エピローグー2
甘粕正彦(元陸軍中尉)が、目の前から去った後、一人で蒋介石は物思いに耽った。
本当に、様々な手練手管を使わないと、自分は中国を再統一できない。
毒も呑まねばならないだろうな。
自分としては、五族共和主義は悩むところだ、本音としては、中華民族主義を執りたい。
孫文閣下も言われていた。
中華は単一民族であると。
だが、自分を後援する日米韓は、自分を支援するのには、五族共和主義が大前提であると言った。
全ての民族を対等に遇するべきだ、漢民族に全ての民族を同化させる中華民族主義を、自分が執るのなら、支援はできないと。
特に韓国が強硬だった。
ろくに自分に力が無いからか、日米に懸命に働きかけた。
確かに分からないでもない、中華民族主義を執られては、中国国内に朝鮮民族は存在してはならない。
彼らは、紛れもなく儒教を信奉する等、中華民族の一員なのだから。
蒋介石は、冷たく笑った。
全くずっと中華の属国だった国の分際で。
ともかく、国力を増強し、軍事力を整え、宣伝戦を展開して、満洲以外の中国の人民を、自分に引き付けて、自分は南征に何れは赴き、中華を統一してみせる。
そうなれば、五族共和主義等の棚上げも可能なはずだ。
それまでは、複数政党制の実施等、日米の要求は甘受して、耐え忍ぶ。
まずは、いつの間にか国民党を蚕食し、乗っ取った中国共産党を南征により叩き潰すことだ。
蒋介石は、内心で固く決意した。
それと相前後する頃、韓国の首都、漢城の一角にある日本料理店で、金陸相と近衛師団長の朴将軍は、半ば隠密裏に会っていた。
ちなみに、この店は、韓国で日本料理が人気なので、できた店と言う訳では無かった。
正直に言って、漢城にいる日本人向けの料理店で、主に日本人しか利用しない店だった。
後、利用する者は、日本に留学等して、日本に親しんだ韓国人くらいだった。
朴将軍は、実際、日本の陸軍士官学校に留学して軍学を学んだ身であり、そういった点からすればおかしくない話だった。
では、日本に留学したことの無い金陸相が、ここで会うことを何故に決めたのか、というと。
「うむ、この寒い冬に呑むのは、温めて呑む日本酒に限るな」
金陸相は、よい機嫌になっていた。
「はは」
朴将軍は、苦笑いをしながら付き合った。
とはいえ、韓国式で、自分は呑まず、金陸相に呑ませるだけの付き合いに、徹するつもりだったのだが。
「おい、冬に呑むのには、温めて呑む日本酒が最適だ。その際には、部下も自分も一緒に呑む、と教えた自分に逆らう気か。お前も呑むんだ」
半ば絡み酒となった金陸相に、朴将軍も一緒に呑む羽目になっていた。
朴将軍は思った。
金陸相の魂の一部は、日露戦争時の満州の荒野を今も彷徨っているのではないか。
あの時は、自分の兄も、金陸相と共に歩んでいたはずだな。
この呑み方は、兄によれば、日本人の軍人に教わり、金陸相も気に入ってしまったとのことだ。
ふと、朴将軍が気が付くと、金陸相の酒を呑む手が止まり、金陸相は深刻な顔をしていた。
「朴、蒋介石は信用できると思うか」
「どうですかね」
金陸相の問いかけに、朴将軍は冷めた答えをしつつ思った。
蒋介石は、何れは我が国を顎で使おうと考えているだろう。
金陸相は、半ば独り言を言った。
「わしは、我が国を完全な独立国にしたいと想い、頑張ってきた。だが、その道は遠い。日本の軛を脱しようとしたら、中国の脅威がある。ソ連は言わずもがなだ。いつ、我が国はそうなれるのか」
朴将軍は、無言で考え込んだ。
下手に口を開けない。
本当に我が国が完全な独立国、自分の進路を自分で決められる時が来るのだろうか。
「歩みを止めず、頑張るしかないのだろうが。遠い路だな」
金陸相は落涙した。
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