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――よし、善は急げだよね。
くるりと体を反転させ階段を降りようとすると、一段と下りない間に腕を工藤君に引っ張られて阻止された。
「琴莉さん、どこ行くんですか?」
「いや、やっぱりやめようかなって」
「は? アナタ、こんなとこでまで、人様に迷惑をかけるつもりですか?」
「迷惑かけるかもだけど、怖くなっちゃって。それに、いつもいつも迷惑」「かけてますから。ドンくさくて」
「ど、ど、どんっ!?」
あまりの言い草にわなわな腕を振るわせていたら、後ろから笑いを堪えた会長が工藤君の肩を叩いた。
「颯ちゃん。そういうこと言ってると、可愛くないよー?」
「先輩。僕はあいにく、可愛さなんて欲してませんから」
「まぁまぁ」
よく分からない宥めの言葉を掛けるけれど、当然の如くそれは工藤君には届かず。さらに火に油を注いだ。
「大体琴莉さんは、鈍すぎるでしょ。ですよね、先輩」
「に、鈍いって!」
「いや、まぁ……そこは、否定出来ないけど」
「でしょ?」
「会長まで酷いっ」
突然二人からドンくさいだの鈍いだのと責められて、流石の私もイラッとしてしまう。
――なんなのよ、二人してっ
「ど、どうせっ。私なんて、鈍くて、ドンくさいダメ女ですよっ」
「何もそんなこと言ってないよ、琴莉ちゃん」
「い、言ってる!」
二人を指差しながら、やけになりすぎて潤んできた瞳を手の甲で拭った。そうしたら工藤君の手が伸びてきて、私の手首を掴んだ。後輩だから、つい下に見がちだけど……工藤君の手は大きくて、私の手首なんて片手で掴んでまだ余る。そのことに身体の違いを感じて焦りながら視線を彼に合わせると、いつもは座って話すばかりで気づかない、私よりも10センチは目線が高いことを意識してしまってドキリとした。
「いつも、落ち着いて、って言ってるでしょ」
「……は、い」
なぜだかよくわからない動悸がしてきて、心臓が音を立てるのを感じる。掴まれた手をグーに握り締め、左右に揺すって逃れようとしたけれど、叶わない。離してって気持ちを込めて工藤くんを見上げると、私を見下ろす瞳の冷たさが少し緩んで柔らかく見えた。
――なんか、いつもと違う?
「貴女は、ダメ女なんかじゃない、ですから」
まるで乞うようなその言い方に、バクバクと心臓が慌ただしく動く。なぜなんだろう、すごく落ち着かない。震えるのを抑えられないまま工藤君を見上げると、なぜか少し顔が赤くなった気がした。そしてそのまま目を逸らされて、私は困惑する。何かがいつもと違う……?
「工藤くん、どうし」「二人とも、こっち向いてー」
呼びかけようとした声を遮られて、2段下に立っていた会長に呼ばれて振り向くと、パシャって音が聞こえた。何が起きたのか一瞬で分からない私とは違い、すぐに何をされたのか判断できたらしい工藤君は、私の手をパッと放して会長に詰め寄る。けれど会長は悪びれた様子もなく、パシャッと音を立てたそれをポケットにしまった。
「気にするなよ。俺の防水だから」
「そんなこと心配してません」
「じゃ、万事おっけー」
「はぁ!?」
いつも丁寧な口調を乱さない工藤君が声を荒げ、私はさっきとは違う動揺に見舞われた。
――ちょ、ちょっと待って。こんなところで喧嘩とか……っ
「し、静かに、ですよ」
二人の間に割って入って両手を広げると、二人は私のことをぽかんとした表情で見つめてきた。そしてすぐに平静に戻った工藤君は、またも私をバカにしたような目で見てくる。
「琴莉さんに言われちゃ、終わりですね」
「ひ、ひどっ」
「ははは」
落ち込む私とは裏腹に、私たちの様子を見て笑う会長。それに言い返したい気持ちいっぱいだけど、工藤君の前でこれ以上じたばたするのは止めようと思って押し黙った。
しばらくして笑いを引っ込めた会長に、撮った写真を消せと工藤君は会長に言い寄っていたけれど、のらりくらりと交わされ最後にはなぜだか丸められて工藤君は諦めていた。工藤君ですら丸め込まれるのに、私が言ったところで消してもらえるはずもない。それに、能天気な私は、工藤君と二人で写った写真があったからと言って何も問題ないと思っていた。それを持つ人物が会長であることも、大して気にはしていなかった。
しばらく無言が続いて、気がつけばすっかり私と会長に背を向けて一歩先へ行ってしまった工藤君を見上げていると、会長がこっそりと私に信じられない告白をしてきた。
「俺、琴莉ちゃんが好きだよ」
「か、かいちょ、何を言って」
「疾しい意味じゃないから」
公衆の面前で思いもよらない告白をされ、私は焦った。普段言われない言葉だけに、変な汗が噴き出てくる。けれどそんな私の様子にはお構いなしの会長は、シラッとした表情を浮かべたままこそこそと耳打ちしてきた。
「俺が好きなのは、女の子ーって感じで神楽先輩を好きな琴莉ちゃん。でもさ」
「……でも?」
神楽先輩を好きな琴莉ちゃん、の言葉に顔が赤くなったけれど、続けられるはずの言葉を遮られて心臓が妙な音を立てた。それを誤魔化すように先を促すと、会長は数秒躊躇ってから続きを語ってくれた。
「俺の思う気持ちと、工藤君とは違うってくらいは気づいてやんなきゃ可哀想じゃない?」
「え?」
「コレ、先輩としての忠告ね」
にこっと笑ってそう言われても、私はわけが分からずに首を傾げるしかない。そんな私を少し笑って見つめてから、会長はポンと頭を軽く叩いてきた。そのまま自分のポケットにしまった携帯電話を叩きつつニヤッと笑うと、いたずらっ子のような声音でキシシと笑ってもう一つ教えてくれた。
「こっちは、神楽先輩への仕返し。俺から細やかな琴莉ちゃんへのプレゼント」
「はぁ……」
さっぱり分かんない。
会長は昔から妙なことを言うけれど、今日の今の話が一番意味が分からないと思いながら先輩を見上げた。するとやっぱり、ふふふって奇妙な笑いを見せられて、私も妙な誤魔化し笑いをする羽目になる。
「そのままでいてよ。絶対、いい女になるよ琴莉ちゃんは」
「ありがとう、……ござい、ます」
よく分からないけれど取りあえず褒められたらしい私は、首を傾げながらお礼を言った。しかしこのときのやり取りが、私とちぃくんの間に大きな亀裂をもたらすことになるなんて、この時の私は気づく余地もなかった――
帰り道、真理亜に引き留められて二人でいつものアイスクリームショップに寄り道をした。会長にモッカと工藤君が拉致されて、私と真理亜は二人で帰ることになって……なんとなくいつもの私たちの定番になっているここへ自然と足を運んでいた。
例によってチョコチップクリーム、なんて甘いのがありありと分かる商品を購入する真理亜の横で、ダークビターチョコレートとバニラのミックスを注文した。
「一口ちょうだーい」
珍しく真理亜にそう言われて差し出すと『濃っ!!』と叫んで苦い顔をされる。
「そう? バニラでまろやかじゃない?」
「うえー。ほんとコトの味覚って分かんないわ」
「別に甘いのも好きだよ?」
「うん、知ってる」
普段の何でもない会話をしながら、すっかり定着し始めている席に座ると水着の入ったバッグをポイと隣の席へ置いた。




