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第三十章 ロイドの再会

「ヘリ&ヴァレリー商会」の設立から、大陽王の庇護という追い風を受け、すでにパリの経済界で知らぬ者はいない存在となっていた。エドムンドは、その成功の渦の中心で、息つく暇もないほどの日々を送っていた。


 その日の午後、エドムンドは、パリの一等地に構えた商館の執務室で、膨大な取引書類に目を通していた。そこに、秘書が少し緊張した面持ちで来客を告げた。


「旦那様。イングランドからのお客様です。トマス・フィンチ様と……」


 エドムンドのペンが、止まった。


 トマス・フィンチ。その名は、彼が「エドムンド・ヘイル」だった頃の、遠い記憶の扉を開ける鍵だった。


 部屋に通されたトマスは、エドムンドの姿を認めると、その顔を驚きと喜びに輝かせた。以前会った時よりも顔に皺は刻まれていたが、その目は、紛れもなく、かつてロンドンのコーヒーハウスで語り合った、友人のものだった。


「……本当だったのだな。エドムンド。君が、これほどの男になったとは」


 彼は、値踏みするような視線ではなく、ただただ感嘆の息を漏らした。


「トマス!」


 エドムンドは立ち上がり、旧友を固く、力強く抱きしめた。再会の喜びと、互いが経てきた歳月への感慨が、二人をしばし無言にさせた。


 その日の午後は、仕事の話など一切出なかった。


 エドムンドは、パリで一番と言われるレストランにトマスを連れて行き、最高のワインを開けた。二人は、ロンドンでの若き日々のことを語り合った。エドムンドは、これまで誰にも話さなかった、奴隷船でのこと、ガスパールとの戦いのことも、この旧友にだけは、全てを打ち明けた。


 トマスは、黙って、しかし深い共感と共に、友の壮絶な半生に耳を傾けていた。


 その夜、屋敷に戻り、書斎で二人きりになった時、トマスはようやく、その訪問の本当の理由を切り出した。


「君の話を聞いて、確信したよ、エドムンド」彼の声は、昼間の陽気さとは違う、静かな熱を帯びていた。「君は、ただ運が良かったわけではない。君は、自らの知恵と勇気で、理不尽な運命を覆した。それも、一度ならず、二度までも」


 彼は、エドムンドの目をまっすぐに見た。


「そして、君は知っているはずだ、エドムンド。私が、この人生で覆したいと願っている、一つの巨大で、理不尽な運命の存在を」


 トマスの言葉に、エドムンドは息を呑んだ。彼は、友人の魂の奥底にある、決して癒えることのない傷を知っていた。コンベルソとして、異端審問によって全てを奪われた、彼の一族の歴史を。


「……スペインのことか」


「そうだ」トマスの声には、静かだが、底知れない憎悪が込められていた。「私は長年、あの帝国を内側から崩壊させる計画を練ってきた。そして、君がフランスでこれほどの力を手に入れた今、ついにその時が来たと信じている」


 彼は、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。そこには、古代文字で描かれた、古びたコインの絵があった。


「これは、武力ではない。経済で、帝国を内側から崩壊させる計画だ。だが、あまりに壮大で、あまりに危険すぎる。私一人では、到底成し遂げられない。私には、この狂気の計画を、共に笑いながら実行してくれる、信頼できるパートナーが必要なのだ」


 トマスは、羊皮紙をテーブルの上に置いた。


「友人として、君に頼みたい。私の人生を賭けた、この最大の『賭け』に、君の力を貸してはくれないだろうか。これは、リディア王国の復権と、スペイン帝国打倒の物語だ」

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