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第22話 魔王、斥候を連れ出す

 壁に掛けられた武具類。

 胸当て、ナイフ、短弓。その中に冒険者ランクを表すベルトもあった。

 色は緑色。

 Bランク冒険者の証である。

 ギルドへの出社拒否するショコラもまたベテラン冒険者なのである。

 毛布から頭を出したショコラは言う。


「パーティを追放された」


 リリアはたっぷり10秒黙り込む。こめかみを指で押さえると、乾いた笑いを漏らした。


「あれじゃな……妙にシンパシーを感じるの」

「姫様も追放された口だからな」


 スパァァァン!


 レイダーの脛に軽く蹴りを入れて黙らせると、


「追放とは可哀そうに。この不審者が言うようにワシも追放された身でな」

「ほんと?」


 リリアは膝を付くとショコラと目線を合わせた。

 間近で見れば、意外と睫毛が長い。

 寝癖が付き放題の髪を整えれば、それなりの容姿になるだろう。


「同じ追放されたよしみじゃ。良ければ理由を教えてほしいんじゃが」


 その瞬間、毛布が天井近くまで舞い上がった。

 花柄パジャマ姿のショコラはベッドの上で威嚇めいたポーズ!

 鼻にしわを寄せ、小さな牙を剥いてガルルと唸る。


「エルフにやられた! 高慢ちきなエルフに!」


 エルフと聞くなり、リリアは再び眉間を押さえた。

 あの性悪耳長どもめ……と呆れたようにつぶやく。


「犬アレルギーだから出て行け! って。あたし、犬じゃないのに!」


 毛布が天井でワンバウンド。

 再びショコラを頭から覆い隠す。


「許さない! エルフはみんな悪い奴だ! みんなで燃やそうエルフの森!」


 一片の迷いもなく、ショコラは決断的に言った。

 怒りは本物なのである。

 エルフの森を燃やすなど、彼らに対しては宣戦布告にも等しいスラングである。

 もしこの場にエルフがいたならば、精霊魔法や弓矢が飛び交っていたに違いない。

 なぜなら獣人を動物扱いと同等の侮辱行為なのである。

 毛布の中で両の中指を立てスラングを撒き散らすショコラ。


 魔王は思い出した。

 200年も昔、恐るべき重力制御魔法により崩壊した軍勢。

 その破壊と殺戮の中から立ち上がった者を。

 赤いたてがみに金の籠手を着けた勇気ある獅子の獣人。

 彼に劣らぬ憤怒の形相。

 ――リリアは霧がかかるほど遠い記憶を頭の片隅に押しやる。


「森を焼くなどと過激なことを言うておるが……」

「ちょっと過激発言が多いだけだ。気にするほどでもない。それに何度も言うが、斥候としては優秀だ」


 レイダーは努めて冷静に言う。

 ……レイダーがそう言うのならそうなのだろう。

 リリアは無理くり自分に言い聞かせる。


「しかし、まだ獣人を動物扱いする阿呆がおるとはな」


 ご法度である。

 エルフに森を焼くというスラングを浴びせるに等しい行為だ。

 200年前の大戦時、魔族ですら控えたスラングである。


「もうあんなやつがいるギルドに行きたくない。冒険者やめるもん。毛布にくるまって過ごす」


 ショコラのしょぼくれた声が毛布の隙間から漏れた。

 それっきり毛布はうんともすんとも言わなくなった。

 微かな呼吸音だけが規則正しく聞こえる。

 レイダーが目だけで訴えかけてくる。

 何とかしろ、と。


「まったく。大の大人が情けないことを言いおって。仕方がないのう」


 リリアはベッドの端に座った。

 毛布をポンポンと優しく叩くと、


「ワシがその高慢ちきなエルフを謝らせてやろうかや?」

「できるの⁉」


 ショコラの顔が毛布から飛び出した。


「もちろん。ワシを誰じゃと思っておる」

「知らない人!」

「……まあよい。エルフなど所詮、葉っぱばかり食うておる草食動物じゃ。それこそ森に火を放つと脅すか、オークをあてがえば良い」


 無論、魔王だからスラングを言うのも自由である。


「そのかわり」


 リリアの目がにゅうと細くなる。


「おぬしの斥候としての優秀な能力をワシのために使ってもらうぞ」


 無償でな、と小声で付け足すリリア。

 なんという欺瞞に満ちた甘言か!

 しかし、ショコラはエルフを謝らせるという言葉に目がくらみ、気付いていない。

 毛布を刎ね飛ばし、尻尾を振りながら、


「うん!」と大きくうなずいた。


 魔王はにたりと笑う。


「ワシはリリアじゃ」

「あたし、ショコラ!ショコラ・マキアート!」

「良い名じゃ。よろしく頼むぞ」



◆◆◆



 所は変わって冒険者ギルド。


 仕事を求める冒険者たちが受付に列をなし、昼間だというのに酒を飲む者もいる。

 カウンターには手招きするドラゴンの置物。

 来るもの拒まずというギルドの表の顔を表現しつつ、冒険者として生活することの厳しさをドラゴンにより暗喩していた。


 受付からさほど離れていない場所にあるベンチに、リリアたちは腰を掛けていた。

 あれほどギルドに行きたくないと言っていたショコラの姿もあった。

 リリアとショコラは並んで、ギルドの入口を凝視する。

 一方のレイダーは離れた場所で、雑誌を片手に乾燥薬草を嗜んでいる。

 あまり気乗りしない様子だ。


「で、おぬしを追放したのは若い女のエルフじゃったか?」


 エルフは若いと言っても何百歳なわけで、下手すれば暴れる魔王の姿を見ていたかもしれない年齢だ。気を付けねば。


「そう! あと金髪!」


 パーティを組む契約中に追放されたので名前は良く知らないこと

 だが姿を見れば一発だとショコラは言う。

 そして、件のエルフは現在ギルドにいない。

 ならば待つまで。


 そうして1時間ほどが過ぎた。


 カランコロン。早速ドアベルが鳴る。

 リリアは握る手に思わず力を込めた。

 艶のある長い金髪、彫刻めいた美貌をもった女だ。

 おお、その耳は細く長い!

 間違いなくエルフだ! 見事な双丘を持ったエルフだ!

 長弓を背負った女のエルフがギルドに入ってきた。

 いかにもお高くとまっている典型的なエルフの容姿である。


 リリアは舌なめずりした。何事も最初が肝心だ。

 はったりでも何でも最初に一発かませば、貧弱なエルフなど大人しくなるのだ。


「よし、いくぞ。ショコラ」


 リリアはベンチから立ち上がろうとし――


「違う」


 ショコラは首を横に振った。


「なんじゃと?」


 エルフはリリアたちの前を悠然と横切り、併設された煮売り屋へと向かう。

 危ない。もう少しで無関係なエルフに奇襲をかけるところだった。

 腰を半分浮かせたままリリアはさてどうしたものかと逡巡し、大人しく座りなおすことにした。


 ――その時だ。


 カランコロン。ドアベルが鳴る。


「来た!」


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