20
ぺっこりと凹んでしまった気持ちを湧きあがらせる力もなく、私は項垂れた。こんなにショックなことを言われて、テンションの上げ方を知ってる人がいるんだろうか。そう思うほどに。
だって私は、ココでしかお兄さんに、ううん。
好きな人に会えないのに――
「母さんがね、もう止めとけってうるさくて」
「……え?」
自分一人の殻に閉じこもりつつあった私は、突然横で話し始めたお兄さんに反応が遅れた。
「いや、もう寒いだろ? それにインフルエンザも流行ってるし。わざわざ病気もらうかもしれないとこに行くなって、言われて」
「あぁ……」
言われてみれば、確かに……とは思う。
でも理屈じゃない。
現状がどうだから、とかじゃなくて。私はただ、お兄さんに会いたい。
悔しさを滲ませてお兄さんを見ると、お兄さんは私を困った子を見るような目で見つめていた。
「そんな顔、するなよ」
「……」
どんな顔なのか分からなくて、なんて切り返したらいいのかも分からなくて私はだんまりした。ちろりと見上げると、お兄さんははぁーっとため息をつく。
「お前も。そういう事情だから、家で勉強しな?」
「でもっっ」
「受験は、待ってくれない」
「う……ッ」
真実だから、事実だから。ぐうの音も出なかった。
涙が零れそうになる。でも今、お兄さんの前で流すわけにはいかない。
私はまだ、気持ちに気付かれたくない。
お兄さんに普通に接してほしいから。
でも……会えなくなるなら、そんなこと言ってる場合じゃないの?
いろんな思いがごちゃごちゃになって、私は俯いて唇を噛みしめた。
初めて約束をして会えたのに。
今日はすっごく幸せな日だったはずなのに――
俯いて、口を開かない私を余所に、傍に会ったポールにちょこんと腰かけたお兄さんはクスリと笑った。
「こーら。不貞腐れた顔すんなよ」
「うぅ……。だって、インフルエンザとか、罹ったことないし」
「俺もない」
「病気には、強いんですよ? 私」
「俺もまぁ、強い方」
「だったら!」
そこまで言って顔を上げたけれど、背後から差す陽がお兄さんの顔を照らして表情が見えない。
「でも、今年は分からないでしょ?」
「そう、だけどっ。私は、私は……っ」
勢いで何かを口走りそうになって、ぐっと堪えた。言ってしまったら、目じりにたまった涙もこぼしてしまいそうだから。
私は、グッと拳を握りこんでまた俯く。涙を零さないように。
そしたら
カタン
と音を立てて、お兄さんが立ちあがって私に近づいてきた。
影がゆっくりと私に重なる。
1歩――
「俺、お前に会うの楽しみだった」
2歩――
「おにぎり、美味しかったし。お前といると、すごく安らぐんだ……」
3歩――
「ホントは……毎日会いたいくらい」
目の前に立って、今までで一番近くの距離に居た。
そっと手があげられると、私の頭にその温もりが乗せられる。
「合格発表、いつ?」
言われた言葉にドキドキが止まらない私と最高に近い距離で、お兄さんの温もりと息遣いまで感じて心臓がおかしくなりそうだ。
お陰でこぼれそうだった涙が引っ込んで、小さく手が震えた。
「3月の……えっと、何日、だっけ。えと、えと―――」
緊張のあまり、大事なことが頭から出てこなくてふわふわした。
――どうしよう!? ほんとに思いだせないっ!
プチパニックを起こす私を見て、お兄さんはクスクス笑う。
「バカ。大事なことは覚えとかないと」
「うぅ。そうですね」
「まぁいいよ。それは俺が調べとくから」
「……ハイ」
言われてから、なぜお兄さんが私の合格発表を知る必要が? と思った。でも、自分のことを知ってくれようとしてくれている気持ちは嬉しい。
そう思って、そのことには触れずに肯定した。
「なぁ」
頭上から降る、すっかり慣れてしまった心地よい声が降り注ぐ。
私は近すぎる距離に、やっぱり慣れなくて俯いたまま
「はい」
と返事をしたら、よく分からない質問を続けられた。
「合格発表、見に来るだろ? 自分の」
「もちろん行きますけど……?」
「そこで、待ってる」
「え?」
意味の分からない言葉に、俯いていた顔を上げて至近距離でお兄さんを見つめた。




