第21話 魔王、勧誘する
カヌレの街、ボンボン区の通りは少々手狭だ。
木造にもかかわらず3~4階建ての集合住宅がずらりと並ぶせいだ。
おかげで得も言われぬ圧迫感がある。
遠くで地響きがした。
おそらく集合住宅のうち、古いどれかが荷重に耐えきれず倒壊したのだろう。
違法と合法とを反復横跳びする手抜き建築物に、人を詰め込むのだから仕方がない。
ボンボン区ではよくある光景だ。
ニュースですら流れない。
「いつかは声を掛けようと思っていた。ダンジョンに挑む以上、斥候あるいは盗賊は必要だ」
そんな集合住宅の1つ、オオキイシッポ荘の階段を上がりながら、レイダーは話を切り出した。
「経験を積んだ冒険者でなければ、森歩きは止めた方がいいからな。敵はモンスターだけではない。地形や自然もまた相手となる。だからこそ、森に入るなら斥候や盗賊とパーティを組むのが一番だ」
「なるほど。そういえば200年前、勇者も盗賊を連れておったわ」
一段遅れてリリアが続く。
階段がギシギシと鳴り、全身完全金属鎧なら抜けてしまいそうだ。
家賃に比例して造りも甘くなる。
オオキイシッポ荘はそこそこ安い物件と見受ける。
「危険や錠を察知して、こちらが不利にならない状況を作る。実際、戦いの腕よりも状況が勝敗を分けることが多い。特に姫様の重力制御魔法は、広範囲攻撃過ぎて森の中では使いにくいと見受ける」
リリアはふと横をみた。階段の壁には小さなチラシが貼られている。
薬草。『値下げ交渉OK』50%オフ。
おそらくただの薬草ではないのだろう。
「で、今から会うのがその斥候と?」
「そう。名前をショコラ。俺の古い知り合いだ」
「そ奴も冒険者かや?」
「そうだ。冒険者で、レンジャー能力に秀でている。腕は俺が保証する」
レイダーの足が止まった。
「そやつが?」
「ここにいる」
オオキイシッポ荘3階の角部屋。
簡単に蹴破れそうな気のドアには、几帳面にも表札がかかっている。
『ショコラ・マキアート』
独特な筆跡だ。リリアはなぜか親近感を覚えた。
「ただ、最近ギルドに顔を出していないというのが気になるが……」
レイダーはドアをノックした。
返事はない。
レイダーはしばしの間待ったのち、もう一度ノックする。
返事はない。
「俺だ」
返事はない。
「留守かや?」
「いや、人の気配はあるのだが……」
レイダーは懐に手を突っ込むと、携帯PHS端末(個人用携帯精霊通信器端末)を取り出した。
これは年間契約した精霊の力によって、声を遠くへ飛ばす装置である。
SCSとは違い、映像は飛ばせない。
カヌレほどの大きさの街なら、市民にもある程度は普及している。
おかげでカヌレの街は精霊が飛び交い過ぎ、精霊魔法が思うように行使できない状況だ。
リリアが携帯PHS端末を指差し、
「それ、ワシも持っておるがイマイチ使い方がわからん」
『デスモスキートクラン』から押収した端末である。
「詳しくは後で教える」
レイダーは番号をプッシュ。
PPPPPPと精霊が相手の端末を呼び出す音がする。
ほどなくして、ドアの向こうからも聞こえてきた。PRRRRRR……。
レイダーが端末を切ると、同じく音が途切れる。
レイダーとリリアは互いに顔を見合わせた。
「どうやら……家の中にはおるようじゃな」
「そのようだな」
レイダーはノブを捻るが鍵がかかっている。
ならばと身をかがめると、懐から今度は鍵を1本取り出した。
鍵を刺し込み、回す。
……ガチャリ。
なんということか。見事に開いたではないか。
「……おぬし、なぜ鍵など持っておる?」
「話の流れの都合だ」
妙にフラットな声で投げられた疑問をはぐらかし、レイダーはリビングへ足を踏み入れる。
カーテンが閉じ切られ、暗い。
花瓶。食器。ぬいぐるみ。武具一式。
武具を除き可愛らしい色合いで揃えられている。
リリアの眉が僅かに動いた。
家主は女性であることがうかがえる。
リビング窓際にはベッドがあった。
そして、その上ではこんもりと毛布が盛り上がっている。
どうやら家主がそこにいるらしい。
「ショコラ、俺だ」
もぞもぞと毛布が動き、顔だけが出てきた。
リリアは目を細めた。おかしそうに口元を緩めると、
「なるほど。獣人かや」
どことなく人のような犬の顔に、ふわふわの髪の毛が生えている容姿を想像してもらいたい。
彼女は、こげ茶色の毛並みをした犬の獣人であった。
歳はおそらく20も半ばくらいか。
「言ってなかったか?」
「知らなんだ」
リリアはレイダーを小突くが、特に気にした様子もない。
ショコラは寝起き眼でレイダーを見ると、
「あ、レイダー。戻ってたんだ」
ふにゃふにゃとした喋り方だ。
コボルトと違い、目をこする手はこげ茶色の毛が生えているとはいえ人間のそれだ。
「ああ、最近な」
「お金返してね」
「近々な。それよりも仕事だ」
途端にショコラの頭が毛布の中へと引っ込んだ。
「やだ」
そう一言だけ返して毛布は沈黙する。
時折、毛布がもぞもぞと動くのみ。
「いや、仕事なんだが……」
「やだもん」
拒絶。明確な拒絶だ。
レイダーは困ったように肩をすくめた。何が何だかさっぱりだ。
リリアは仕方がないと言わんばかりに前へ出ると、
「おぬしショコラと申すか?」
再び顔を出すショコラ。驚いた様子で、
「隣の人、誰?」
今ようやくリリアの存在に気が付いたらしい。
本当にこやつ斥候か? リリアは喉元まで上がった言葉を堪える。
「ワシはリリアじゃ。最近冒険者になったばかりで、言うなればレイダーの上司じゃな」
「ふーん。小さいのに?」
獣人とは基本こんな感じである。いちいち否定していたら話が前に進まない。
忍耐だ。忍耐あるのみだ。
「ワシらは森へ行かねばならんのじゃ。そこでおぬしの力を借りたい」
ショコラはあからさまに嫌そうな顔をした!
「ギルドに行きたくない」
「まあそう言うでない。そもそも、いったいなぜギルドに行きたくないのかや?」
「……」
ショコラは再び毛布の中に顔を引っ込めた。
しかし、そこで諦めるような魔王ではない。ベッドの端に座ると穏やかな声で話しかける。
「ずっと毛布でくるまっておるわけにはいかんぞ。腹は減るし、金は稼がねばならん。まずは理由を話してみせよ」
その声に魔力が僅かに乗っていることに気が付いた者は、当の本人を除いていないだろう。
リリアの説得のおかげか、躊躇いがちにショコラは口を開けた。
「……パーティを追放された」




