第5章ー2
実際の会合が始まるまでに少し間があったので、土方歳一少佐は、岡村徳長少佐に、満州事変で印象に残った事を尋ねることにした。
岡村少佐は、土方少佐に力説した。
「ともかく、無線通信に力を入れないとダメだ」
「そうなのか」
土方少佐は、少し驚いた。
「ともかく、戦車が連携して行動するにも、地上部隊と航空隊が連携するにも、自分の部隊が他の部隊と連携する際等には無線が必要不可欠だ。手旗信号とかでは、戦場では役に立たん。空軍の操縦士等も言っている、航空機の連携には無線があった方が絶対にいいとな」
「確かに分からなくもないな」
土方少佐は、岡村少佐の言葉の強さに、内心で少し辟易したが、自らの戦場経験からも、岡村少佐の言いたいことは分かった。
「それから、火力と機動力、両面の強化が必要だな」
岡村少佐の言葉に、土方少佐は少し意地の悪い質問をした。
「どちらが重要だと、岡村は考えるのだ」
「両面の強化が必要だと言っただろう」
同期という想いもあり、岡村少佐は、土方少佐に少しずれた回答をした。
まあ、そうだな。
土方少佐も同意せざるを得なかった。
「そうなってくると、軍の機械化を進め、火砲は大口径化する等の対策を講じていくことになるが、費用は何とかなるのかな」
土方少佐は、岡村少佐に問いかけた。
「それは、上の考えることだ。俺は知らん」
岡村少佐は、ふてぶてしい態度を執った。
全く、こいつの性格が良ければ、もっと出世が出来るのに、土方少佐は、岡村の性格を惜しんだ。
そうこうしている内に、会合の出席者は全員が揃い、土方少佐らも着席した。
時間が来て、会合は始まった。
各種の論点が提示され、甲論乙駁の議論が始まる。
土方少佐も、積極的な発言を求められ、また、自らも発言した。
「ともかく、今後、全てのエンジンはガソリンでは無く、ディーゼルにする必要がある」
陸軍のある少佐が力説した。
その少佐は、数々の利点を挙げた。
1、まず、燃料代が安くつく。
燃費は、(概算だが)ガソリンより3割程良く、価格は半額。
つまり、燃料代が7割近く安くなる上、補給で運ぶ燃料も少なくて済む。
更に軽油は揮発しにくいので、自然消耗が少なくて済む。
2、火災の心配が少ない。
ガソリンと比較して軽油は引火点が高いので、そもそも引火しにくい上、逆火の現象が無い。
3、ディーゼルは自己点火式なので、点火用の電気系統が不要となり、故障が減る。
「これに空冷式を組み合わせれば、水冷部系統の故障も無くなり、更に有利である」
陸軍の少佐は更に力説した。
確かに、厳寒期において水冷式ガソリンエンジンの冷却水の凍結に、満州事変で陸軍も海兵隊も悩まされたことから言っても、卓見と言ってよいかもしれない話ではあった。
だが、これに陸軍の面々は肯いたが、海兵隊の面々はいい顔をしなかった。
岡村少佐が代表して反論した。
「海兵隊としては、ガソリンエンジン、それも水冷式を当面の間は推進すべきだと考える」
岡村少佐の反論にも、それなりの理屈があった。
1、海兵隊は、英米の陸軍、海兵隊と共闘することを第一に考えざるを得ない。
日本だけディーゼルエンジンでは、燃料の軽油を別途手配する必要が生じる。
2、ガソリンエンジンと比較し、エンジンの振動や騒音が大きく、排煙も目立ち、奇襲に向かない。
3、停まって射撃してすぐ動く、という戦車運用から言うと、現在のディーゼルエンジンはそういったことには向かない。
4、現在のディーゼルエンジンでは、戦車に用いるにはアンダーパワーである。
(註、1933年当時、300馬力発揮可能な戦車用ディーゼルエンジンは試作もされていない段階。)
5、水冷式なら、低回転で使用しやすいし、耐久性も高い。
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