第30話「ゴースト俺、聖女の歴史を知る」
地下室の中――エリスと文哉は、古い書物に向き合っていた。
月明かりが階段から差し込み、二人を静かに照らしている。
エリスは、震える手で『ヴァランティエール家の歴史』を開いた。さっき読んだページの続き――そこには、さらに詳しい記述があった。
「読むよ……」
エリスが、小さく呟いた。文哉は、静かに頷く。
◆
エリスの声が――地下室に響き始めた。
『ヴァランティエール家は、数百年前――ある奇跡から始まった』
『初代当主・アリシアは、ある日突然――死者の魂が見えるようになった』
『彼女には、生きている者の魂が――体内に光の塊として見え』
『死んでいる者の魂が――光の粒として浮遊しているのが見えた』
エリスの目が、見開かれた。
「光の塊……光の粒……」
エリスが、自分の見ている世界と――全く同じだと気づいた。
『アリシアは、この力を使い――死者と対話することができた』
『亡くなった者の想いを聞き、遺された者に伝える』
『迷える魂を導き、安らぎへと送る』
『彼女の力は、やがて村中に知れ渡り――人々は彼女を「聖女」と呼ぶようになった』
文哉は――その記述を聞いて、深く頷いた。
「エリスの力は――そういう力だったんだ」
文哉が、感慨深げに言った。
「人々を救うための――聖なる力」
エリスは――自分の力を、改めて見つめ直した。
(私の力は……聖女の力……)
(呪いじゃなかった……人を救うための、力だったんだ……)
◆
エリスは、さらに読み進めた。
『聖女アリシアの力は――子孫へと受け継がれていった』
『しかし――全ての子孫が、同じ力を持つわけではなかった』
『代を重ねるごとに――力は徐々に薄れていき』
『ある世代では、ほとんど見えなくなることもあった』
『それでも――数世代に一度、純粋な聖女の血が目覚める』
『その者だけが――真の聖女として、魂を完全に視認できる』
エリスの手が、震えた。
「数世代に一度……純粋な聖女の血……」
エリスが、呟いた。
「それって……」
「エリスのことだ」
文哉が、静かに言った。
「エリスは――数百年ぶりに生まれた、真の聖女なんだ」
エリスは――その言葉に、言葉を失った。
(私が……聖女……?)
(本当に……?)
だが、書物はさらに続いた。
『真の聖女は――光の粒を、鮮明に視認できる』
『魂の色を見分け、その感情を読み取ることができる』
『優しい魂は、温かな光を放ち』
『怒りに満ちた魂は、トゲトゲとした暗い光となる』
エリスの目が――また見開かれた。
「そうだ……」
エリスが、思い出すように言った。
「私……いつも見てた」
「人が怒ってる時――黒いトゲトゲの光が見えて……」
「人が優しい時――温かい光が見えて……」
文哉は――エリスの言葉を聞いて、納得した。
「だから、エリスは――僕の光を、『優しい色』だって言ってくれたんだ」
エリスは――文哉の方を向いた。視線の先には、優しく輝く光がある。
「うん……フミヤの光は――すごく、温かくて……優しくて……」
エリスが、微笑んだ。
「だから――最初から、怖くなかった」
二人は――しばらく、見つめ合った。
言葉はなくても――お互いの想いが、伝わってくる。そんな、温かい時間だった。
◆
エリスは、再び本に目を戻した。
『聖女の力――それは、村の守護者として機能した』
『死者の想いを伝えることで――遺族の悲しみを癒す』
『迷える魂を導くことで――村に平和をもたらす』
『ヴァランティエール家は――代々、村人たちから崇められてきた』
だが――次のページには、暗い記述が続いていた。
『しかし――時代が変わるにつれ、人々の心も変わっていった』
『聖女の力は――次第に、恐れられるようになった』
『死者と話す力――それは、不気味だと言われ』
『魂を見る力――それは、魔女の業だと囁かれた』
エリスの表情が――曇った。
「恐れられる……ようになった……」
『特に――力を持たない世代が続いた後』
『突然、真の聖女が現れると――人々は恐怖した』
『何世代も見えなかった力が、突然目覚める』
『それは――奇跡ではなく、呪いだと見なされるようになった』
文哉は――その記述を聞いて、胸が痛んだ。
(エリスも……同じ目に遭ってきたんだ)
(突然現れた力を――呪いだと思われて……)
◆
エリスは――涙をこらえながら、読み続けた。
『そして――ある事件が起きた』
『それは、ヴァランティエール家の運命を――大きく変える出来事だった』
エリスの手が――ページをめくる。
そこには――恐ろしい記述があった。
『数百年前――強大な権力者が、不死を求めた』
『彼は、死者を蘇らせる力があると信じ――ヴァランティエール家に接近した』
『当時の当主は、当然これを拒否した』
『しかし――権力者は、武力でもって一族を脅した』
エリスの声が――震え始めた。
『権力者は、聖女の力を使い――不死の儀式を行うよう強要した』
『一族は、必死に抵抗した』
『だが――権力者は、村人たちを人質に取った』
『聖女は――村人の命を救うため、儀式を行うことを承諾した』
文哉も――その展開に、息を呑んだ。
(まさか……これは……)
◆
エリスの声が――さらに震えた。
『儀式は――執り行われた』
『聖女は、光の力を最大限に使い――死者の魂を、権力者の体に宿らせようとした』
『だが――結果は、予想を超える惨劇となった』
エリスが――ページを握りしめる。
『権力者は、不死どころか――化け物へと変貌した』
『儀式の過程で――周囲にいた村人たちの魂が、次々と吸い取られた』
『数十人の村人が――その場で命を落とした』
エリスの目から――涙がこぼれ落ちた。
「そんな……」
『化け物となった権力者は――理性を失い、暴走した』
『聖女は、最後の力を振り絞って――化け物を封印した』
『だが――その代償として、聖女自身も命を落とした』
『この事件以降――ヴァランティエール家は、「悪魔」として恐れられるようになった』
『村を追われ――各地を転々としながら、生き延びることとなった』
エリスは――本を閉じた。もう、読み続けることができなかった。
「そんな……そんなのって……」
エリスの声が、かすれた。
「ご先祖様は……村人を救おうとしただけなのに……」
「それなのに……悪魔だって……」
涙が――止まらなかった。
文哉は――エリスの悲しみを、痛いほど感じていた。
(エリスの一族は……何も悪くなかったのに)
(ずっと……理不尽な目に遭い続けてきたんだ)
◆
しばらくして――エリスは、涙を拭いた。
「でも……」
エリスが、小さく呟いた。
「ご先祖様は――最後まで、人々を守ろうとしたんだよね」
「ああ……そうだ」
文哉が、優しく答えた。
「エリスの一族は――ずっと、誰かのために力を使ってきた」
「それは――誇りに思っていいことだ」
エリスは――文哉の言葉に、少しだけ救われた気がした。
(そうだ……ご先祖様は、誇り高い人たちだった)
(私も……この力を、誰かのために使いたい)
エリスは――決意を新たにした。
◆
文哉が――別の書物を見つけた。
「エリス……これを見て」
文哉が指差したのは――『魂の視認と対話』と題された古い本だった。
エリスは、その本を手に取った。ページを開くと――聖女の能力について、詳しく書かれていた。
『魂の視認――それは、生と死を見分ける力』
『生者の魂は、肉体という器に宿り――光の塊として輝く』
『死者の魂は、器を失い――光の粒として漂う』
『聖女は、この違いを――明確に見分けることができる』
エリスが――頷きながら読み進める。
『また、聖女は――死者の魂と、対話することができる』
『ただし――対話が成立するには、条件がある』
『魂が、強い意志を持っていること』
『魂が、自我を保っていること』
文哉は――その記述に、ハッとした。
「だから――エリスは、僕と話せたんだ」
エリスも、理解した。
「フミヤは――強い意志を持った、ゴースト族だから」
「だから――私と、ちゃんと会話ができたんだ」
『多くの死者の魂は――自我を失い、ただ漂うだけとなる』
『しかし――稀に、強い想いや意志を持つ魂は――自我を保ち続ける』
『そのような魂だけが――聖女と対話できる』
エリスは――文哉を見つめた。
「フミヤは――すごく強い魂だったんだね」
「エリスと出会えて――よかった」
文哉が、心から言った。
「僕も――エリスと出会えて、本当によかった」
二人は――静かに、微笑み合った。
◆
エリスは、さらに別の本を手に取った。それは、家系図が詳しく書かれた記録だった。
ページを開くと――数百年にわたる、ヴァランティエール家の系譜が描かれていた。
初代・アリシア。二代目、三代目……そして、エリスの祖母、母、そしてエリス自身。
「これが……私の家族……」
エリスが、一人一人の名前を指でなぞる。
それぞれの名前の横には――能力の有無が記されていた。
【聖女の力あり】
【聖女の力なし】
【聖女の力・微弱】
そして――エリスの名前の横には、こう書かれていた。
【聖女の力・完全覚醒】
「完全覚醒……」
エリスが、驚いて呟いた。
「数百年ぶりだ」
文哉が、家系図を見ながら言った。
「初代アリシア以来――完全覚醒した聖女は、エリスが初めてだ」
エリスは――その事実に、圧倒された。
(私が……数百年ぶりの……)
だが――それは同時に、大きな責任を意味していた。
(この力を……どう使えばいいんだろう)
エリスの心には――不安と期待が、入り混じっていた。
◆
文哉が――また別の書物を発見した。
「エリス……これは……」
文哉の声が――少し震えていた。それは、羊皮紙の巻物だった。
エリスは、その巻物を受け取った。広げてみると――古い文字で、こう書かれていた。
『禁忌の儀式――受肉の法』
二人は――その文字を見て、息を呑んだ。
「受肉の……法……」
エリスが、震える声で読み上げた。
『聖女の力の奥義――それは、死者を蘇らせる術』
『死者の魂を――再び、肉体へと宿らせることができる』
文哉の心が――激しく高鳴った。
(これは……僕が、人間に戻れる方法……!)
エリスも――同じことを考えていた。
(フミヤを……人間として、蘇らせることができる……!)
二人の目が――輝いた。
だが――
『ただし――この儀式には、重大な代償が伴う』
『詳細は――次ページに記す』
エリスが――次のページをめくろうとした。
だが――
ページは――破り取られていた。
「えっ……」
エリスが、驚いて巻物を確認する。
肝心な部分――儀式の詳細と、代償の内容が書かれているはずのページが、綺麗に破り取られていた。
「そんな……」
エリスの声が、絶望に染まった。
文哉も――その事実に、言葉を失った。
(ここまで来て……肝心な部分がない……!)
◆
エリスは――地下室中の書物を探し始めた。破られたページが、どこかにないか――必死に探す。
だが――どこにも、見つからなかった。
「ない……どこにもない……」
エリスが、力なく座り込んだ。
文哉も――一緒に探したが、やはり見つからなかった。
「誰かが……意図的に、破り取ったんだ」
文哉が、静かに言った。
「この情報を――残したくなかった誰かが……」
エリスは――絶望しかけた。だが――すぐに、顔を上げた。
「でも……受肉の方法が、存在することは分かった」
エリスの目には――まだ、希望の光があった。
「詳しいことは分からなくても――どこかに、情報があるはず」
「そうだな」
文哉が、頷いた。
「諦めるには、早すぎる」
二人は――再び、立ち上がった。
◆
エリスは――地下室を見回した。たくさんの書物、記録、そして――家族の想い。
「ここに来て……よかった」
エリスが、小さく微笑んだ。
「私の力のこと――家族のこと――全部、知ることができた」
「ああ……エリスは、もう一人じゃない」
文哉が、優しく言った。
「エリスには――誇り高い家族の歴史がある」
「そして――僕がいる」
エリスは――文哉の言葉に、温かい気持ちになった。
「ありがとう……フミヤ」
二人は――地下室を後にすることにした。持てるだけの書物を抱えて、階段を上る。
地上に出ると――もう、夜が明けかけていた。朝日が、廃墟の家を照らし始めている。
「さあ――次は、どうしよう」
エリスが、文哉に尋ねた。
文哉は――少し考えて、答えた。
「長老に――もう一度、話を聞こう」
「受肉の儀式のこと――何か知っているかもしれない」
エリスは――頷いた。
「うん……行こう」
二人は――再び、セレスティア村へと向かった。
エリスの胸には――家族の歴史への誇りと、文哉への想いが――確かに宿っていた。
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【名前:中田文哉 / 種族:ゴースト / 年齢:28歳(死亡)】
【スキル:鑑定 / ポルターガイスト(中) / レベル:2】
【ステータス:HP??? / 攻撃力??? / 防御力???】
【特性:物理無効 / 視認不可 / 壁抜け / 浮遊】
【名前:エリス・ラ・ヴァランティエール / 種族:人族 / 年齢:16歳】
【特殊能力:魂の視認 / 霊体との意思疎通 / 霊体使役(小)/ レベル:5】
【ステータス:HP115 / 攻撃力+6 / 魔力??? / 精神力:大】
【装備:短剣(攻撃力+2)/ オークの村からの贈り物(お花模様の髪留め)】




