第17話 森の恵み① 森の村からの依頼
リュネルトの冒険者ギルドは、昼を少し過ぎた頃だった。
依頼掲示板の前では、次の仕事を探す冒険者たちが紙片を見比べている。受付のカウンターには、採取品を納めに来た者や、報酬を受け取りに来た者が並んでいた。
五人の冒険者パーティも、その日の依頼を探していた。
「おや。ちょうどいいところにいた」
受付の職員が、掲示板を眺めていたジュリオたちに声をかけた。
「森の村から依頼が届いているんだ。少し厄介な魔物が出たらしい」
「厄介な魔物ねえ。どのくらいの厄介さだ?」
ジュリオが気軽な調子で尋ねる。
「フォレストマンティスだそうだ。村の採蜜場の近くで目撃されている」
その名前を聞いて、ミレイが視線を上げた。
「フォレストマンティス……。なるほど、それは確かに放っておけないわね」
「知っておるのか?」
ゲオルグが尋ねると、ミレイは小さく頷いた。
「森に生息する大型のカマキリ型魔物よ。周囲の植物に紛れるのが得意で、獲物を待ち伏せする。特に厄介なのは、あの鎌ね。人間相手でも十分な脅威になるわ」
「採蜜場の近くということは、村の人たちが襲われる危険もあるんですね」
ユノが心配そうに言った。
「そういうことだ。すでに採蜜に出た村人が怪我をしているらしい」
受付職員は依頼書を五人に差し出した。
依頼主は、森の村でハチミツを生産している職人だった。
森の村では、フォレストキラービーという魔蜂が集める蜜を採取し、ハチミツを作っている。魔蜂は気性が荒く、縄張りに不用意に近づけば人間であっても容赦なく襲ってくる。
そのため、村人たちは魔蜂の女王を刺激しないよう、巣の縄張りの境界付近で、限られた量だけを採取していた。
森の恵みを得ながら、森の住人たちと共に暮らす。
それが、村で代々受け継がれてきたやり方だった。
しかし、フォレストマンティスが現れてからは事情が変わった。
魔蜂の天敵であるその魔物が採蜜場の近くをうろつき、魔蜂の群れを襲うようになったのだ。採蜜に出た村人も被害に遭い、今では森に入ることさえ難しくなっているという。
「ハチミツの採取ができないのは、村にとっても困るだろうな」
ジュリオが依頼書を読みながら言った。
「ええ。魔蜂の群れが減れば、来年以降にも影響が出る可能性があるわ。単に魔物を一匹倒せば終わり、という話でもないでしょうね」
ミレイは淡々と答えた。
「ともあれ、人に被害が出ているのなら、放ってはおけぬな」
ゲオルグが大きな手で依頼書を押さえた。
エルマも頷く。
「怪我をした方がいるなら、村に着いたら詳しく聞いておきましょう」
「うん。私も頑張りますね」
ユノは腰のショートソードを確かめた。
特別な仕事というわけではない。
けれど、誰かの普段の暮らしを守ることも、冒険者の大切な仕事だった。
「よし、決まりだな。森の村へ向かおう」
ジュリオの声を合図に、五人はギルドを後にした。
*
森の村までは、リュネルトから徒歩で半日ほどの距離だった。
街道を外れてしばらく進むと、木々の間から小さな家々が見えてきた。家の脇には薪が積まれ、軒先には乾燥させた薬草が吊るされている。
村の周囲には、森と共に暮らす人々の日常があった。
五人を出迎えたのは、依頼主のハチミツ職人だった。
「よく来てくださいました。遠いところ、ありがとうございます」
職人は疲れた顔をしていたが、五人を見るとほっとしたように表情を緩めた。
「さっそくですが、被害について聞かせてもらえますか?」
エルマが尋ねると、職人は村の外れにある作業小屋へ五人を案内した。
中には、採蜜に使う道具や空の容器が整然と並んでいた。壁際には蓋を閉じた木箱がいくつも置かれている。
「フォレストマンティスが出るようになったのは、十日ほど前です。最初は森の奥で見かけたという話だったんですが、だんだん採蜜場に近づいてきましてね」
「村人が襲われたのは?」
「三日前です。幸い命に別状はありませんでしたが、腕を切られてしまって……。それからは、誰も一人で森へ入らないようにしています」
「魔蜂の群れにも被害が出ているのね?」
ミレイの問いに、職人は重い顔で頷いた。
「ええ。普段なら、魔蜂は縄張りの外へ出てくることはほとんどありません。ところが最近は、巣の周りを飛び回っている群れが少なくなっているんです」
「フォレストマンティスが巣を直接襲っているのか、それとも採蜜場に出てくる働き蜂を狙っているのか。そこを見極めたいわね」
ミレイは考え込むように腕を組んだ。
「目撃された場所はわかるか?」
ジュリオが尋ねると、職人は作業台の上に広げた地図を指差した。
「この辺りです。大きな倒木がある場所で、一度見かけたという者がいます。その少し先が、いつもの採蜜場です」
「なるほど。まずは痕跡を調べよう。見つからないうちから森の中を歩き回るのは得策じゃない」
ジュリオは地図を頭に入れると、仲間たちを振り返った。
「明日の朝、出発しよう。今日は村で話を聞いて、装備を整える」
急ぐ必要はあった。
だが、焦って森へ入れば、こちらが魔物の待ち伏せに遭うかもしれない。
五人はその日のうちに、村人から追加の情報を集めることにした。




