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ちぃこと  作者: 桜倉ちひろ
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 パックに付いたストローを袋から取り出して刺す。それに小さく口を付けて吸った。

 今までパックジュースを飲むのに緊張したことなんて、無い。

 だけど、お兄さんの前でジュースを飲むって事がやけに恥ずかしくて、ずずずって音がしたらどうしよう! とか、飲んでる姿が変じゃないかな? とか、いろんなことが気になり過ぎて飲んでる姿が見えないように、妙な俯き加減で一口飲んでみた。

 「おいしぃ……」

 緊張しながら口にしたリンゴジュース。けれどその感想は意外な程するりと口から出た。自分が思っていた以上に喉が渇いていたみたい。

 お兄さんからもらったジュースが美味しい、ただその事実に頬が緩んだ。

 小さく喜びの表情を浮かべながらジュースを飲む私がおかしかったのか、お兄さんはクスクス横で笑い始めた。

 「それだけ喜ばれたら光栄だね」

 にやっと笑って、お兄さんは自分用に買ったコーヒーのパックにストローを突きさした。

 表情を隠していたつもりが、喜んでいるところまで見られていたことが恥ずかしくて、慌ててジュースを左側に置いた。そのまま誤魔化すように、右手に持ったままだったおにぎりを口元に持っていって……考えた末に、やっぱり小さく齧った。

 リンゴの酸味から、お米の甘みへと変化した口中。その味を噛みしめながらゆっくりと飲み込む。

 ジュースを飲む以上に緊張する行為だったけれど、我ながら美味しいおにぎりだなと空腹のお腹が少しずつ満たされて、また頬が緩んだ。

  お兄さんはお兄さんで、ピリッと袋を空けてパンにかぶりついていた。どうやらカレーパンのようだ。

 美味しそうに……というよりは、淡々とただ食事をしてるって感じ。

  ジロジロ見るのも変だし、かと言って何かお話でも……とは思うものの、自分の中で年上の男の人と喋るスキルがなさすぎて言葉が出ない。

 どうしたものかと思案しながら2口目に齧りついた時、徐(おもむろ)に「そのおにぎり、具は何?」と横から尋ねる声がした。

 このタイミングで話しかけられると想定していなかった私は、慌てて2口目を飲み込んで

 「鮭、です」

 それだけ言ってから、口中に残る少しのご飯粒を流し込むべくジュースを口にした。そしてまた沈黙。

 あ……ここって話を広げるとこだったのかな? 悪いことしちゃったな。どうしよう。 

 そんなことをグルグル考えていた私。

 けれど、そんな私の心配をよそにお兄さんは、思いもよらない提案をしてきた。 

 「それ、も一つあるなら俺の蒸しパンと交換しない?」

 驚きのあまり、目を見開いてお兄さんを見ると

 「俺も米食いたくなったから。ダメ?」

 コンビニとかでよく見るチーズ蒸しパンを左手で持って、犬みたいにパタパタ尻尾振ってるんじゃないか? って表情で私をじっと見ていた。

 私はその訴える目つきに負けて、どうぞと言いたくなってくる。

 「えと、これ、あの……」

 けれど、するりと『どうぞ』って言葉は出てこない。

 我ながら上手い、とは思う。けど異性に……ましてや、名前も知らないお兄さんに自分の作ったものを勧めることに抵抗がある。

 おにぎりで不味いとかってことは、ないとは思うけど。

 どうしよう……と悩んでいたら

 「ゴメン。変なこと言って」

 私の返事が遅すぎて誤解したらしいお兄さんが、諦めの表情で蒸しパンの袋のギザギザを指先でつまんで開けようとした。

 「やっ、あのっ、違くて! その、これ……私が、作ったけど、いいのかな? って……思って、です、ね。あの、ハイ――どぞっ!」

 しどろもどろで、開封作業にマッタをかけて、新しいおにぎりを鞄から出して突きだした。私のその勢いのある差し出し方に若干びっくりした表情を浮かべたお兄さん。だけどすぐに喜びの表情へとシフトして

 「ラッキー」

 嬉しそうに私からおにぎりを受け取って、自分の手にある蒸しパンを差し出して私に握らせてくれた。 

 「ん、交換」

 やたらと嬉しそうな表情を浮かべて私に笑顔を向ける。

 そして、私ですらまだ2口しか入れていないのに、瞬時にアルミホイルとラップを取り外すと 

 「いただきますっ」

 と言ってかぶりつき、一気に半分くらいのおにぎりがなくなっていた。

 「んまっ! お前、コレうまい!」

 右手に握るおにぎりを左で指さしながら、口はもしゃもしゃさせて喜ぶお兄さん。 

 それを見た私の表情(かお)は、お兄さんに圧倒されて苦笑ぎみだったけれど……内心は飛び上がらんばかりに嬉しかった。

 自分が作ったものを、食べてくれた人が喜ぶ。それってこんなに幸せなんだって、苦笑した後小さくニヤけた。 

 それに、お前って呼ばれたのがなんだかこそばゆい。

 名前も知らないんだから呼びようがないってだけなんだろうけど……お前って呼ばれたら親近感が湧くっていうか。なんか他人って感じよりも、親しい感じがする。 

 だからってお前お前って呼ばれたらイラッとするけど。でも今のお兄さんの「お前」には、グッときた。

 というより……

 自分の作ったおにぎりを、嬉しそうに頬張るお兄さんに私は落ちた。

 ぐらっと。

 私は受験生で。

 ココは自習室で。 

 なのに私は……この静謐な中で、恋をしてしまった。

 誰かも知らない、目の前でおにぎりを喜ぶお兄さんに。

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