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差し出された手

夕方。

 静けさの戻った部屋に、山崎が顔を出す。


「沖田さん」

 柔らかな声。

「調子、どうです?」


「……まあさ、悪くはないよ」

 布団の上で横になったまま、沖田は答える。


 山崎は少し目を細めた。

「怒られたでしょう?」


 沖田は苦笑いを浮かべる。

「失敗したよね。

寝てると、なんてことないからさ。

大丈夫だと思ったんだよねえ」


「それ、暑気中り、あるあるですわ。

ふらつきがしつこいんですよ。

でも、いつの間にか治ります。焦らないことですよ」

 山崎は軽くうなずく。


 沖田は天井を見上げ、軽い声で言った。

「わかってるけどさ……」

 その声の奥には、まだわずかな揺らぎが残っていた。


翌日

 廊下の角を曲がると――足が止まった。


 襖の向こうから、低い声が聞こえる。

「……だから言ってるだろう、無理をさせるな」

 医者の声だ。


「暑気中りの後は、しばらくふらつきが残るんだよ」


「だが、だいぶたつし、そろそろ……」


「沖田は、蒲柳の質だ。ああいうのは、崩れると長引くんだよ」


 衣擦れの音。間。


 土方の低い声が続く。

「そうか、子どもの頃から、身体は 弱かったなあ。

大人になったら丈夫になるもんだと思って

ていたが……」


 さらに近藤の声が重なる。

「麻疹のときも、後が大変だったな。次々と余病が出て」


「だろうな。とにかく、そういう体質なんだ。親代わりなら、ちゃんと止めろ。治るまで寝かせておけ」


 ――襖が静かに閉じる気配。


 沖田は、そこでようやく息を吐いた。

「……はあ」


 小さくため息をつき、庭へ出る。

 誰もいない場所まで歩いて、足を止めた。


 胸の奥が、じわりと熱い。

 怒りなのか、苛立ちなのか、自分でもよくわからない。

(もう、うんざりだ)


「蒲柳の質? なんだよそれ。どっかの若旦那じゃないんだぞ」


 ぽつりと漏れる声。空に向かって言う。


「ああいうの? ああいうのってなんだよ」


「それに、弱い? あの医者とか、近藤先生や土方さんがさ、沖田総司に、弱いとか体力がないとか、よく言えるよ。自分と比べてみろよ」


「たまたま猛暑で倒れただけじゃん。あんなの、誰にだって起こるよ」


「……なのにさ」

 医者の声がよみがえる。


(あの医者、僕より強いのかよ)


「稽古だって、土方さんの倍やってるし。仕事だって、近藤先生も土方さんも言うだけで 動くの、僕じゃん。蒲柳の質の仕事じゃないじゃんよ」


 その言葉だけが、強く残る。


 沖田は小さく息を吐いた。


 そのときだった。


 きぃ、と障子の開く音。


「総司」


 呼ばれて、肩がわずかに跳ねる。


 振り向くと、斎藤が立っていた。


 いつも通りの顔。


「……何してる」

 短い一言。


 沖田は一瞬言葉に詰まったが、すぐに笑った。

「別に。ちょっと風に当たってただけ」


「そうか」


 それだけ言って、斎藤は庭を見た。

 そして、


「戻るぞ」


 と手を差し出す。


 沖田は、ためらうことなくその手をつかむ。


 少し冷たい指。


 けれど、不思議と安心する。


 ――この手は、いつも自分を助けてくれる。


 そう思った。

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