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紅白を見ることもなく、新年のお笑い番組を見ることもなく……とにかく、受験生スタイルを崩すことなく、年末年始を過ごした私。
そんな私を見て父は
「つまんないー、一緒にテレビ見ようよぉ~」
とダダを捏ねていたけれど、私はそんな父をサラリと無視して勉強し続けた。だって、そうでもして集中してなきゃ、なんとなくお兄さんを思いだしてしまうから――
それに、勉強という逃げ道はどこかお兄さんに近づいている気がして、つい縋ってしまう。
年明け早々、開館した図書室に喜び勇んで私は家を出た。まだ冬休みの私は、前回褒められたおにぎりを一生懸命作って……
しかももしお兄さんに会えたら一つ渡しても大丈夫な様に、3個持って家を出た。前回は鮭だけだったけれど、今日は「梅、おかか、鮭」のコラボだ。お兄さんがどれを選ぶかなって想像しながら作るおにぎりは楽しくて、いつもより少し大きめに作ってしまう。
「はい、どーぞ」
いつも通りそっけないおばさんから席札を貰って、自習室へと足を運ぶ。札を見ると15番。
年末と同じくらいの時刻に出たはずだけれど、新年のせいか来ている人はとても少ない。
15番ってことは7人……か。
この7人の中にお兄さんがいるという期待をしていいものかと不安に感じた。
「ぁ……」
小さく声が漏れてしまったのを許して欲しい。あまりにも嬉しすぎてキュンと胸が高鳴った。
13番の席にお兄さんが居る。つまりは私の少し前に来たってことだ。自分と生活スタイルが似通っているのかな? って勝手に想像しただけでなんだか嬉しい。
頬が緩むのを何とか押さえながらいつものように椅子を引く。
ギギギ
この静謐な空間を壊すようで、木が擦れてなる音がいつも不快だけれど、今日ばかりはその音に祈りを込めた。
『どうか、気が付きますように……』
座るときにチラリと左を見る。
けれどお兄さんは顔を上げる様子もなく、参考書を見つめたまま。
それに少し気が沈みながらも、ここは自習室なんだから当り前、と自分を窘めて私も勉強を始めた。
――――――
今日は人が少ないから休憩室の混雑はなさそう。
そうは思うものの、私よりずいぶん年上の知らない人に囲まれて食事をするのが恐いのもあって、私は前回と同じように12時20分を過ぎたあたりで休憩を取ることにした。
鞄を椅子の下から取り出し、相変わらず疎ら(まばら)なままの自習室に
ギギギ
と椅子の擦れる音を響かせる。
すると、さっきはあれほど念を込めても気がつかなかったお兄さんが、その音とともに顔を上げた。
ヨッ
とでも言いそうな感じで片手を上げて私に挨拶を無言でするお兄さん。
私はそれにニコッと笑って答えた。
立ち上がった私を確認し、時計を見やったお兄さんは自分も鞄を徐に持つと、休憩室を指さしながら口パクで『行こう』って言った。
一緒にってことだって分かったら、やたら嬉しくて、飛び上がりそうになるのを押さえながら私はお兄さんの後ろを付いて歩いた。
そして今日も読み通りに誰もいない休憩室。また同じ位置に腰をかけ、鞄を置いた。荷物を挟んで反対の位置にお兄さんが座る。これも前と同じ。そのことがまた私に嬉しさを与える。
ガコン。
ガコン。
2回程、パックジュースが落ちる音がしたかと思ったら、前と同じように
「はい、どーぞ」
ってごく自然にお兄さんにリンゴジュースを差し出された。
けれど、流石に前回と今回は訳が違う。
――もらう、理由ないよね。
タダでもらってしまうことに抵抗を感じ、困った表情を浮かべたままお兄さんを見ると
「おにぎり、くれない?」
私が持ってて当り前って顔でニコニコとそう言われた。
つまりは、おにぎりの代償がコレってこと?
それならと納得した私は、出されたリンゴジュースに手を出さずに尋ねた。
「鮭、梅、おかか。どれがいいですか?」
尋ねた直後にお兄さんはぱぁっと輝いた顔を見せて、即答する。
「梅! 梅で、お願い!!」
犬に例えたら涎を垂らしてそうなほど嬉しそうな表情で、満面の笑みで。 私はその表情に耐えられなくなってクスクス笑いながら、鞄から梅と書いたおにぎりをひっぱり出した。