117.ビー、賭けの対象となる。
相当に間が開いてしまいました。すいません。
何も無い宇宙空間にポツンと白い立方体が浮かんでいる。その立方体を挟んで月ほどもある巨大な物体が2体浮かんでいた。
一方は血のように深い赤、真紅の輝きを纏うラート、もう一方は太陽からの光をキラキラとまるで夜空の星の様に細かい光を放つ濃栗色のミネラだ。
立方体は中が空洞になっており、数人の少女の姿が見える。小さなテーブルを挟んで2人の人物が向かい合って座っていた。
テーブルの上にはティーセットが置かれており、着物を着崩したようないでたちの少女がお茶を入れていた。
黒いシックでレースがふんだんに使われたドレスに身を包み赤い靴を履いた少女が口を開いた。
「ラート姉さま。わしが何のためにここに来たのかわかっておるのじゃろ?」
その少女はミネラの分体だ。ミネラの手はスカートを硬く握り締め少し皺になっている。目は鋭く、前に座るラートから離さない。
「ふふふ、いつものミネラらしくないじゃない」
相対する席に座る少女はラートの分体。銀色に輝く髪を揺らし、やや吊り目ぎみなその目は見るものに全てを見透かされているような印象を与える。歳は15、6ぐらい、少し派手な赤いスーツを着ている。
ラートは注がれたカップを手に取り優雅に口に運ぶ。ひとくち、口に含み面白そうに口の端を曲げた。
「あら、何時ものものとは風味が違うわね」
ラートは少し目を細めながら話す。
「気づかれましたか?今回は少し趣向を変えて別の時代から入手いたしました。銘柄は同じですが大戦のまえのものです」
ラートの傍に立って、給仕をしていた女性、ガルポンが嬉しそうに話す。
「そう、あの時代のものはいいわね。でも、不安定だからいつも良いとわ限らないわよ」
「ラート姉さま!」
ミネラは声を荒げてテーブルに拳を叩き付けラートを睨む。
「ミネラ、落ち着きなさい。あなたらしくないわよ?」
ミネラは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ラート姉さま、わしの気が長くはないと知っておるじゃろうに、抑えている内にはよう話せ」
ラートはひとつ小さなため息を吐く。
「ミネラ、貴方、そこまで短気だったかしら?貴方、ここで戦闘をするつもり?それならそれで構わないのだけれど」
「むろんじゃ。ラート姉さま次第じゃな」
「なにを焦っているの?そんなにビーが心配なのかしら。言っときますけど、ビーも観察者なのよ、それに、私、貴方のこと、結構腹に据えかねているのだけれど」
ラートのその形の良い眉が歪む。
「あのときの小競り合いで私が本気を出していなかったことは判っているでしょう?貴方、私の本気を見たいのかしら」
「それは・・・、それもラート姉さま次第じゃ」
少したじろいだ様子のミネラ。ミネラにとってもラートは非常にやり難い相手、負けるとは言わないが勝てるとも思わない。
先の衝突の時も2人がかりでやっとのことで凌いだのだ。ましてや今回は単身。勝てるとは思わない。だが退けないのだ。
ここでなにがあったのかは、この時空に残る空間破砕状況や残された破壊された戦闘機郡の解析結果から、ほぼ把握はできる。たぶん、ビーが因果律操作球を使ったのだろう。空間に歪められた時空の残滓が物語っている。それに対してラート姉さまは多量物量郡で対処したと思われる。
判らないのはその後だ。何らかの影響でビーが攻撃を受けた。素直なビーのことだ、なにかの遮蔽されたウィルス兵器でも使われたのだろう。空間に残るダメージによると重責世界への移送波が検出されている。問題なのは何処へ送られたかだ。移送波の痕跡が消されている為、追跡ができない。どこに送られたかがわからないのだ。近隣重責世界ならば直ぐにでも戻ってこられるだろう。ビーも観察者なのだから。なにがあった?
「貴方がどこまで成長したか確かめてみるのも面白いかもね。一人でどこまでできるかしら」
目を細めながらミネラを眺めているラート。細い指が艶かしくカップの縁をなぞっている。
「まあ、私もここで事を構えるほど愚かではないわ。貴方と始めちゃうと、この時空にどんな障害が生じてしまうか判らないものね、愛するあの子達に悪い影響が出るかもしれないから」
ラートの目がミネラに向けられる。
「でも、ど~してもと言うなら、仕方がないのだけれど・・・、残念ね、あの子達の進化のタイムスケジュールがすこしづれちゃうかもね。まあ、少し寄り道もいいかも」
ラートはさも面白そうに口元を歪めた。
「なにがあったのじゃ」
ミネラは俯き加減でぼそりと呟く。
「私に聞かなくても、貴方のことだから、判っているのじゃなくて?どうせここに来た時にこの空間は解析済みでしょう?」
ミネラは解析しても判らなかったことが悔しいのか、下唇を噛んでいる。
「・・・何処に送ったのじゃ」
悔しがるミネラの様子が面白いのか挑発ぎみに聞き返す。
「どこに?」
「ビーを何処に送ったかと聞いておるのじゃ」
ミネラの指が苛立ちを隠しきれないとでも言うように、トントントンッとテーブルをせわしなく叩いている。
「ああ、知らないわ」
あっさりと話すラートに少し呆けた顔のミネラ。
「知らぬ?」
数瞬の後、なにをバカな事を言い出すのか、知らぬ筈はないだろうとでも言うような表情のミネラ。
「ええ、あの子、私の移送波を増幅して自ら重責世界にジャンプしたのよ。しかもジャミングしながらね。だから私も知らないわ」
ラートにしてみてもビーが採った自らの頭脳への攻撃は驚きだった。そのため、逃げる隙を造ってしまった。その手法は観察者であるラートを驚かせたと言う意味では賞賛に値するかもしれない。
「ビーコンも無しにどうやって帰ってくるつもりなのかしらね。まあ、私から逃げたい一心だったでしょうから、そんなこと考えもしなかったのかもね」
「そうか・・・」
聞きたいことは聞けたとばかりに姿を消そうとしたミネラにラートから静止の声が掛かる。
「待ちなさい」
「・・・」
「私ね、貴方にも腹を立てているって言ったわよね。今、私の愛するあのこ達の世界に貴方もいるわね」
「むろんじゃ、守護すると決めたからのう」
「あの子達は私のもの。私が先に守護をしていた事は今ではわかっているでしょう?」
「むむ、しかし、はい、そうですかと、わしも退けぬのじゃ」
観察者にとって守護する種族を選ぶことは重大なこと、それゆえ、既に守護者が決まっている種族に後から来て守護者になることは普通許されない。ビーとの同時守護者は規格外なのだ。
「ああ、貴方、守護する者を決めたのね、・・・私も鬼ではないわ。少し時間をあげる」
思案顔のルート。暫く考えていたその美しい顔が意地悪そうにゆがむ。
「ああ、いい事を思いついたわ。賭けをしましょう」
きょとんとした表情のミネラ。
「賭けじゃと?」
「ええ、ビーがどれくらいで戻ってくるか。そうね・・・、100、貴方の固体固有時間であの星の100公転周期内に戻ってくる方に賭けなさい。私はそれ以上掛かる方に賭けるわ」
「100年?一瞬ではないか、それは無理じゃ」
「残念だけど貴方は拒否はできないわね。貴方の守護対象の寿命が100年程度でしょ?その時間ぐらいなら待ってあげる。その待つ時間を利用して掛けにしてもいいじゃない。面白いでしょ?」
「わしが掛けに勝った場合はどうなるのじゃ?」
「え?ああ、勝った場合ね・・・、守護を一緒にって言うのはどうかしら?ビーは、ビーの態度次第ね」
「しかし、100年は短かすぎるのう。わしからも捜索の手を出してもよいじゃろう?」
如何に観察者と言えども目印も無しに無限にある重責世界の中から戻って来る事は不可能に近い。できないとは言わないが。
例えるのなら、無限に広がる図書館の中で、一冊の本、しかもその本に挟まった1枚の栞を探すのに等しい。本の一冊一冊がその時空を表し、ページが時間だ。
「いいわよ。でも見つけることができるかしら?」
ミネラにとって、観察者の不文律は犯すことのならないものだ。ラートから出て行けと言われれば直ぐにでも出て行かねばならないと思っていたのだが、ラートからの賭けの申し入れは願っても無いことだった。
光と共にミネラの姿が消える。それと同時に宇宙空間に浮かんでいたミネラの本体も消える。
「よろしかったのですか?」
ガルポンがカップに紅茶を注ぐ。辺りに香しい香りが発ちこめる。
「ん、ああ賭けのこと?ミネラのことだから出て行けと言われれば直ぐにでも出て行ったでしょうけど、・・・私もちょっと待って見たかったのよ。それに、守護対象と別れるのは辛いものよ。それぐらい待ってあげてもいいかなって思ったの」
口元には薄っすらと笑みが浮かんでいる。カップを手に取り口を付ける。カップには赤く口紅の後が付いた。
「さ、そろそろ次のステップに進みましょう。用意はいいかしら」
「はい、何時でもOKです」
「あの子達にはこれから試練の時。旨く行ってくれるのを願うばかりだわ」
宇宙空間から赤いラートの本体が消える。後には白い立方体だけが残された。
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