研究を進めているのだが、やはりそのアルゴリズムを暴くのは容易でないらしくてな。今わかっていることも、わかっていても仕方のないことばかりだ」

「それがどうしたってんだ。関係あんのかよ」


 超能力発現のアルゴリズムなんて解明すれば、それこそ超能力社会になる。ただし、現在いる能力者による恐怖支配ではなく、超能力が平等に備わったとんでも社会だろうけど。それでも格差による序列が生じるのは目に見えている。


「冬道はディクトリア=レグルドやニーナと戦ったからわかると思うが、能力者の身体能力は常人のそれを遥かに凌駕している。それも細胞単位でだ」


 ディクトリアが俺に斬られてすぐに動けたのは、自己再生力で傷を完治させたからだろう。

 とりたてて気に留めてなかったが、知ってて損はない情報だ。

 頬杖をついて話の続きに聞き入る。


「能力者の存在は一般に認知されているわけではないが、もちろん知っているだけの人間は大勢いる」

「おいおい、大丈夫なのかよ。それってマズイんじゃねぇのか?」

「問題ない。私たちのような能力者やその関係者以外で知る人間は、よほどの人格破綻者ではない限り、決してそれを口外しない」

「あ? 根拠でもあんのかよ」

「……誰も恐ろしくて捨てた子供のことなど、話したくはないだろう」


 俺が眉間の皺を濃くしたのに気づいてかどうか、暗い面持ちで説明を進める。


「今の時代、超能力を持つ子供など異常でしかない。だからいなかったことにするんだ。子供を捨てて、これ以上関わらないようにする」

「……まあ、わかりたくはねぇけど、わからない話じゃない」

「私も大いに同意する」


 アウルは蔑むよう虚空を睨む。


「捨てられて孤児になった子供は、科学者に拾われてまず戸籍を剥奪される。それは――」

「研究対象に、あるいは人体実験に使うためか」


 先んじて言ってやればアウルが深く一度だけ頷いた。

 できれば的中してもらいたくない推測だったが、『機械人形』とは何かと訊ねて、捨てられた能力者の子供に繋がった瞬間この結論に結び付いた。結び付いてしまった。


「昔から失われた四肢を機械による義肢で代用する案はあったのだ。動かすべき手や足がなくとも、脳から送り出される電気信号まで失われたわけではない。だから流れる電気信号を受信するコードを神経と繋げ、本物の四肢と同じように動かす研究が進められいたのだ。――だが、いくつか問題点があった」

「問題点?」

「一つが神経を繋げたあとの激痛に耐えきれずショック死するというものだ。もう一つが、機械の義肢にはそれに見合うだけの破壊力が備わっていたことだ」


 そこで、死ににくい能力者に白羽の矢が立ったのだろう。

 戸籍を剥奪して完全なるモルモットと化した能力者を弄くり回し、常人ならショック死するほどの激痛を伴う『機械人形』の手術を行ったのだ。

 ニーナが痛みをあれほど恐れるのは、手術後に彼女を襲った激痛のせいだろう。文字通り死ぬほどの痛みをずっと味わってきたのだから、トラウマになるのはそう時間はいらなかったはずだ。


「元々は医療のために進められていた研究らしいのだがな。いつの間にか、能力者同士での戦闘を補助する道具として作られるようになってたんだ」

「お前らは何やってんだよ。そこまでわかってんだったら、その科学者共をどうにかできるだろ」


『組織』は全世界に根を張る超能力統括機関だ。不自然に投棄された子供を回収する科学者を見つけ出すのは難しいことではないはずだ。『機械人形』知り、それを科学者がやっているのだと断定しているのだから、おおよその目安だってついているだろう。


「無駄だよ。私もそういったマッドサイエンティストを何人も処理してきたが、すでに『機械人形』は多く作られている。彼らの研究室に残っていた子供たちもいたが、そのほとんどは死んでいるのと同じだった。ニーナを見ればわかるだろう? およそ成功作となった『機械人形』はさっさと売られ、よりよいドールを作るためにまた被験者を用意する。そして売られた子供たちが行き着くのは戦場だけではない。ほかの科学者のところで、また体を刻まれるのだ」

「…………」

「『機械人形』を作る科学者は駆逐しようと、すぐに沸いて現れる。この連鎖を止めるためには、科学者を片っ端から根絶させていくか、すべての『機械人形』を保護するかしか、方法はない」

「なるほど、ね」


 それもそうだろう。単身で乗り込んできたディクトリアが急ごしらえでニーナという『機械人形』を用意したくらいなのだから、力を誇示するだけの脳味噌まで筋肉で出来ているような連中にはかなりの需要があると思っていい。

 能力者が『機械人形』を求めているということは、それを作る科学者も重宝されていることになる。譲ってほしいと申し出た能力者にぼったくった金額を提示すれば、また数体の機人を作れるはずだ。

 アウルは科学者を根絶するか機人を保護すればどうにかなると言っているが、そんな単純にはいくまい。この連鎖は能力者がいる限り途切れることはない。

 ――ならば仕方ない。

 そもそも俺は機人化された子供たちを助けるつもりはない。

 ディクトリアの目的を阻止し、ニーナを助けるだけだ。

 どこぞの知れないガキ共のために動くなんて馬鹿げてる。冗談じゃない。そんなものは『組織』にでも任せておけばいい。

 そのとき、会話が途切れるのを見計らっていたようにリビングのドアが開いた。その隙間から黒い物体が投げ込まれる。放物線を描いて緩やかに飛来するそれを片手でキャッチする。


「携帯電話?」

「あの男の情報を掴むには必要なのではないですか」


 真宵後輩は億劫そうな足取りで部屋に入ってくる。その後ろを、汚れが落ちて可愛らしい外見になったニーナがぴったりとついてきた。

 肩から斜めに『でんじゃー』の文字がプリントされた左右で袖の長さが違うティーシャツと、足首まである長さのスカートを着ている。真宵後輩の服を貸しているようでサイズがあっていなかった。


「よう、見違えたもんだ」

「似合うでしょう? さすが私です」


 アウルが携帯電話を持って部屋から出ていくのを傍目で確認しつつ、豹変したニーナに賛辞の言葉を送る。ティーシャツの奇妙なデザインをさすがと自分を誉める真宵後輩のセンスはさておき、全体的に見れば似合っていた。きっと素材がいいからだ。

 ニーナは真宵後輩に隠れ、服の裾を掴んで顔を半分だけ覗かせている。まるで親に叱られた子供のような反応だ。


「あ、あの……おにい、さん……」


 風に乗って消えてしまいそうなか細い声。

 俺は隻眼の少女の言葉を聞き逃すまいと耳を澄ませる。


「…………、」


 ニーナは俺を見つめるだけで、口を開く気配がない。

 困惑して真宵後輩に助けを乞うも、我関せずと無言を貫いている。ニーナも唯一の頼みが封じられて、だんだんと瞳が潤んできていた。

 アナログ時計の針が進む音だけが沈黙のなかでテンポを刻む。


「……ごめん、なさい……」


 やがてニーナはそれだけを呟いて完全に真宵後輩の後ろに隠れてしまった。


「はい、よくできました」


 機械的に誉めた真宵後輩に撫でられたニーナは、嬉しそうにはにかんでいた。

 真宵後輩は別に誰彼構わず嫌いなわけではない。興味関心がない点はやはり同じではあるが、心身掌握に長けているだけあって、その人物に対してどういったアクションを起こせばいいかを心得ている。ニーナに優しくするのは事な情報源として捉え、警戒心を解いておく魂胆だろう。

 性格の捻じ曲がった真宵後輩の行動原理なんて利益と不利益の計算上でしかない。


「とりあえず先輩、ニーナにいろいろ教えてあげませんか?」

「へ? いきなりどうしたよ。お前がそんなこと言うなんて気味悪いぞ」


 脛に爪先が突き刺さった。


「うおぉぉぉ……!」

「気味悪いってなんですか。蹴りますよ」

「やってから言うんじゃねぇ!」


 警告って信号でいう黄色みたいなもんだろ。すっ飛ばして赤になってんじゃねぇよ。


「で、教えるってなにをだよ」


 目の端に浮かんだ涙を袖で拭きながら言う。


「いろいろと言ったではないですか。服も私のではサイズが合いませんし、彼女の背丈にあったものを用意しようと思いまして」

「別にそのままでもいいんじゃねぇの? サイズなんか気になんねぇよ。胸の膨らみだって大差ねぇし」

「え、なんですか?」

「ごめん。俺が悪かった」


 だから睨まないでくれ。胸の話題はご法度だったのを失念していた。


「これでも成長したんです。……見てなさい、五年後には先輩の目を釘付けにする見事な美乳になるんですから。私を侮辱したことを後悔させてあげます」


 異世界とこっちの世界とじゃあ成長の度合いが違うから、必ずしも勇者時代の美乳になるとは言い切れない気がするが、それを指摘するほど野暮ではない。ちなみにほんとうに美乳だった。


「冗談はさておいて、じゃあこれから出掛けんのか?」


 暗黒面に呑まれそうになっていた真宵後輩の額を軽く小突いて現実世界に引き戻す。

 はっとして顔をあげた真宵後輩は一瞬遅れて俺の言葉を租借する。


「それ以外に何かあるんですか? 家にいたまま外出できる秘密道具でも開発したんですか?」

「んなもん青狸さんに頼めよ」

「二次元と三次元の区別もつかなくなったんですか? 残念なおつむですね」


 真宵後輩が素晴らしい愛想笑いを向けてくる。

 唇の角がヒクヒクと痙攣した。


「だったらさっさと行くぞ」


 ぶっきらぼうに言い放って後ろ頭を掻く。ニーナはビクッと怯えたように肩を揺らすと、真宵後輩を壁にして俺の反対側に逃げていった。


「嫌われましたね。せっかく私が先輩は無害な相手だと刷り込んだというのに」

「悪かった……あ? 刷り込んだ? まさかお前、あることないこと言ったんじゃあ――」

「では行きましょうか。甲斐性なしで節操なしの女誑しな先輩はほっといて」

「おいこらふざけんな!」


 俺への悪印象だけ教え込んだのだ。どうりで会ったとき以上に怯えられてるわけだ。

 真宵後輩を追いかけようとして、わずかに振り返る。GPS情報で場所を特定されれば、アウルだけでは荷が重いかもしれない。

 そう思っていると、ニーナが持っていた携帯電話と格闘するアウルが大丈夫だと言いたげに頷いた。心配は残ったが、俺がいても何もできないと判断して今度こそ真宵後輩を追いかける。

 玄関で靴を履こうともがくニーナを、真宵後輩が感情の籠らない瞳で見下ろしていた。


「先輩、外ではニーナの右手を握ってあげてください。私があれこれ言うより、そのほうが彼女からの信頼は得やすいと思います」


 右手部分だけ長袖になったティーシャツの袖から覗く金属の手。

 狂気によって改造されてしまった、ニーナの右手。


「でき、ました……!」


 ただ靴を履いただけで嬉しそうにするニーナに、胸が苦しくなった。

 玄関の隅には汚れて色が剥げ落ち、ところどころに穴が開いたブーツがある。

 汗や血が染み込んだ布切れに、履き物としての機能を果たしていないブーツ。ニーナが着ていたのは、そんな粗末なものでしかなかった。

 ディクトリアはニーナを道具としか思ってないのだ。これらはおそらく、ニーナが買われたときから身に纏っていたものだろう。げっそりと痩せこけた頬や栄養の行き届いてない顔色からして、食料すらまともに与えてなかったのかもしれない。

 俺も靴を履くと、ニーナに左手を差し出す。


「さあ、行こうか」


 なるべく優しく語りかける。

 ニーナは躊躇いがちに右手を――機械の手を伸ばし、途中で思い止まったように下ろそうとする。

 だが俺はそれを素早く掴まえて、手を繋ぐ。


「あ、あの……わたし、右手、が……」

「大丈夫。それくらいで離したりしねぇよ」

「先輩はロリコンですからね。『げへへ、ちっちゃな女の子の手だ。ペロペロしちゃうぞ』とか思っているのでしょう穢らわしい」

「お前の妄想で俺を貶めるな」


 隙あらば俺を変態に仕立てあげようとするこいつは何者なのだろうか。


「……あ、ありがとう、ございます……おにい、さん」


 俺たちの下らないやり取りの最中に聞こえた呟きに、ただ一言。


「どういたしまして」


  

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