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Re:氷天の波導騎士  作者: 牡牛 ヤマメ
01〈勇者の帰還〉編
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第二章 (6)

 

 どうやら真宵後輩は一人暮らし同然の生活をしているらしい。彼女らしい質素な空間にある人間味あふれる物は最近動かされた様子はなく、あるのは真宵後輩が使ったと見られるものばかりだった。

 俺も親が家を空けてる時間は長いけれど、妹であるつみれがいて騒がしいので寂しいと感じたことはない。

 しかし真宵後輩は一人だ。ふとしたときに声をかけてくれたり、夜の静かなときには、誰かが一緒にいるだけでひどく安心できる。

 きっと真宵後輩も寂しい思いをしてるのではないだろうか――なんて考えてみたが、この人間嫌いみたいな後輩が人肌が恋しいなどと群れる思考をするわけがなかった。


「邪魔でしょうからそこら辺に転がしておいていいですよ」


 案内された真宵後輩の部屋は予想通りと言うべきだろう。ベッドや机、小さめのテーブルなど必要最低限の家具があるだけでほかには何もない。

 そこで真宵後輩が指差したのは床だった。 


「お前は鬼か。怪我人なんだぞ、こいつ」

「だからなんですか? 優位にいるのは私たちです。二度も助けているのですから下手に出る必要はありません。ぞんざいに扱うことに文句は言える立場ではないですよ」

「そりゃあそうだけどよ……」

「それに赤の他人を自室に入れるのも吐き気がするのに、ベッドに寝かせるなんて殺したくなるじゃないですか」

「さらっと殺すとか言うな」

「シーツが血で汚れますし」


 真宵後輩の言い分はもっともだが明らかに建前だ。ベッドに寝かせたくないだけだ。シーツなんか洗濯すればいいだけだろうに。

 とはいえ匿う場所を提供してくれた真宵後輩にそんなことは言えず、俺も背負ってるのが辛くなってきたので言われた通り金髪の少女がを床に下ろす。

 実際は四十五キロ前後だろうが、意識のない人間はかなり重くなるのだ。ブースト状態でも戦闘後では辛いものがある。

 

「とりあえず先輩のついでにその女の治療もしましょうか。喋れなくても困りますし」

「ああ、頼むよ」


 真宵後輩は一つ頷き地杖を復元する。ファンタジー要素皆無の部屋で銀色の杖を片手にされると場違い感が浮き彫りになってつい苦笑いしてしまう。

 真宵後輩はそれを目敏く見て眦を鋭くする。

 昼間に治癒なのに攻撃性のある回復を喰らっただけに条件反射で背筋を伸ばせば、それでよしと言わんばかりに鼻を鳴らす。真宵後輩が鼻を鳴らすのは癖なのだろうか。機嫌がよくなったり言い負かしたりしたときよく目にする。

 ……見てて可愛いから言い負けてるとは、口が裂けても言えねぇよな。

 といっても俺が真宵後輩を言い負かせるとは思えないが。


「水よ――」


 真宵後輩は目を閉じて一語ずつ丁寧に唱えていく。

 術式が完成する。地杖の先端部にある水晶が激流のような勢いで水を放出した。

 またかと叫びたくなるのを堪えて身構えるも、訪れたのは優しい温もりだった。


「私が二度も失敗すると思ったんですか?」


 心外です、と真宵後輩が拗ねたように地杖で床を叩く。


「精霊がいなくても術式を構築できることはわかりました。ですが精霊任せだった部分が術者に皺寄せされてますので、その辺りも調整しなければなりません」

「具体的にってどうすんだよ?」


 直前までの饒舌さは嘘のように途端に言い淀む真宵後輩。顎に手を添えてどう説明したものかと言葉を探しているようだった。

 やがて罰が悪そうにした真宵後輩が、


「すみません。こればかりは感覚的な部分が大きいので、先輩にも実際にやっていただかないとコツが掴めないと思います。それでも言葉にするとしたら術式を噛み砕いて細部まで暗記して、それをより精巧に作り直す、というのが近いかもしれません」

「んー……ようは祝詞を唱えるだけじゃなくて、込められた意味を理解しろってことか?」

「私が言いたいことの解釈としてはそれで正解です。あくまでも私の解釈ですので、本当の正解だとは断定できません」

「別に構わんさ。波導が使える。それさえわかりゃあ十分だ」


 水の膜が弾けとび、俺たちの体に刻まれた傷が綺麗になくなっていた。

 調子を確かめてみれば、二度目の失敗はないと言い切った真宵後輩に偽りはないようで、昼間よりも体が軽くなっていた。


「ん……」


 黄金色の髪を持つ少女が身動ぐ。

 あの魔術師の言葉を借りるのであれば。

 眠り姫のお目覚めである。


     ***


「ここは……?」


 頭を押さえながら上半身を起こした少女は意識がはっきりしないらしく、ぼんやりとした様子で周囲を眺めている。ぐるりと見渡す彼女の視線は俺たちのところでは止まらず、一通り部屋を見終えてからようやくこちらに気づいた。

 数秒ほど無言で見つめ合うと次の瞬間、半眼だった碧眼を最大まで開き、さながら猫のような俊敏さで部屋の角に飛び退いた。


「お目覚めか? 気分はどうだ?」


 言いつつスーツの上着を投げる。彼女はそれをキャッチし怪訝そうにしている。

 自分の姿までは把握しきれていなかったようなので、指で衣服を示してやる。

 そこでようやくスーツの下に着込んでいた戦闘衣のところどころが破けてあられもない格好になっているのに気づいた彼女は、


「……不思議と悪くない」


 上着を羽織って体を隠し、赤くなりながらボソボソと呟いた。


「……どうやらまた助けられたようだな。二度もすまない」


 自分の置かれた状況を把握する判断力はあるらしい。

 俺は素直に頭を下げる姿に目を丸くする。どうせ礼もなく襲いかかってくると思って身構えていたのだが、杞憂に終わって拍子抜けしてしまう。


「それはいい。困ったときはお互い様だ」

「先輩、笑わせないでくださいよ」

「お前少し黙っとけ永遠に黙っとけ」


 茶々を入れる真宵後輩をすぐさま叱責する。こいつはせっかく舌戦が強いのに、余計なことを言うせいでよくややこしい事態になっていた。

 そのときはなんとかなったけど、聞きたいことを聞くまでかなりの遠回りになってしまった。いやほんと、俺が聞き出すからお前黙ってろよ。


「じゃあさっそく教えてもらおうか?」

「……な、なに?」


 アウルの表情が凍りついた。 


「まさか親切で二回も助けたと思ってんのかよ。そんなわけねぇだろ」

「……助けてもらったことは感謝している。――だが、それとは話は別だ」


 苦しそうに立ち上がったアウルの右手を青白い光が包み、明確な敵意が俺たちに二人に・・・・・・・注がれた。

 そのとき疾風が部屋を突き抜けた。

 目にも止まらない早さで肉薄した真宵後輩は復元させたままだった地杖でスパークするアウルの右手を弾き、尖端の水晶から溢れ出た激流がそれを壁に縫い付ける。くるりと杖を振り回すと喉元に突きつけ、眉間に皺を寄せて睨み付けている。


「何を勘違いしているのですか? これはお願いではなく命令です。あなたに選択の自由はありません。言うつもりがないのでしたら、私たちに敵意を向けたからには死んでもらいます」

「ぐっ……」


 アウルは呻き声をこぼし、必死にもがいて拘束をほどこうとしている。

 真宵後輩は感情の欠落した瞳でつまらなそうに見下している。


「どうするんですか? 話したくなるまで痛めつけられるか、素直に情報を提するか。ほんとうなら私はともかく先輩に敵意を向けたあなたを生かす理由などありませんけど、私の部屋を汚すわけにはいきませんからね」


 真宵後輩は心を許した相手以外には冗談は言わない。心を許していたとしても、よほど機嫌がいいときでなければ冗談と思える言動のほとんどは本気だ。

 だから今の言葉にも偽りはない。

 もしも真宵後輩の部屋ではない別の場所であったのなら、とっくに見るに耐えない惨状になっていたことだろう。

 勇者の片割れの少女には血も涙もない。

 ゆえに彼女は至ってシンプルだ。殺すか殺さないかのどちらかだけ。アウルの命が助かったのほんとうに運が良かったとしか言うほかなかった。

 アウルは観念したように下唇を噛み締め、


「……わかった」


 真宵後輩は疑わしそうにしながら腕を下げると、アウルが反撃の姿勢を見せないことを確認してから地杖を属性石に形を戻して俺の隣に座った。

 水の拘束具が弾け、ずるずると壁にもたれるようにアウルがへたれこむ。


「悪いな。こっちも形振り構ってなれねぇんだわ」

「……もういい。それに、私がお前らをどうしたところでヤツは冬道に接触してくる。それならすべてを話しても問題はないだろう」


 俯いて力なく呟いたアウルの声はひどくしゃがれていた。

 そこからアウルはしばらく沈黙していた。

 初めはどうやって切り抜けるのか思考しているのかと疑ったが、近距離からぶつけられていた真宵後輩の重圧に声が出なくなっているらしい。

 乱れた呼気を正そうと気丈に振る舞っているが、魔王さえ圧倒した真宵後輩の重圧をわずか数十センチの近さで浴び続ければ並の精神ではまず耐えきれない。むしろこの程度でよく済んだものだ。


「――超能力」

「ん?」


 かすれた呟きを耳が拾った。


「呼び名は様々ある。ディクトリア=レグルドのように魔術と呼ぶ者もいれば、物理法則を無視した現象から奇跡の力とも呼ばれているが、私たちはこれを『超能力』と呼んでいる」

「超能力だって?」

「そうだ」


 俺は瞼を閉じかけて船を漕ぐ真宵後輩にチョップを食らわせて意識を覚醒させる。


「この力について判明していることはほとんどない。どういう条件でその身に宿り、いかにして発現するのかはわからない。しかし超能力を宿す人間はどれもが一線を画した存在になる。……お前は超能力について詳しく知りたいようだが、悪いが私が知っているのもこれくらいしかない」

「そういうのは別にどうでもいいよ。超能力発現のアルゴリズムとか興味ねぇから聞いたってどうせ耳に入ってこねぇだろうさ。俺が聞きたいのは、身に宿った超能力をどうやって発動・・・・・・・させているかだ・・・・・・・


 俺や真宵後輩の波導にも無詠唱術式がある。しかしその大半は低威力の術式だ。やはり詠唱して術式を組み上げないことには戦闘では役に立たない。

 対して超能力は祝詞を唱えることなく発動していた。

 おそらくディクトリアとまた戦うことになる。

 現段階では詠唱術式を使えないから関係ないが、やはりワードを唱えるか唱えないかの差は大きい。詠唱している間に超能力を連発されでもしたら、術式を完成させるのは難しいかもしれない。それをカバーする手段はいくつもあるが、今の俺ではそれらは使えないのだ。


「ほかはどうかわからないが、私の場合は手や足を動かすのと同じ感じだ」


 そう言って右手に青白い光を纏わせる。

 真宵後輩が正座を崩してアウルに飛び掛かろうとしたのを、後ろから抱きついて引き留める。そのまま胡座の上に乗せ、腕のなかにすっぽりと納めた。


「せ、せせ、先輩!? な、何をして……!?」

「お前は冷静だけど冷静じゃないよな。そんなに心配しなくても、こいつは俺たちを襲おうとしたわけじゃねぇよ」

「そ、そんなのわからないじゃないですか……」

「大丈夫だって。だから大人しくしてろよな」


 耳元で囁けば、お腹に回した腕をきゅっと掴んだ真宵後輩は耳まで真っ赤にして俯いてしまった。きっと怒っているのだろう。反論にも力がないし、さすがに抱きつくのはマズかったかもしれない。

 浅く息を吐き出して視線を前に戻す。

 右手を放電させたままのアウルが、気まずそうに天井の染みを数え出していた。

 いたたまれなくなった俺はわざとらしく咳払いし、


「じゃあ状況の整理をしようか」


 アウルが頷くと右手の放電がゆっくりと静まっていく。


「まずオッサン――ディクトリアの目的は秘匿されている超能力を表沙汰にするってことで間違いないよな?」

「う、うむ。たしかにその通りだが、なぜわかったのだ……?」

「なんでって、少し考えりゃあわかんだろ。オッサンは世界を改変するだのなんだのとベラベラと言ってたんだ。なんとなく想像できる。――それで、お前は誰に命令されて・・・・・・・・・・ここに来たんだ・・・・・・・?」


 わざと言葉を区切りながら言えば、アウルは驚愕に目を見開いた。

 何故そのことを知っているのだとばかりに。


「いちいち驚くなめんどくさい。これも少し考えりゃあわかんだろ。超能力ってのは秘匿されている力なんだろ? たしかに超常現象を個人で引き起こせるだなんて世界に知れ渡ったらそれだけで大騒ぎになる」

「人間は自分たちに危害を与えようとする存在を排除しようとする生き物です。たとえ超能力者が行動せずとも、いつか自分たちに牙を向けかねない存在を野放しにはしないでしょう。規模が大きくなれば、それ相応の被害も出てくるでしょう」


 いつもの調子に戻った真宵後輩の言葉に俺は続く。


「じゃあなんでこれまで超能力は隠蔽されていたのか。なんでディクトリアが行動を起こして超能力を表沙汰にしようとしたのか。……誰かが意図的にそう働きかけたからだろう」


 だが、それをアウルだけでやるのは不可能だ。

 おそらく一つの巨大な統括機関があるのだろう。


「お前はその誰かに命令されて、ディクトリアを追いかけてきたんじゃないのか?」


 ぷにぷにと真宵後輩の頬を弄びながら言ったせいか、俺たちの間には奇妙な空気が漂っていた。

 アウルは真剣に話そうと表情をキリッと締めようとしているのだが、いかんせん俺は言葉とは裏腹に口調は気怠さ満点である。緊張感とはどうやっても無縁になっていた。

 アウルは諦めたように嘆息する。


「そうだ。超能力対策機関、通称『組織』に派遣されて私はヤツを追いかけてきたのだ。『組織』は超能力者を発見し次第、保護するために動いている」

「まさかディクトリアも保護するってんじゃねぇよな?」


 アウルは静かに首を左右に振る。


「ディクトリア=レグルドは危険な男だ。すでに超能力を使い被害を及ぼしている。超能力はある種ドラッグのようなものだ。一度快楽を覚えてしまった以上、仮に保護したところで同じことを繰り返すのは目に見えている」

「では殺すということですか?」


 真宵後輩が平然と問いかけるとアウルは苦虫を噛み潰したような表情を作った。

 それが答えということか。

 しかし俺は一つの疑問を抱く。


「なんで『組織』はアウル一人にオッサンを始末するように命じたんだ? まさか人員不足ってわけでもなさそうだし、お前だけじゃあ荷が重すぎるんじゃねぇの?」


『組織』の存在意義である超能力の秘匿がかかっているなか、アウルだけで事にあたらせるのは効率的ではない。せめてどんな状況にも対応できるよう、それなりの手練れを数人は用意すべきだ。現にアウルはディクトリア一人に苦戦、そしてニーナが加わったことで対処が不可能になっている。

 アウルは俺の疑問に答えるべく、重々しく言葉を紡ぐ。


「『組織』は超能力を秘匿するための機関だが、所属している能力者全員が賛同しているわけではない。なかには強者と戦うためだけに与している者もいる。そういった連中はむしろ超能力が明るみになることを望んでいるだろう」

「つまりそいつらが寝返らないよう、信用のおける人物――この場合はお前だけど、アウルだけに対処させようとしたわけか」

「さらに言えば私の能力は相手に触れただけで記憶を消し去れる『忘却』だ。もしもの事態に陥ったときには打ってつけの能力というわけだ。……もっとも右手で触れなければ何の効力もないのだが」

「それ以前に戦力的に問題だらけじゃねぇかよ


 うっ、と言葉を詰まらせるアウル。言い返せるもんなら言い返してみろよ。


「まあいいや。だいたいの事情は把握した。ようはオッサンをどうにかしろってことだろ。俺もオッサンのやってることが気に食わねぇしちょうどいい」

「……協力、してくれるのか?」

「ああ。任せろよ」


 ディクトリアは傍らにいた少女のことを道具だと言った。

 俺は人間を道具扱い――奴隷として扱うのはどうしても許せなかった。生きる場所を奪われ、自由を奪われ、人間としての価値を奪われ、それでもなお苦しめられる彼らを食い物に、商品とする者らを見て途方もない怒りに支配された。

 異世界ではそれが当たり前だった。奴隷に身を堕とした彼らの生殺与奪を握り、使い物にならなくなれば買い換えればいいとしか思わない思考に虫酸が走った。

 ディクトリアもそいつらと同じ目をしていた。

 きっとニーナも使い潰され、捨てられてしまうだろう。

 だからそうなる前に、決着をつける。

 ……それにディクトリアの言葉も気になる。


「ところで気になったのですけれど」

「なんだ?」

「あの男は何のためにここに来たのですか? 」


 言われてそれを失念していたのに気づいた。

 超能力やディクトリアの目的ばかりに思考を回して、手段についてすっかり忘れていた。


「…………」

「どうかしたのか?」


 黙りこんだアウルの眼前で手をひらひらと振る。

 言いにくそうに目を逸らした彼女に嫌な予感を覚えた。


「ディクトリア=レグルドは、ここを――――――破壊しようとしている」


 

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