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第六十七章 静かなる宣戦

フィリップ・ド・ヴァレリーの死は、エドムンドの内にある何かを、決定的に変えてしまった。

 リスボンでの彼の覇権は揺るぎないものとなった。金はブラジルから、彼の金庫へと滞りなく流れ込む。デュゲ=トルアンとロジャースの艦隊は、大西洋の絶対的支配者だ。

 だが、エドムンドの心はもはや、その成功に何の喜びも見出していなかった。彼の魂は、マルプラケの凍てついた戦場に、友と共に置き去りにされたかのように重かった。


 その日、執務室を一人の老人が予告なく訪れた。サロニカの鷲、ダヴィデ・ベン・ナフマン。友の訃報に沈むエドムンドの噂を、自らの蜘蛛の巣を通じて聞きつけ、遠いサロニカからわざわざリスボンへやって来たのだ。


「…顔色が悪いな、エドムンド」

 ナフマンは椅子に深く腰掛け、静かに言った。「偉大な勝利の後には、しばしば、それ以上の虚無が訪れるものだ。君は今、その毒に侵されている」


「ナフマン殿」エドムンドの声はかすれていた。「私は、全てを間違えたのかもしれない。私が求めたのは、自由だったはずだ。だが、この手にあるのは、友の血で濡れた金と、名声だけだ」


「ならば、その金と名声を何のために使う?」

 ナフマンの問いは鋭い。「復讐か? 君を裏切ったフランスにか?」


 エドムンドは顔を上げた。その目には、もはや悲しみではなく、冷たい、硬質な光が宿っている。

「そうだ。だが、船や大砲でフランスの港を焼くつもりはない。それでは、フィリップと同じように、兵士たちの血が流れるだけだ。私が望むのは、もっと静かで、もっと残酷な復讐だ。フランスという国家の誇りと影響力そのものを、内側から破壊する」


 彼はナフマンに、自らの計画を語り始めた。

「そのための武器は二つある。一つは、若き王ジョアン5世の野心と虚栄心。そして、もう一つが…」

 彼は地図の上に一つの都市を指さした。

「ローマだ」


 ナフマンは黙って、エドムンドの恐るべき構想を聞いていた。若きポルトガル王を操り、その莫大な金をローマ教皇庁への「寄進」という名目で送り込む。そしてその金を、フランス派と対立するハプスブルク派の双方へ秘密裏に流し、両陣営に疑心暗鬼と内紛の種を蒔く。フランスが最も頼りにしている教皇庁という外交の切り札を、金と情報だけで無力化する。


 計画を聞き終えたナフマンは長い沈黙の後、薄い唇に満足げな笑みを浮かべた。彼は立ち上がり、老いたが力強い手をエドムンドの肩に置く。

「実に、面白い。君は、悲しみの底で死ぬのではなく、蛇へと生まれ変わることを選んだか」


「よかろう。儂の蜘蛛の巣も、全面協力しよう」ナフマンは続ける。「ローマの枢機卿たちの金の流れ、女関係、隠された野心――その全てを、お前の元へ届けさせてやる」


「金は刃物だ。使い方を誤れば自分を傷つける。だが正しい手に渡れば、見えざる敵さえも斬ることができる。君は、その使い方を見つけたようだな」


 その夜、リスボンの商館の奥深くで、ヨーロッパの政治と宗教の最も深い部分を腐らせるための、静かな宣戦布告が交わされた。


 その計画の全貌を知る者は、世界で、ただ二人だけだった。

 デュゲ=トルアンも、源八も、そして、自らの名声のために金が使われると信じている若きポルトガル王でさえ、その本当の目的を知る由はなかった。

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