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第二十一章 幻の魚を追って

 ディウの酒場の喧騒の中で、エドムンドの心は決まった。香辛料が過去の富であるならば、自分は未来の富を掴み取る。その富は、シャムという未知の王国で、瑠璃色の鰭を揺らしている。


 彼は、すぐには行動に移さなかった。まず、数日をかけて、港にいる全てのシャム帰りの船乗りを探し出し、話を聞いて回った。ある者は、闘魚の美しさを熱っぽく語り、ある者は、その輸送の難しさに首を横に振った。「嵐でもないのに、なぜか死んでしまう。呪われた魚だ」と。情報が集まれば集まるほど、その事業がいかに困難で、いかに魅力的であるかが浮き彫りになっていった。


 準備が整った日、エドムンドは「ル・ヴァン」の甲板に、自ら選び抜いた船員たちを集めた。


「諸君に、次の目的地を告げる。我々は、シャム王国へ向かう」


 船員たちの間に、どよめきが走った。インド洋の西側とは違い、マラッカ海峡の東は、海賊が跋扈し、未知の病が渦巻く、危険な海域だった。


 一人の年嵩の船乗りが、おずおずと口を開いた。「旦那様。シャムで、一体何を……?」


「魚を獲りに行く」エドムンドは、静かに、しかし力強く言った。「宝石よりも美しいと言われる、幻の魚だ。誰もが不可能だと言う。だからこそ、我々がやる。香辛料を右から左へ運ぶだけの退屈な商売は、他の者たちに任せておけばいい。この『ル・ヴァン』は、不可能を可能にするための船だ。危険な旅になるだろう。だが、成功すれば、我々は歴史に名を残す。私を信じ、ついてきてくれるか?」


 船員たちの顔に浮かんでいた不安は、いつしか興奮と野心の色に変わっていた。彼らもまた、ただの船乗りではなかった。エドムンドという類稀な船長の下で、まだ誰も見たことのない水平線を目指すことに、魂を震わせる冒険者たちだったのだ。


「ル・ヴァン」は、風の名に恥じぬ速さで、インド洋を東へと駆け抜けた。マラッカ海峡では、その快速で不審な海賊船を軽々と振り切り、シャム湾に入ると、船乗りたちは初めて見る風景に息を呑んだ。


 そして、ついにチャオプラヤ川を遡り、目的の地であるシャムの都、アユタヤに到着した。


 そこは、エドムンドがこれまで見てきたどの都市とも違っていた。無数の運河が街中を縦横に走り、人々は小舟を行き交わせていた。川の両岸には、黄金に輝く仏塔パゴダが天を突き、象がゆっくりと歩き、水上市場では、未知の果物や香辛料の匂いが混沌と混じり合っていた。まるで、街全体が、一つの巨大な生き物のように呼吸しているかのようだった。


 エドムンドは、外国人居留地に宿を取り、早速、アユタヤの市場へと足を運んだ。


 そして、彼はついに、追い求めてきた幻の魚と対面する。


 市場の隅で、一人の老人が、いくつもの小さな壺を並べていた。その壺の中を、瑠璃、翡翠、紅玉、ありとあらゆる宝石の色を溶かし込んだような、小さな魚たちが舞っていた。鰭は、まるで王侯貴族のドレスのように広がり、その動きは優雅そのものだった。


 隣の男が、別の壺から一匹をすくい、老人の壺の一つに入れる。その瞬間、二匹の魚の優雅さは消え、互いの鰭を食いちぎり、命を奪い合う、激しい闘争の化身へと変貌した。


 美と、暴力。そのあまりにも鮮烈なコントラスト。


 エドムンドは、その小さな生命が持つ、魔力のような魅力に、しばし心を奪われていた。噂は、真実だった。そして、この宝石を、生きたままヨーロッパへ持ち帰るという、至難の業に挑む彼の本当の戦いが、今、始まろうとしていた。

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