第十六章 裁定
本多が静かに言った。
「皆の者、面を上げよ」
その声に従い、会場中の人間が恐る恐る顔を上げる。
だが、誰も水戸――徳川光圀の顔をまともに見られなかった。
先程まで“無能な平社員”と罵倒していた相手が、三ツ葉グループの頂点だったのだ。
空気は完全に変わっていた。
水戸は静かに中根へ視線を向ける。
「中根経理部長」
「は、はい!」
中根は慌てて姿勢を正した。
「ゲーム・ステーションプロジェクトの広告費増額について聞く」
会場が静まり返る。
「誰に、どのような指示を受け、どういう経緯で増額した?」
中根は即座に答えた。
「榊原社長からの指示です!」
今川の顔が引きつる。
「“水戸邦光という社員が直々に増額を頼みに来たら承諾しろ”との命令を受けておりました。そして水戸邦光様が来られましたので、五億円の増額を承認致しました」
ざわめきが広がる。
水戸はさらに聞く。
「この件に、PC事業部部長・今川孝元は関わっているか?」
「一切関わっておりません!」
即答だった。
今川の顔色がさらに悪くなる。
水戸は今度は愛子を見る。
「水野愛子」
「……は、はい」
声が震えている。
「サードパーティー企業名を一社挙げろ」
「ゲ……ゲーム・ファクトリー……」
水戸は静かにスマートフォンを取り出した。
そしてスピーカーモードへ切り替えて電話を掛ける。
『はい、ゲーム・ファクトリー斎藤です』
「斎藤さんですか? 三ツ葉ホールディングスの水戸です」
会場がざわつく。
『ああ、水戸さん!』
電話越しの声は明るかった。
『先日はありがとうございました!開発技術提供までして頂いたお陰で、念願だった家庭用ゲーム業界へ参入出来ました!』
会場中が静まり返る。
『ゲーム・ステーションも好調みたいですね!おめでとうございます!』
「ありがとうございます」
水戸は淡々としている。
「ところで、ウチのPC事業部の今川という人物をご存知ですか?」
一瞬の間。
『……いえ?存じ上げませんが、何かありましたか?』
今川の顔から血の気が消える。
「いえいえ。知らなければ結構です。これからも宜しくお願い致します」
『こちらこそ宜しくお願いします!』
「お忙しいところ失礼しました」
通話終了。
静寂。
誰も何も言えなかった。
水戸は会場を見渡す。
「全部のサードパーティーへ同じ電話を掛けてもいいが、時間の無駄だ」
冷たい声だった。
「半導体についても、先程、天野電子の安倍部長が話した通りだ」
そして今川を見る。
「これで、お前が嘘をついていた事は証明されただろ」
今川は完全に言葉を失っていた。
そこへ榊原が前へ出る。
「PC事業部部長、今川孝元」
低い声。
「お前の横領、既に証拠を掴んだ」
会場がどよめく。
「もう言い逃れは出来んぞ!」
今川は慌てて叫ぶ。
「な、何の事ですか!?」
榊原は冷たい目で見る。
「中根経理部長」
中根は無言で分厚い書類束を差し出した。
榊原はそれを掲げる。
「これがお前が一年半で横領した五千万円の証拠書類だ」
会場が騒然となる。
「随分巧妙にやってくれたな。証拠を掴み、犯人を特定するまで一年掛かったぞ」
榊原は今川を睨む。
「だが最近になって横領額が急増した事でボロが出た」
そこで水戸が口を開く。
「水野愛子へのプレゼントのため、だろ?」
愛子の顔が凍る。
「水野愛子の気を引こうとして、高額プレゼントを繰り返した。そのせいで横領額が増え、隠し切れなくなった」
今川の理性が切れた。
「そうだ!!」
突然、水野へ掴み掛かる。
「全部お前のせいだ!!」
「きゃっ!?」
「お前に高額プレゼントなんかしなければ、横領はバレなかったんだ!!」
愛子も泣き叫ぶ。
「逆恨みしないでよ!!」
そして今川へ怒鳴り返す。
「あんたこそ!!あんたが嘘ついて騙したせいで、私は社長夫人の座を逃したのよ!!」
完全に醜い責任転嫁だった。
「どう責任取ってくれるのよ!!」
すると本多が一喝する。
「ご老公様の御前である!!控えろ!!」
二人はビクリと震え、その場へ平伏した。
会場も完全に静まり返る。
そこで水戸――徳川光圀が静かに告げる。
「正式に伝令する。PC事業部部長・今川孝元。業務上横領により解雇」
会場が静まり返る。
「加えて警察へ通報。被害届及び証拠を提出し、刑事罰を受けてもらう」
今川が絶望の表情で崩れ落ちる。
水戸は続けた。
「次長・水野愛子」
愛子が顔を上げる。
「功績自体は認める」
一瞬だけ希望が浮かぶ。
だが次の言葉が全てを砕いた。
「しかし、役職者として相応しくない言動が著しい」
冷たい声。
「よって平社員へ降格」
愛子の目から涙が溢れる。
さらに。
「課長・久松健司については、本人希望により解雇」
久松が真っ青になる。
「コンシューマ事業部は当面、青山課長が指揮を執るものとする」
会場がざわつく。
「近いうちに部長職を異動させる。その後、青山課長は部長補佐へ昇進」
そして最後に。
「水戸邦光は、本日付で退職する」
会場が静まる。
「但し、水戸邦光の身分は極秘事項である」
その声は重かった。
「他言した者は解雇」
誰も息をしない。
「加えて本人だけでなく、その家族も三ツ葉グループ関連会社及び取引先へ就職出来なくなると思え」
絶対命令だった。
「以上」
一瞬の静寂。
そして。
「「「ははーっ!!」」」
会場中の人間が、一斉に頭を下げた。




