第5章ー7
午前中から始まった会合なのだが、気が付けば夕方になっていた。
会合に参加していた面々、全員が疲れ切った顔をしている。
土方歳一少佐も、疲れ切っていた。
司会役の将官が、明日の会合開始時刻を告げ、一旦、終了を宣言した。
土方少佐は、久々に顔を会わせたこともあり、半ば腐れ縁の岡村徳長少佐と呑もうと思って、声を掛けたところ、後輩の神重徳少佐にも便乗させてほしい、と頼まれた。
確かに、神少佐にしてみれば、欧州情勢や満州事変を直接聞ける好機だ、この機を逃すまい、と逸るのも分からなくはない。
土方少佐は、そう思って、神少佐も交えて、3人で少し呑むことにした。
近くの小料理屋で座敷に上がり、一杯、傾ける。
明日も会合なので、そう呑むわけにはいかないが、海兵隊という身内同士の気安さで少し寛いだ。
堅い話をした後なので、気を変えるつもりもあり、お互いの知り合いの近況を伝えあったり、軍と直接は関係ない話をする。
土方少佐にとって、意外だったのは、3年の渡欧の間にサッカーが予想以上に普及していたことだった。
世界大戦で欧州に赴いた兵士たちがサッカーを学び、日本に広めた。
ボール一つあれば楽しめる等々、その利点を生かし、学校教育にも取り入れられた。
特に海兵隊では盛んで、鎮守府内に止まらず、鎮守府同士が対抗戦を行うようにもなっていた。
「いずれは、欧米のようにプロのサッカーチームが出来るかもしれんぞ」
岡村少佐は、笑ってそう言った。
だが、いつまでも、それでは話が続かない。
特に、神少佐は、先輩二人から腹蔵の無い話が聞けるチャンスと逸ってもいる。
小一時間ほど話した後、先程の会合の話を3人でするようになった。
「全く何で、こんな会合をすることになったのだ。何か聞いていないか」
土方少佐は、神少佐に話を振った。
神少佐は、ずっと国内におり、この3人の中で内部事情に一番詳しい筈だった。
「陸海空海兵四軍の、意思疎通、連携をより進めるためですね。満州事変は、岡村少佐には怒られそうですが、いろいろな戦訓をもたらしていますから。特に営口上陸作戦は、陸海空海兵の四軍全てが初めて実際に協力する一大作戦でした。あれは表面上は大成功でしたが、裏では、いろいろ問題が起きて、武藤信義大将が激怒する羽目になったとか、噂が流れています」
「ほう。そんな裏があったのか」
土方少佐は、相槌を打ったが、内心では納得した。
これまでも、各軍の垣根を越えた連携は、時々、問題を引き起こしていた。
営口上陸作戦では、その問題点が噴出したわけだ。
「その話は、本当だ。俺も裏でいろいろ話を聞いた」
岡村少佐が、少し声を潜めながら言い、細かい話を補足した。
営口上陸作戦は、海軍の軍艦の艦砲射撃の援護の下、更に空軍が制空権を確保して、行う万全の物になる予定だった。
実際、表向きは大成功に終わっている。
しかし、一枚皮を剥けば。
「上陸地点に、張学良軍が万全の陣地を構えていたら、敗北していたらしい。何しろ、上陸部隊と艦隊、航空部隊が密接な連絡が取れないのだからな。下手に援護しようとすると、味方撃ちをしてしまう。他にも色々とな」
岡村少佐は、渋い顔をしながら言った。
土方少佐は思った。
四軍連携の作戦を行うのには、まだまだ問題が山積しているということか。
「とりあえず、基本方針をまとめた上で、明日は、営口上陸作戦を反面教師として、問題点を洗い出して、解決への方策を具体的に検討するということらしいです。明後日以降は、分科会分けを行い、その分科会で具体的な検討と言う方向らしいです」
神少佐が、土方少佐や岡村少佐に言った。
土方少佐は思った。
この小料理屋の料理は中々のものだが、急にまずくなった。
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