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第三十八章 終焉の後に始まるもの

 スペイン帝国との経済戦争が終わってから、数ヶ月が過ぎた。

 パリの「ヘリ&ヴァレリー商会」は、もはや単なる貿易会社ではなかった。ヨーロッパ中の銀の価格を事実上支配し、その富は小国の国家予算を遥かに凌駕する、一つの巨大な金融帝国と化していた。エドムンド(エドアルド・ヘリ)の名は、畏敬と、そして恐怖と共に、ヨーロッパ中の宮廷で囁かれていた。

 書斎の空気は、以前とは違っていた。陰謀の熱気は消え、代わりに、帝国を動かす巨大な歯車を回すような、重い責任感が満ちていた。

 その日、トマスは、旅の支度を整えていた。

「……もう、十分だろう」

 彼は、窓の外を見ながら、静かに言った。その顔から、長年彼を駆り立ててきた復讐の炎は消え、ある種の虚脱感と、静かな満足感が浮かんでいた。

「ハプスブルク家のスペインは、死んだ。財政は破綻し、軍隊は機能不全。もはや、かつての栄光の影もない。」

「これから、どうするのだ?」エドムンドが尋ねた。

「ロンドンへ帰るさ」トマスは、穏やかに微笑んだ。「そして、残りの人生は、学者として過ごすつもりだ。この莫大な富を使い、異端審問で失われた、我らが同胞の歴史や文化を、再建する。」

 彼は、エドムンドの肩に手を置いた。

「だが、君の戦いは、これから始まる。未来を築くための、な」

 二人が、最後の別れの言葉を交わそうとした、その時だった。

 フィリップ・ド・ヴァレリーが、一通の緊急書簡を手に、部屋へ駆け込んできた。

「エドムンド!トマス! マドリードからの知らせだ! カルロス2世陛下の健康状態が、絶望的だという。もはや、次の冬を越すことはできまい、と宮廷医が……!」

 書斎は、静寂に包まれた。王の死が目前に迫っている。それは、世継ぎのいない彼の死が、ヨーロッパ全土を巻き込む、巨大な王位継承戦争の始まりを意味していた。

 エドムンドは、それが自分に差し出された、次なる、そして遥かに巨大な「賭け」であることを理解していた。

 帝国を崩壊させることと、新しい王を創造すること。

 それは、全く質の違う、神の領域にさえ踏み込むかのような、危険なゲームの始まりだった。


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