第5章ー10
この会合が、3日目もあると分かった時点で、2日目の夜は早寝しようと決めていたし、実際に土方歳一少佐は、早寝しようとした。
だが、どうにも会合の成り行きが気になって土方少佐は眠れずじまいになり、疲れが取れない状態で、3日目の会合に出席する羽目になってしまった。
そのために3日目にいわゆる総論部分が終わった段階で、もう会合は終わりにしてくれ、というのが、疲れ切ってしまった土方少佐の内心での本音になっていた。
だが、日本軍全体にとっては、重要な会合である。
内心の本音に関わらず、土方少佐は、引き続き、会合の分科会に参加することになってしまった。
「本来の業務もあるので、半年近く掛けて、33年中に各分科会毎に、基本方針をまとめて、各軍上層部に提出。その上で、上層部が協議することになるらしいです」
どこから、どう情報を集めてきたのか、神重徳少佐が、土方少佐と岡村徳長少佐にささやいた。
「ほう」
土方少佐は、それだけ言って、岡村少佐と目で会話した。
さて、各分科会の提言がどれだけ受け入れられるのやら。
下手をすると、各分科会で協議して提言がなされました、で終わるのではないか。
土方少佐は、内心での希望が叶い、歩兵(海兵)の諸問題に関する分科会に所属することになった。
岡村少佐は、戦車を始めとする各種車両等、機械化に関する諸問題に関する分科会所属である。
そして、神少佐は、最も難題と思われる、統帥権の効率化、統一に関する諸問題に関する分科会の所属になることになっていた。
それ以外にも、主な問題毎に分科会が設置されている。
例えば、山田勇助少佐は、上陸作戦とそれに関する諸問題に関する分科会に所属することになっていた。
「それにしても、分科会の垣根を、時として超えた議論をせねばならないのではないか」
土方少佐は、神少佐に問いかけた。
「いえ、その点は、気にしなくても良いそうです。分科会の内部で収まらない場合には、他の分科会の議題を取り上げても、目をつぶるとのことでした。渡辺錠太郎陸相も、岡田啓介海相も、その点は明言されたそうです。ともかく、きちんとした議論を求めるとのことでした」
神少佐は、明確に答えた。
土方少佐は、思った。
それなら、何とかなるかもしれない。
「それにしても、本来の業務に加えて、分科会の仕事もしろ、か。体を壊しそうだ」
岡村少佐が嘆いた。
土方少佐は、混ぜ返すことにした。
「岡村が、体を壊すほど、そんなに熱心に机上の仕事をしたら、おそらく世界中がひっくり返るほどの事態が起こるな」
神少佐が、それを聞いて笑いをこらえる表情になった。
岡村少佐は、海兵隊内でも横紙破りの言動で知られた存在である。
(第一次)世界大戦等での実戦での功績が無ければ、未だに大尉止まりで、下手をすると予備役に送り込まれているというのが、岡村少佐を知る者の多くの見立てだった。
「ふん。そんなことを言って、世界中がひっくり返るようなことが起こっても知らんぞ」
岡村少佐は、そう言って、鼻を鳴らしながら、土方少佐や神少佐に反論した。
「世界中がひっくり返るようなことですか。現在進行中なので、分からないだけかもしれませんね」
神少佐は、何の気なしに言ったのだろうが、土方少佐の心の一部には、引っ掛かりを覚えた。
そういえば、独ではナチスとかいう新興政党が、気が付けば政権を握ってしまった。
レヴィンスキー等、ポーランド軍にいる元独出身の軍人でさえ、首をひねる程の急速さだった。
全権委任法を制定することで、独はナチスの独裁国家になってしまった。
このまま行くと本当に独は、とんでもないことになるのではないか、そして、世界も、また。
土方少佐は、悪寒を覚えた。
第5章の終わりです。
後、エピローグを5話、投稿して、この部を終わらせる予定です。