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ナーアヴェン~ある雨雲の物語~  作者: シャムローズ
第四章:グレーイの帰還
38/51

~陰雲~

~~ナルト疾風伝 - Hyouhaku

  シウ大陸では、グレーイが去ってから長い時間が経っていた。それにも関わらず、彼のことを忘れたものはいなかった。ネフェリアの塔の上で、デュオルクは雨雲の帰還を()()する準備を進めるため、将軍たちと話し合っていた。午後も終わりに近づき、長は岐路に着く準備をしていた。


「試験はちゃんと終わらせたのか?」長が威厳ある声で尋ねた。


「万事順調です!」と、とある将軍が答えた。


「全ての防壁に戦士を配置したのだろうな?」


「ええと…後ろの部分にはまだ…」


「もう数ヶ月経っているぞ!」巨大な白い雲は怒りで叫んだ。「()()()()だ!この仕事はたかだか数週間で終わるはずだっただろう!」


「もちろんです、長!しかし、最初の試験は上手くいかなかったのです。それで…」


「言い訳するな!」デュオルクは雷鳴のような声で言った。「ムーフェと相談しろ!害虫はいつ現れてもおかしくないんだ。明日になったら全ての大砲を設置しとけ!」


 そう言い放つと、彼はドアをバタンと閉めて出て行った。将軍たちは沈黙の中で顔を見合わせ、肩をすくめた。灰色の雲の誕生以後、この光景は日常茶飯事だった…


 デュオルクは家路についた。彼はもうネフェリアの塔には住んでいなかった。近頃は生活が変わり、塔に住むのが危険になり過ぎていたのだ。


 いつものようにイライラと歩きながら、どうやったらあの『無能ども』の無能っぷりに腹を立てずに済むのか、と考えていた。ネフェリアの新しい軍隊は規模を拡大したはいいものの、あの雨雲、アロイの支配に終止符を打った討伐部隊とは比べ物にならなかった。


 あの戦いの後、大多数の戦士が命を落とし、軍隊が再編されることはなかった。そう、対抗軍が唯一にして真の軍隊だった。そして、後にも先にももう軍は編成されず、雲たちは再び、昔のように平和を愛する民になったのだ。


 デュオルクにしてみればこれこそが父であるツィム、ネフェリアの元長の最大の過ちだった。お陰で平和ボケした、呆けた国民しかいない。新しい軍隊を編成するのは中々の至難の業だった。時間がかかりすぎる。アロイによって生活が脅かされた時は、雲たちの先頭本能のようなものが目覚めたのだが、どうやら今回は違うらしい…


 備えなければ、ネフェリアは破滅への道をまっすぐに突き進むというのに!


 太陽が刻一刻と地平線へ近づいていく。まだ日中と呼べるほどには十分高い位置にあるが、真昼間と呼ぶには低すぎる。その太陽を見ていると、昔の記憶が蘇ってきた。


 彼はこの昼と夜の間の時間が嫌いだった。寝るには早すぎるが、一日を楽しむには遅すぎる時間。子供たちが学校から帰ってくる時間…かつてはこの巨雲も、そんな子供時代を楽しんだ。


 幼き日のデュオルクは、年齢の割に体格は立派であった。夕暮れで赤く染まった太陽の光に照らされながら帰宅していた。あー、今日はとってもいい一日だったな!だって、あのゴロツキのヴァピオールをやっつけることに成功したんだもの!当然の報いさ。学校のみんなをいじめてたんだから!離れて遊んでる小さい子さえも!


 俺様の拳を味わったのだから、もう二度とあんなことしないだろう。デュオルクは自分自身が誇らしかった。家に帰ったら今日あったことを父さまに聞いてもらわなきゃ!


 しかし、家の扉を開けた瞬間、そこに父親の姿はなかった。部屋は荒らされ、雑然の極みだ。母親は涙で顔を濡らしながらそこにいた。隣には、険しい表情を浮かべた別の雲がいた。


 数秒後、デュオルクは母親の隣にいる雲が父親であることに気が付いた。あまりにも顔の表情が歪んでいて、すぐには気が付かなかったのだ。父親のこんな顔を見るのは生まれて初めてのことだった。デュオルクは玄関の前で固まるしかなかった。家の中に足を踏み入れることさえ出来ずにいた。


「怖がらないで、デュオ。」涙をぬぐいながら母親が言った。「なんでもないわ…だからこっちにおいで。」


 デュオルクはおどおどと父親を見つめた。ツィムは微動だにせずに壁の巾木をじっと見つめていた。結局、デュオルクは中に入る勇気が出ず、母親が腕を引っ張ってようやく中に入った。母親の隣にちょこんと腰かけ、数秒間黙った後、緊張しながらも、声を振り絞りこう聞いた。


「母さま、何があったの?」蚊の鳴くような声だった。


「なんでもないのよ。」母親は繰り返した。


「隠しても無駄だ。」ツィムは冷たく言った。


 母親は、非難の気持ちが読み取れるほどの悲しげな眼付きで夫を見た。その視線を下げ、深刻な雰囲気でふぅ、と長いため息をついた後、息子に向き直った。


「ねえ、ブラムおじさんと遊ぶの、好きだったよね…?」彼女はへんてこな笑顔を浮かべながら囁いた。


 ブラムは一家全員の友達で、三日に一晩は家に来ていた。デュオルクと遊ぶことも大好きだったが、目的はそれよりも両親と議論することだった。ブラムはツィムの古くからの友達でもあり、評議会の重要な雲でもあったのだ。


 よく村の未来について哲学的な議論を交わしていたが、その頃のデュオルクにはあまり興味がなかった。


 幼き雲は、ブラムおじさんが両親をこんな目に遭わせるだろうか、と訝った。すると母親が話始めた。


「実は…おじさんはね、どこかに行っ…」


「死んだんだ!!」ツィムが激怒して叫んだ。


 デュオルクと母親は驚きのあまり思わず飛び上がった。死んだ、って言った…?幼いデュオルクは自問した。そしてショックを受けて父親を見つめた。これほどまでに様々な感情が一度に溢れ出てきたことはなかった。混乱、悲しみ、恐怖…デュオルクはまるでガーゴイルのようにその場に凍り付いてしまった。ツィムは激高し、抑えることができずにこう言葉を続けた。


「アヤツの仕業だ!!もう我慢ならない。もうたくさんだ!アヤツは制御不能だ!私は…私は…」


「お願い、ツィム、落ち着いて。まだ彼と決まったわけでは…」


「何て言った!?落ち着けだと!?証拠ならある!たとえなくたって、他に誰がいるんだ!?現実から顔をそむけるのをやめろ!アロイが殺したんだ!こんな大災害を具現化したヤツを、どうして神はお作りになったのか理解に苦しむ!いいや…今回は…今回こそは…バーダルがこの責任を取るべきだ!今すぐバーダルに会いに行ってくる!アロイのことは私が必ず…」


「やめてええええええええ!」と配偶者が叫んだ。「ねえ、デュオがこんなに怖がってるのが分からないの!?あなたらしくないわ!落ち着いて、お願いだから!」


 その言葉を聞いて、突然ツィムは叫ぶのをやめた。愛息子を見つめ、何度も瞬きをしてから深呼吸をし、デュオルクの片方の肩に手を置いて、しゃがみ込み、こう声をかけた。


「デュオ、すまなかった…怖がらせるつもりはなかったんだ。母さんの言う通り、きっとブラムは、今いるところで元気にやってるさ。だから心配しなくていい。今に、全て元通りになるさ。」


 デュオルクは父親の言葉を、一言一句漏らさず注意深く聞いていたが、恐怖で言葉が迷子になってしまった。ツィムは立ち上がり、妻の方を向いた。


「もう二度とこういったことが起こらないようにするが、それでも、デュオがこの先、もしまだ私の立場を継ぎたいと思っているのなら、こういった事態を経験する可能性はある…つまり、私の仕事がどういうものなのか、今の内から教えておきたいんだ。包み隠さずに。」


「はいはい、言い訳はその辺にして。どっちにしろ責める気はなかったけど…それより、この散らかった部屋を片付けるのを手伝ってね!」


 ツィムは微笑み、そして全てが元通りに戻ったかのように見えた。しかし、デュオルクは自分の寝室で独りになった時、何時間も何時間も泣き続け、それから泣き疲れて寝た。身近な誰かが死ぬのは、初めてのことだった。両親と同じくらいブラムのことが好きだった。気がよく、感じのいい、楽しい雲だった…


 まだ幼い雲にとって、もう二度とおじさんに会えないのだと理解するのは、容易なことではなかった。もう会えない、と思うと心臓がギュッと痛かった。


 悲しいことに、この話はこれで終わりではなかった。現在のデュオルクは、この話の続きを完璧に覚えていた。まるで自分自身が体験したかのように感じるまでに、父親が何度も語ってきかせたのだ。


 それからしばらくして、雨雲アロイは評議会に召喚された。ネフェリアの裁判所は現在のものと似ていたが、別の場所にあった。驚くことに、アロイは何の抵抗もせずに出頭してきた。


 評議会の彼に対する態度は厳しいものであった。アロイが裁判にかけられるのは、なんとこれが初めての出来事ではなかった。もう既に何度も裁判沙汰の事件を起こしていた。しかし、今回が一番深刻なものであった。


 副村長たちはアロイをブラムを死なせた犯人として起訴した。なぜならブラムが失踪したのは、アロイが評議会にて村の長になりたいと宣言した時に、無礼な態度を取った直後だったからだ。


 その宣言を聞いたブラムはかっとなり、バーダルの息子を口汚く嘲笑したのだ。それは嘲笑というより、ほとんど侮辱と呼べる代物だった…


 驚くべきことはここからだ。アロイに対する罪状が述べられ、不利な証言が読み上げられた後、評議会の面々は固唾をのんでアロイの反応を待った。だが、雨雲は反論することもなく、ただ沈黙を貫いていたのだ。


 そして、全てが終わった後、やっとアロイは「そうだ」と答えた。俺がブラムを「消した」、そして、「悪いことはなにもしていない」とも。この雨雲にとっては、それは単純なる仕返しに過ぎなかったのだ。今度はツィムと副町長たちが固まる番だった。どう反応すればいいのか分からなかったのだ。


 ツィムは、その日にアロイの目の奥底を見ようとしたことも、息子に語って聞かせた。だが父親によると、そこに見たものは血をも凍らせる恐ろしいものだった…そこにあったのは死、空虚、そして絶対的な…無だけだった、と。


 後にその視線をデュオルクも捉えることになったのだが、その光景は心に永遠に残るほど、深く刻まれてしまった。アロイは正しく父親が描写した通りの雲で、そしてその目は、細部に至るまでグレーイのものと同じであったのだ。


 そう、それは底なし沼のほうに深く、感情もない、果てしないブラックホールのような目つきであった…


 バーダル。この「呪われた老雲」があの怪物を甦らせたのだ!あいつが「忌まわしき存在」の生まれ変わりをネフェリアに直接誘い込んだのだ。「死者の世界からあの怪物を連れ戻しやがった…奴はやりやがった!」と、デュオルクは来る日も来る日も繰り返した。


 先祖たちの雲が、灰色の雲の存在と呪いについて警告してくれていたのに!あの怪物どもに味方するものは、そいつらも決まって怪物だ、と。『バーダルは自業自得だ』そんなことを考えながら、ゆっくりと自宅の玄関の戸を開けた。


 最初に目に飛び込んできたのは、ウルナーの教師であり、裁判の日にグレーイとバーダルを裏切ったヌベだった。彼女はデュオルクを満面の笑みで迎えた。そして、まだデュオルクが戸を閉めきらぬうちに、小さな雲のエルムが彼に飛びかかった。


「うわっ!」と驚いたデュオルクが叫んだ。「ただいま、ツィム。」


デュオルクと戦士たちは敵の再訪に向けて準備を進めていた。

一方、その隙に誰かがネフェリアの町に侵入している模様だ…

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