第4章ー10
1933年末、黒龍江省油田の規模が少しずつ明るみになりつつあり、銀本位制の満州国通貨を何とか不換紙幣として、国際的に流通できるようにならないか、蒋介石率いる満州国政府が苦慮している頃、日本国内は、それなりの明るい景気の予感に沸いていた。
斎藤實首相率いる斎藤内閣は、衆議院で絶対多数を占める立憲政友会を準与党として確保しており、政権基盤が安定している。
更に満州事変により、国内景気が回復するきっかけがつかめ、黒龍江省油田の発見により、更なる好景気が予感されている。
人間、将来が良くなる予感がしている時は、行動が穏健化するものである。
日本国内の政治経済は、小春日和のような暖かさを感じていた。
だが、それは小春日和なのが分かる人には分かっていた。
年越しを前にして、斎藤内閣の閣議は、気持ち荒れた昏いものにならざるを得なかった。
確かに日本国内の景気は回復基調にあり、世相も明るくはなっている。
だが、世界経済に目を向けると昏い情報の方が圧倒的な状況だった。
1933年3月4日に米国では、ルーズヴェルト大統領が就任した。
そして、世界恐慌突入に伴い、失墜した米国経済回復の為にニューディール政策を唱え、様々な金融・財政政策を執ると共に公共事業を行う等して、失業者の群れを一掃しようとしていた。
だが、これは、この時点では、まだ海の物とも山の物とも分からないような状況に過ぎなかった。
英国は、日本も参加したオタワ協定により、スターリングブロック経済圏を構築し、これによって世界恐慌の嵐から自国経済を護ろうとしていたが、これも、まだ安心できる状況には程遠かった。
残る世界の五大国の二つ、仏伊も世界恐慌を免れることに苦戦していた。
仏は、フランブロック経済圏を、英を見習って構築する等して世界恐慌から免れようした。
伊は、ムソリーニ率いるファシスト党一党独裁体制で、この危機を乗り切ろうとしていた。
更にソ連の状況にも、日本は目を離せなかった。
計画経済により、世界恐慌の影響を受けずに順調な経済発展を行っているように、外部からは見えたからである。
確かにウクライナで餓死者が出ているとか、東欧への亡命者が増えているとか、いう曖昧なソ連に不利な情報も流れてくる。
だが、それがこちらの油断を誘う逆情報かもしれない、という懸念もあったからである。
また、独では、この年の初め、ヒトラー政権が樹立されたが、その経済政策にも、日本は注目した。
確かに独は、遠く離れた国だが、北京政府からしてみればソ連と並ぶ友好国であり、様々な援助が独からなされていた。
その独の経済体制が、ヒトラー政権によって、回復基調にあるというのは、日本にとって少し気になるどころの話では無かった。
日本が支持する蒋介石率いる満州国政府と北京政府は不倶戴天の仇敵であり、敵の味方は敵として、日本は考えざるを得なかったのである。
斎藤首相は言った。
「表面上は明るいものの、本当は何とか年を越せそうだ、という状況のようですな」
「全くですな」
高橋是清蔵相が相槌を打ち、更に言葉を継いだ。
「満州には、油田の開発から何から、更に金が要りそうです」
「満州に、米英の参入をより認めざるを得ませんか」
岡田啓介海相は渋い顔をして言った。
高橋蔵相は、黙って肯いたが、それでは閣議の面々が納得しないと考え、言葉を継いだ。
「初期投資をケチっては、見返りも減ってしまう。今は辛抱の時です」
内田康哉外相が言った。
「日本を満州の為に焦土にするわけには行きませんからな。仕方ない話ですな」
渡辺錠太郎陸相が口を挟んだ。
「取りあえずの日本人の雇用は確保できそうですが」
閣議の面々の表情は、皆、昏いものだった。
第4章の終わりです。
何で、こんなに斎藤實内閣の面々の表情、会話が昏いものになっているの、史実より遥かにマシな状況なのに、と言われそうですが、この世界の斎藤内閣の面々は、史実より遥かにマシなのは知りませんし、実際問題として、日本にとって明るい状況かと言うと、明るい状況とは言えないからです。
次から、満州事変までの戦訓を踏まえた今後の兵器の開発等に関する第5章になります。
土方歳一少佐も久しぶりに登場する予定です。
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