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言葉とかなくて、でもなんか通じ合った感じがすごくする。私はそのことにまた喜びを感じた。
――そう思った矢先。
キュルルルル
あり得ないことに私のお腹が鳴った。
周りの人はすでに外に出てる人が多くて、私の近くには向かいに座るお兄さんだけ。だから、聞こえるとしたら、お兄さんだけ……って、最悪っ!!
私は恥ずかしい気持ちで顔を真っ赤にして俯いた。
お兄さんに私のお腹の音が聞こえたかどうかは分からない。でもそれを確認もしたくないし、知りたくもない。
12時を20分ほど過ぎたせいか、また戻ってきた人たち。
私はその光景を横目に見ながら、用意してきたモノが鞄にあるのを確認して、下を向きながら自習室を飛び出た。
はぁーーー。
思い切りため息をつきながら、休憩室に入った。
自習室を出てすぐ隣にある休憩室は本当にただの休憩室で、紙パックの飲料が入った自販機だけが置いてあるだけ。あとは3人がけのベンチが3つ、コの字型に置かれているというシンプルすぎる休憩室。
12時になってすぐに来たら座れないだろうと思って、時間を空けて来ようと思っていたんだけれど…… あんなことになるなら、さっさと来れば良かった。私は本気で落ち込みながら、静かに休憩室に入った。
室内には新聞を難しい顔をして読むオジサンと、自販機でコーヒーを買うお姉さんの2人が居た。
私の読みは正しかったみたいで、空いているみたい。
入口正面におじさんが座っていたので、入口右手のベンチ奥に座って私はおにぎりを取りだした。
ここで昼休憩を取ってもいいことは知っていたけれど、食べ物の販売はされていないことにも気付いていた。だから今日は、自分でおにぎりを2個作って持ってきたのだ。鮭をお母さんが朝焼いていたから、それをもらって鮭おにぎり。
空腹には堪らない……よだれが出そうなのを堪えて包んでいたアルミホイルを開いた時、例のお兄さんが休憩室に入ってきた。
うわーっっ
さっきの『お腹鳴り事件』が私の中でまだダメージがあるのに、お兄さんが来てしまった。
よくよく考えればお兄さんも御飯は食べてなかったのだから、今休憩室に来ても不思議ではない。
でも、何も今来なくても……と真剣に自分の行動を呪いながら、私は頬を少し赤くして俯いておにぎりを手に持ち直した。
バサリ
私が食べようとしたと同時に、オジサンが新聞を閉じて席を立った。自販機を見ると、コーヒーを買っていたお姉さんもいつの間にか居ない。
そして……
「良かった。飯、あったんだ」
お兄さんがニコッと笑いながら近づいてきて、ごく当たり前に私と同じベンチに座った。同じベンチとはいっても、私の荷物を挟んで隣だからそれなりの距離はあるけれど。でも他に人はいなくて、二人きりだと思うと少しドキドキしてきた。
「パンでよければどうかなって思ったんだけど、余計なお世話だったね。あ、何か飲む?」
いっつも静かで、聞いた声は『しぃー』だけだったお兄さん。そのお兄さんがペラペラと喋るから、私は驚いて言葉が詰まった。
というより……お腹の音、聞かれてたんだやっぱり。
ちょっとショックが大きい。
けれどお兄さんは気にした様子もなく、立ち上がって自販機に100円玉を投入していた。
私はおにぎりを口に入れることも忘れて、その光景をぼーっと見ていたら目の前に何かが飛び込んできた。
「はい」
「へっ!? えっ?」
私は突然のことに声を上げるも言葉にならなくて、どうやらりんごジュースらしいソレとお兄さんの顔を交互に見た。
しかし私の様子を見たお兄さんは、
「こないだの詫び。時間、計って勉強してただろ? 邪魔して、ほんと悪かった」
さり気なく、私にこのジュースは受け取る権利があるって言って来た。
なんだかその気遣いがこそばゆくって、拒否できない。
「ありがとう、ございます」
知らない人からもらっちゃ駄目よ、なんて小さいころの親の言葉が脳裏を掠めたけれど、お兄さんの好意を断りたくなくて素直に受け取った。
まさか、お兄さんからジュースをもらう日が来るとは……と思いながら、嬉しくて顔がにやけた。