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第六章‐真実は水の中にしかない

◆第一話―「狂乱のブルー・キューブ」

選考会での新記録ラッシュを受け、世間は沸き立っていた。

いつもの練習拠点「ブルー・キューブ」の前には、昨日までの静寂が嘘のように、無数のカメラとファンが押し寄せていた。

「相馬選手、世界新の感想を!」「木本選手、伯父さんの記録を抜いた気持ちは!?」

「なんだよ、これ……」

湊が眉をひそめ、遥斗が足を止める。その時、施設の重い扉が開き、荒城が猛牛のごとき勢いで現れた。

「おい、どけと言ってるのが聞こえねえのか! ここは見世物小屋じゃねえ。仕事がしたけりゃ、こいつらがUSFで金獲った後にしやがれ! さっさと帰れ!!」

レジェンドの怒号にマスコミが怯んだ隙に、コーチ陣が4人を施設内へ押し込み、堂島が冷徹にシャッターを下ろした。

 静まり返った施設内。外の喧騒は遮断されたが、4人の心にはフラッシュの残像が焼き付いていた。

「有名人になっちゃったね」

鼓太郎が冗談めかすが、声に余裕はない。堂島が淡々と告げた。

「今日から君達のプライバシーは消滅し、世界中の期待という名の『天秤』にかけられる」

荒城が4人を睨み据える。

「いいか、浮かれるな。外の連中は勝てば神と崇めるが、負ければ手のひらを返す。それが『注目』の正体だ」

滝沢が不安そうな遥斗の肩を抱いた。

「遥斗くん、君が向き合うべきなのは水面だけだよ」

しかし、ネットの熱狂は臨界点に達していた。スマホを開けば根も葉もない噂が飛び交う。特に繊細な遥斗や怜にとって、それは心を蝕む「ノイズ」となりつつあった。

数日後、荒城は4人を集め、厳しい口調で切り出した。

「今日からスマホは預かる。ニュースもSNSも見るんじゃねえ。あそこに書かれているのはお前らの抜け殻だ。真実はお前らの『炎』と水の感触の中にしかない。外のガヤを聴く暇があるなら、自分の鼓動リズムを聴け!」

堂島も付け加える。

「大衆は結果ではなく、消費できる『物語』を欲しがる。情報の断食ファスティングをしてください」

 ◆第二話―「世界の頂点―THE TOP」

ノイズが消えた今、彼らに届くのは自分たちの心音と仲間の足音だけだった。

モニターには、世界ランキング1位に君臨する4人の怪物の映像が映し出される。

「お前らはもう“挑戦者”じゃねえ」

荒城が言い放つ。

「――世界の頂点で、奴らと“睨み合う側”だ」

■自由形:ジャックス・ヴァン・ディーン(アメリカ)

―「絶対加速のモーターエンジン」―

映像の中の男がターンを終えた瞬間に豹変する。

水が弾け、異常な加速を見せる。

「湊、あいつは後半に来る。奴は人間じゃねえ。モーターボートだ。」

湊は黙って画面を睨む。

「ラスト5メートルまでキックを殺すな。踏み込んだ瞬間――その上を行け」

■平泳ぎ:アリスター・ハミルトン(イギリス)

―「鋼鉄の防波堤」―

堂島が淡々と映像を止める。

「凄まじいパワーですね」揺るがない。全てが重い。

「怜、君はアリスターと対極だ。君は抵抗を消し、水と同化する存在だ。」

怜は無言で見つめている。

「0.01秒乱れれば呑まれると心得なさい」怜の口元がわずかにが歪んだ。

■背泳ぎ:ルカ・ベルナルディ(イタリア)

―「深淵の弾丸」―

「遥斗くん、ルカのバサロキックは世界で最も深いところを通る。彼は下から来る。」

遥斗が息を呑んで映像を見ている。

「君はもっと高く、水面を飛ぶんだ。ルカが浮上して来た頃には彼の手の届かない位置にいなさい」

■バタフライ:陳遠龍(中国)

―「水を裂く龍」―

一ノ瀬がペンを回す。

「規則的だね。まるで機械のようだ」

正確無比なピッチ。乱れない。 

「鼓太郎くん、君の武器は変則的なビートだ。あいつの単調なリズムを、君の音で上書きしてやるんだ」

翌日、プールの底を走るレーザーのラインを用いた「仮想レース」が始まった。

隣で世界の頂点が泳いでいる。

「チッ……速ぇ!」

湊が歯を食いしばる。怜は目隠しゴーグルで水の感触を研ぎ澄まし、遥斗はもはや“飛行”と呼べるほど高い位置を保つ。鼓太郎は仮想敵のリズムを強引に奪い取った。

4人の青は、世界を焼き切るための熱へと変質していた。


 ◆第三話―「聖域の共鳴」

 4人の真骨頂、メドレーリレーの最終調整。電子掲示板にはアメリカが誇る世界記録【3分26秒78】が輝く。

「世界記録を破るには、単純な足し算じゃ届かねえ」

荒城が告げる。

「前の奴の魂を、次の奴が加速させる。その連鎖を極限まで高めるぞ!」

■1st to 2nd:空から理へ(遥斗→怜)

遥斗のロケットスタートは、空を飛ぶ大鷲のようだった。空を泳ぐそのトップスピードを保ったまま、怜へ繋ぐ。

■2nd to 3rd:理から音へ(怜→鼓太郎)

遥斗から受け取った翼は、怜の理を超えた熱い炎へ変わる。そしてその炎を鼓太郎へ繋ぐ瞬間――

■3rd to 4th:理から音へ(怜→鼓太郎)

 練習の焦点はやはり怜から鼓太郎の繋ぎに集中していた。かつて「自分」に固執していた鼓太郎。だが今は、怜が水を蹴り出す重厚な音を「イントロ」として身体に組み込む。怜の指先が壁を捉える0.01秒前、鼓太郎は「自分のリズム」を完璧に同期させ、台を蹴った。

■4th:極限の咆哮(アンカー湊)

鼓太郎が叩きつける激しい飛沫。アンカーの湊は、その加速の余韻を食い破るように飛び込む。壁に触れる「カツン」という音と、離台の瞬間が完全に重なった。

計測終了。掲示板に表示されたタイムは――

【3分25秒91】

「……超えた」

鼓太郎が呟く。人類未踏、3分25秒の領域。

堂島が震える手で眼鏡を直す。 

「計算上は不可能だった加速……友情という名のバグ。完勝です」

「よし! 行くぞ、フランスへ」

荒城が4人の肩を抱く。

「世界に引導を渡す『レガシー・ブルー』の誕生だ。度肝を抜いてやる!」

宿舎へ戻る4人の背中は、もはや少年ではなく誇り高き「戦士」だった。視線の先には、エッフェル塔を臨むパリの空と、頂点に輝く5つの金メダルがはっきりと見えていた。

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