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10時半に待ち合わせと決まって、私は10時20分くらいにちぃくんの家の最寄駅に着いた。
だから、絶対に早くに着いてるはず! って思ったんだけど……
「ことちゃん、おはよ」
ごく当たり前の顔をして、すでにちぃくんは居た。
何故なんだろう。いっつも先に待たれてる。それが悔しくてちょっと早めに来るのに、ちぃくんは居る。
――一体いつも、いつから待ってくれてるんだろう?
なんて思いながら、『早かったね』と言いながら笑って差し出されたちぃくんの手を握りしめた。
「ことちゃん、宿題何持ってきたの?」
信号待ちをしながら、私を見てちぃくんは尋ねる。こういう、お兄さんの顔を見せるちぃくんも、図書館で会っていた時と変わらない気がして、私は好きだって思う。
そんな思いを込めながらきゅうっと手を握って答えた。
「苦手なんで、数学です。ちぃくん得意?」
「うーん、苦手」
「えぇ!? 得意そうだと思ったのに。どうしよぉ……」
「はははっ。あてが外れたね。まぁ一緒には考えてあげるよ」
「うぅ……お願いします」
そんな会話をしながら、きゅうっと握り返された手にとくんと心臓が柔らかな反応を見せる。うん、お兄さんみたいだけど、今は私の彼氏……なんちゃって。
一人にやけそうになるのを必死に押し隠しながら、他愛もない会話を続けているうちに、ちぃくんの家にあっという間に到着した。何度かお邪魔したけれど……よそのお家はやっぱり緊張する。というより、ちぃくんのお家、と言う表現が正しいのかもしれないけれど。
ドキドキしながらお邪魔しますと告げると、そのままちぃくんの部屋に通された。
「待ってて」
一言言い置いて、ちぃくんは部屋を出て行ってしまった。一人にされると落ち着かなくて、ドキドキにプラスしてソワソワする。
鞄の中から宿題の数学を取り出して、苦い顔をしてから顔を上げた。
――ちぃくんなら、私よりは出来るよね?
なんて祈りを込めながら。
しばらく教科書を睨みつけていたけれど、一向に戻らないちぃくんを待ちかねてキョロキョロと部屋を見渡してみた。なんだか、じろじろ見ちゃいけない気がしているんだけど、待ってるのにもちょっと飽きてきてしまった。
ちょこっとだけ――なんて思いつつ見渡すけれど、いつも綺麗にされた部屋にちぃくんらしさを感じるだけだ。私の方はいつもごちゃごちゃしてるから、いきなり家になんて呼べないな……と自分の部屋を思い出して苦笑いをしつつふと勉強机を見た。
――アレ、なんだろう?
ちらりと見えた小さなメモ用紙。ちぃくんらしくない、ピンクやら赤色のように見えるそれは、どう考えたってあれだ。女の子の使うもの。
誰かから、貰った……?
女のカン、なんてカッコいいこと言えるわけじゃないけれど、無性に気になって立ち上がり、机に近づいた瞬間。
「お待たせ」
ちぃくんが戻ってきてしまった。
「ぅわっ」
立った瞬間扉が開いて、私に向かって迫ってくる。その勢いに、思わず半歩下がって仰け反った。
「ごめん、大丈夫?」
「は、い」
人のものを勝手に見ようとした罰かな? なんて思いつつ、苦笑いして返事をしつつ、後ろに向いて倒れてしまわなかったことにホッとする。
いくらなんでもちぃくんの前でスっ転ぶなんて恥ずかしくて堪らない。
「どうかした?」
「いえっ、別に」
「そう?」
首を傾げるちぃくんに、ブンブンと頭を縦に振って頷く。私の不自然な動きに未だしっくり来ない表情をちぃくんは浮かべているけれど、私は気づかないふりをして何気ない顔を装って座った。
「はい」
私の前にちぃくんがコトリとグラスを置いた。綺麗な薄い黄色っぽいお茶だな……
「今日のはカモミールだよ」
「へぇー」
いろいろなお茶が出てくるちぃくんのお家は、毎回新鮮だったりする。今日はどんな味がするんだろう、そう思いながらグラスを口元に持っていくと、スッキリとした香りがした。
――メモ、見そびれちゃったな
いい加減忘れてしまえばいいのに、見ちゃダメだろうって罪悪感と、見られなかったことによる不安が胸中を渦巻く。
コクリと飲んでグラスを置くと、はぁーとため息をついた。リラクゼーション効果があるというお茶らしいけれど、そのお茶の香りと同じようには私の心はスッキリしない。
「どしたの? ことちゃん」
「え、あの、別にっ」
ため息を吐く私を不審そうに見るちぃくんに、両手を振って誤魔化した。
――ダメだな、私。
キスしてくれない、とか。
あのメモって、誰かからもらったの? とか。
真理亜に惹かれたりしないかな……とか。
モヤモヤしてばっかりで、ほんと嫌な子だ。
今私がちぃくんと一緒に居るのに、こんな気持ちに支配されてる自分に嫌気がさして仕方ない。
ぺちっと両手で頬を叩いて、ギュッと目を瞑ってから『よーし!』と気合を入れるべく、両脇あたりで拳を握りしめた。
「ことちゃん?」
私の一連の行動をちぃくんはしっかり見てたようで、また首を傾げている。
「ひゃっ、き、気合です!!」
どう言えば変じゃないだろうか、なんて思いながら私はしどろもどろに返事をした。
もちろん、ちぃくんは訝しげな表情を浮かべていたけれど、それ以上の追及は我慢してくれるようだ。
それからしばらくは、コチコチと時計の音が響く中、二人とも無言で課題に取り掛かっていた。
ちぃくんも大学からの課題としてレポート提出というものがあるらしくて、難しそうな本をあれこれ並べて書き物をしている。
私はというと、数学の教科書を出してムムム……と睨めっこしながら一問一問取り掛かっていた。
さすがというか、なんというか。
自習室に通うほどの真面目さを発揮する私たちは、自分で言うのもなんだけど真面目なカップルだと思った。
――って、カップルって!
自分でそんなツッコみをいれながら、集中力が切れてきたなと感じて時計を見ると12時前になっていた。
「こんな時間かぁ……」
ふいに口をついてそう漏らしてしまった。私の声にちぃくんも顔を上げると「あ、ほんとだね」と相槌を打ちつつ、んーっと伸びをしている。
その姿をちらっと見てから私の鞄をチラ見して、ドキドキしながら口を開いた。
「あの、お昼ご飯ですけど……」
「ごめん、何もないや。どっか行く? それとも何か買いに行こうか?」
私の質問の意図には気が付かずに、にこりと笑って昼食の提案をするちぃくん。
そんなちぃくんににんまりと笑顔を浮かべながら、よしっ、と心の中でガッツポーズをした。
――良かった、用意されてなくて!




