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ちぃこと  作者: 桜倉ちひろ
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 ぺっこりと凹んでしまった気持ちを湧きあがらせる力もなく、私は項垂れた。こんなにショックなことを言われて、テンションの上げ方を知ってる人がいるんだろうか。そう思うほどに。

 だって私は、ココでしかお兄さんに、ううん。

 好きな人に会えないのに――

 「母さんがね、もう止めとけってうるさくて」

 「……え?」

 自分一人の殻に閉じこもりつつあった私は、突然横で話し始めたお兄さんに反応が遅れた。

 「いや、もう寒いだろ? それにインフルエンザも流行ってるし。わざわざ病気もらうかもしれないとこに行くなって、言われて」

 「あぁ……」

 言われてみれば、確かに……とは思う。

 でも理屈じゃない。

 現状がどうだから、とかじゃなくて。私はただ、お兄さんに会いたい。

 悔しさを滲ませてお兄さんを見ると、お兄さんは私を困った子を見るような目で見つめていた。

 「そんな顔、するなよ」

 「……」

 どんな顔なのか分からなくて、なんて切り返したらいいのかも分からなくて私はだんまりした。ちろりと見上げると、お兄さんははぁーっとため息をつく。

 「お前も。そういう事情だから、家で勉強しな?」

 「でもっっ」

 「受験は、待ってくれない」

 「う……ッ」

 真実だから、事実だから。ぐうの音も出なかった。

 涙が零れそうになる。でも今、お兄さんの前で流すわけにはいかない。

 私はまだ、気持ちに気付かれたくない。

 お兄さんに普通に接してほしいから。

 でも……会えなくなるなら、そんなこと言ってる場合じゃないの?

 いろんな思いがごちゃごちゃになって、私は俯いて唇を噛みしめた。

 初めて約束をして会えたのに。

 今日はすっごく幸せな日だったはずなのに――

 俯いて、口を開かない私を余所に、傍に会ったポールにちょこんと腰かけたお兄さんはクスリと笑った。

 「こーら。不貞腐れた顔すんなよ」

 「うぅ……。だって、インフルエンザとか、罹ったことないし」

 「俺もない」

 「病気には、強いんですよ? 私」

 「俺もまぁ、強い方」

 「だったら!」

 そこまで言って顔を上げたけれど、背後から差す陽がお兄さんの顔を照らして表情が見えない。

 「でも、今年は分からないでしょ?」

 「そう、だけどっ。私は、私は……っ」 

 勢いで何かを口走りそうになって、ぐっと堪えた。言ってしまったら、目じりにたまった涙もこぼしてしまいそうだから。

 私は、グッと拳を握りこんでまた俯く。涙を零さないように。

 そしたら

 カタン

 と音を立てて、お兄さんが立ちあがって私に近づいてきた。

 影がゆっくりと私に重なる。

 1歩――

 「俺、お前に会うの楽しみだった」

 2歩――

 「おにぎり、美味しかったし。お前といると、すごく安らぐんだ……」

 3歩――

 「ホントは……毎日会いたいくらい」

 目の前に立って、今までで一番近くの距離に居た。

 そっと手があげられると、私の頭にその温もりが乗せられる。

 「合格発表、いつ?」

 言われた言葉にドキドキが止まらない私と最高に近い距離で、お兄さんの温もりと息遣いまで感じて心臓がおかしくなりそうだ。

 お陰でこぼれそうだった涙が引っ込んで、小さく手が震えた。

 「3月の……えっと、何日、だっけ。えと、えと―――」

 緊張のあまり、大事なことが頭から出てこなくてふわふわした。

 ――どうしよう!? ほんとに思いだせないっ!

 プチパニックを起こす私を見て、お兄さんはクスクス笑う。

 「バカ。大事なことは覚えとかないと」

 「うぅ。そうですね」

 「まぁいいよ。それは俺が調べとくから」

 「……ハイ」

 言われてから、なぜお兄さんが私の合格発表を知る必要が? と思った。でも、自分のことを知ってくれようとしてくれている気持ちは嬉しい。

 そう思って、そのことには触れずに肯定した。

 「なぁ」

 頭上から降る、すっかり慣れてしまった心地よい声が降り注ぐ。

 私は近すぎる距離に、やっぱり慣れなくて俯いたまま

 「はい」

 と返事をしたら、よく分からない質問を続けられた。

 「合格発表、見に来るだろ? 自分の」

 「もちろん行きますけど……?」

 「そこで、待ってる」

 「え?」

 意味の分からない言葉に、俯いていた顔を上げて至近距離でお兄さんを見つめた。

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