第七十章 冬の復讐
1709年、冬。
ヨーロッパ全土を、前例のない、殺意に満ちた大寒波が襲った。
フランスではセーヌ河が厚い氷で閉ざされ、ブドウ畑は根ごと枯れ、冬小麦は芽吹く前に土中で黒く凍てついた。
リスボン、「ハーグリーヴス商会」の執務室。暖炉の炎が赤々と揺れる部屋で、エドムンドはナフマンの網から届く報告書を、黙って読み耽っていた。
一枚一枚の羊皮紙が、フランスという国が寒さと飢えに蝕まれていく様を、冷徹に伝えてくる。
彼の頬には感情の波は見えなかった。だが内奥では、マルプラケの凍てついた戦場で息を引き取った友フィリップの最期の手紙が反芻されていた。
(…お前を死に追いやった王は、今もヴェルサイユの暖炉の前でワインを手に笑っているのだろうか、フィリップ)
悲しみは熱を失い、硬質な憎悪へと変わっていた。
エドムンドは、その天災を好機と見た。友を奪い、裏切られた国への復讐──天が差し出した隙を、彼は見逃さない。
彼は新たな羊皮紙を取り出し、手早く一枚の下絵を描いた。乞う子の顔。泥に汚れた手。遠景に小さく描かれたヴェルサイユの屋根。短い言葉を添える。――「汝らのパンは、どこへ消えた? 王の戦争が、それを喰い尽くしたのだ」
下絵を封じ、暗号化した文面と共にナフマンへ送る。
執務室で、彼は静かに返報を待った。自分が仕掛けた飢餓という名の兵器が、フランスという大国の内部からその心臓を蝕む瞬間を——。




