魔法使いユーグ
グエリーヌ侯爵が呼んでくれた魔法使いは五十代の男性で、ユーグといった。
星級、すなわちA級相当でガロンよりも格上だという。
大貴族である侯爵でも星級より上を呼ぶのは難しいのだろうか。
もちろん、俺にそれほどの逸材をつける必要はないと判断された可能性のほうが高いのだろうけど。
「迷宮へもぐる魔法使いに要求されるのは、速さだ」
「速さ?」
屋敷の庭に僕が聞き返すとユーグはゆっくりとうなずく。
「呪文をとなえる速さ。魔法を発動させる速さ。どの魔法を使うべきか判断する速さ。この三つの速さが何よりも重要だ」
「なるほど」
言われてみれば納得できた。
一瞬の判断が結果を分けるのはそうなんだろうし、魔法の発動速度が速いほどいいのも理解できる。
「もっとも君は剣の腕も悪くないらしいから、純粋な魔法使いほど切迫した状況に陥ることは少ないかもしれない。しかし、いまあげた三つが速いということは余裕を生み、手持ちの札を増やすことにつながる。生存率を大きく上昇させることができる」
さすが星級の魔法使いになった人だ。
話すことにたしかな説得力を感じる。
「さて、どうすれば速さが身につくのか。判断力については経験を積むのが一番だ。机上の理論なんて、迷宮にもぐっている時には大して役に立たないからね」
正解は現場に転がってるとか聞くもんな。
前世の話だけどさ。
「だが、呪文をとなえる速さと魔法の発動の速さは、鍛錬でみがくことができる。魔法使いにとって生命線とも呼べるものがね」
ユーグはおだやかに、そしてしっかりとして自信を込めた口調で話す。
そんな彼の言葉にうなずきながらも、気になった点をたずねる。
「呪文の速さと、魔法の発動の速さはどう違うのですか?」
一緒じゃないのかという気がしたのだ。
「ああ。呪文の速さについては何となく分かるだろう。ひらたく言えばただの早口のようなものだからね」
ユーグは笑う。
そりゃそのとおりかもしれないけど、そういう言い方をするとロマンが吹っ飛ぶんだが。
「では魔法の発動速度の速さについては実演してみよう」
ユーグは右手のすっと前に出し、赤い球を少しずつ大きくして見せる。
次に左手を出し、一瞬で赤く大きな球を出して見せた。
「どうだね? 全然違うだろう?」
「はい」
たしかに一目瞭然だった。
「魔法の発動が速いというのは、さまざまな状況で大きな有利をもたらしてくれるんだ」
いやでも納得させられてしまう。
「魔力を練る工程、そして放出する工程。このふたつをしっかりみがくことが重要だ」
「どうやればみがけますか?」
一番重要なことをたずねる。
「そうだな。君の場合、魔力を練る分にはいまのままでよいだろう。みがくべきは放出のほうか。まずを息を吸い、魔力と一緒に吐く。それをやってみるといい」
息を吸って魔力と一緒に吐き出す?
言われたとおりにしてみると、ユーグは青い目を丸くする。
「初めてにしては上出来だ。末恐ろしい才能だな」
「ありがとうございます」
ほめられてうれしかったので、礼を言う。
「ロイはすごいでしょう?」
これまでずっと横にいて黙っていたベレンガリア様が得意そうに微笑む。
さすがに有名な魔法使いを平民に過ぎない俺ひとりのために呼ぶことはできず、彼女もいっしょに講義を受けている。
彼女のために呼んだ講師の話を、特別に聞かされているというのが建前だった。
「ええ、素晴らしい逸材ですな」
ユーグは相手が侯爵の姫君だからか、ていねいな口調になる。
「慣れてきたら、素早く小刻みに息を吐き出し、魔力もそれといっしょに出してみるといい」
犬の呼吸をイメージしてハッハッハッと吐き、魔力もいっしょにしてみる。
「呼吸のほうはそれでいいが、魔力の放出が少しずれているな。……初めてやったわりには優秀すぎるんだが」
ユーグはほめてくれながら、同時に困惑してもいた。
これ、けっこう難しいな。
「後、君に教えておくべき魔法は簡単なものだな。迷宮で使えるのは氷、風、雷撃といったものだし、威力が大きなものは自分も危険だということは忘れてはいけない」
下手に迷宮が崩れると生き埋めになるからか?
そんな威力がある魔法を使えるとは思えないが、星級魔法使いのいうことだから素直に聞いておこう。
その後、簡単な魔法とやらをいくつも教えてもらった。
「あ、できたわ。<紅蓮の矢>と<氷雪の矢>と<雷撃の矢>が」
ベレンガリア様は魔法の才能があったらしく、一日で三つの魔法を覚えていた。
これに俺も驚いたのだが、ユーグも絶句していた。
「リア様、天才ですか」
「ふふん。ロイとお似合いかもね」
ベレンガリア様は最高に満足そうだった。
「ロイは異常すぎるだけで、ベレンガリア様も秀才って感じだな……逸材の宝庫か」
ユーグは何やらぶつぶつ言っていて、よく聞き取れなかった。