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第20話 魔王、魔の森へ行け

 客車を引いた巨大な黒毛牛がブルルと震えた。

 カヌレの街をぐるりと回る公営環状牛バス。

 フライングカーペットが買えない中流層以下にとっては、無くてはならない庶民の足だ。

 公営環状牛バスは、巨体の割には馬の半分ほどの速さで停留所から去っていく。

 残されたのは降りた2人。

 魔王とその部下だ。

 ここはボンボン区。木造かつ高層の建物が並ぶ、あまりお金がない者たちが暮らす区画だ。

 そして、都市に根を下ろした冒険者たちが良く住んでいる。


「ここに奴がおるのかや?」


 フードマントを羽織ったリリアは胡乱気に尋ねた。


「ああ」とレイダーは頷く。


 サバイバルカラーの旅人装束を身にまとった、いつもと変わらぬ姿だ。


「夜逃げしていなければな」


 そう静かに言った。

 目抜き通りと違って、ボンボン区の通りに宣伝用SCSは置かれていない。

 かわりに、立ち食いヌードル屋の客寄せ声がいくつも聞こえる。

 リリアは低く唸ると、


「なら、さっさと向かい――仲間に引き入れなければならんな」



◆◆◆



 話は遡ること1時間前。


 煮売り屋で遅い朝食をとるレイダーの向かいに、リリアが座ってきたのが発端だ。

 フードマントを羽織った美少女は周囲の目を引く。

 断りも入れず、でんと座るあたり実に偉そうだ。

 ――魔王が故か。

 そんな言葉がレイダーの脳裏を過ぎる。


「レイダーよ、森の噂を聞いておるか?」


 開口一番にリリアは訊いてきた。

 話したくてうずうずしているのが傍から見てもわかる。

 レイダーはフォークを動かす手を止めた。

 その一瞬の隙を突き、レイダーの皿からリリアはソーセージを1本奪取する。

 残り1本になったソーセージを一瞥し、


「知らんな」


 事実知らなかった。

 リリアと共に冒険者ギルドで依頼をこなす日々を送ってはいるが、それほど入り浸っているわけではない。

 下手すればギルド内のことに限り、リリアの方が詳しいかもしれぬ。

 途端にリリアは得意顔になる。

 こういう時、続きを促してやるのができる部下なのだ。


「なにやら森が騒がしいらしい」


 カヌレの街で森といえば街の北にあるブラウニの森だ。

 ブラウニ山の裾に広がる広い森である。

 もちろんモンスターや危険な動物が生息する、デンジャースポットだ。危ない。

 リリアは傍を通った従業員にミルクを注文する。

 中指に指輪をはめているのが見えた。


「森の奥にしかおらなんだモンスターが、森の入口付近にも出ているそうじゃ。ゴブリンだったかのぅ。おかげで薬草採取専門の輩が泣いておったわ」


 言葉とは裏腹にカカッと快活に笑った。

 薬草採取というからにはDランク冒険者向けの依頼だ。

 Dランクなんてニュービーでは、徒党を組んだゴブリンを正面から戦うには辛いものがある。

 実際、死活問題に違いないだろう。


「ギルドが慌てておったわ。何か危険度が高いモンスターが森の奥深くにおるのでは? とな。Dランクの依頼にCランクをぶつけたら商売あがったりともな」

「縄張り争いに負けたザコが森の浅い所まで逃げてると?」

「縄張り争いとは限らんぞ」


 リリアはニヤリと含みのある笑みを浮かべた。

 どういうことだ?とレイダーが返すよりも早く、


「この急な森の変化。ワシは違うとみる」


 心なしか周囲の喧騒が遠くに聞こえた。

 辺りに視線を走らせた後、リリアは声のボリュームを落とした。


「魔族が裏で手引きをしてるやもしれん。ワシもその昔、混沌の眷属どもを集めていた時、低級モンスターの大移動を引き起こしてしまったからな。いくつかの街が潰れたのう」


 さらりと恐ろしいことを言う。

 つまり何者かが混沌の眷属(魔族が配下として使役できるほど聞き分けの良いモンスター)を、ブラウニの森に集めているのではと言いたいらしい。

 ここは元魔王領。

 勝手知ったる魔族ならば、眷属たちを招集する伝手の1つや2つあるはずだ。

 レイダーは絶句し、リリアを見据えるばかり。


「どうした?」

「まさかちゃんと魔王軍再組織を覚えていらっしゃったとは……」


 途端にリリアはふくれっ面になる。


「……バカにしておるのか? 我、魔王ぞ。魔王ぞ」

「いやそれは……すみません」


 すぐさま詫びるレイダー。

 同時に直感する。

 魔族の線は無いな、と。

 ブラウニの森はよく冒険者が依頼で訪れる場所だ。

 200年の長きにわたって魔族が隠れ住むなど実際不可能。

 如何な魔族とはいえ、衣食住が揃わないと生きてはいけない。

 ブラウニの森でそれらを集めることがどれだけ厳しいのかを鑑みれば、自ずとレイダーと同じ結論に達するだろう。


 しかし、だ。


 レイダーは再びリリアを見た。

 従業員からミルクを受け取り、美味そうに飲んでいる。

 頭から否定するのは如何なものだろうか。

 わざわざ魔王のやる気を削ぐようなことを言っても、レイダーには一片の得はない。

 むしろ拗ねられた時の方が厄介だ。


「そうだな……森ならばダンジョンとは違い許可も不要だ。俺達でふらっと訪れても問題あるまい」


 リリアの表情が眩しいほど明るくなる。


「さすがレイダー、わかっておるの!」

「しかし、森か……」


 レイダーは顎に手を当て何やら考え込む様子。


「助っ人が必要だな」

「助っ人?」

「ああ。森やダンジョン、そういった場所を歩くには必要不可欠なジョブだ」


 レイダーは皿に視線を落とした。

 いつの間にか最後のソーセージが消えていた。なんと無情なことか。

 フォークを下ろし、ため息をつきたくなるのを堪えて言う。


「斥候だ」


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