第21話
「夏樹、出たよー」
伊吹が入浴を終えて、ダイニングテーブルに座っている夏樹に告げた。
着替えは夏樹の服を拝借している。
「じゃあ、わたしの部屋に居といて。お風呂入ってくるし」
「わかった。……って、どこ?」
「あぁそっか、伊吹は来るのは初めてだったっけ」
伊吹はということは、他に来た人がいるのかな。誰だろ――。
と、疑問と嫉妬が浮かんだ。
その渋い顔を見た夏樹は、焦って言葉を続ける。
「エオンモールで会った天音いるじゃん。その天音が来たりしただけだから……」
言い訳するような長いセリフ。
同性の友達だからと言う言い訳も、意味がないとはわかっている。
「まぁ、いいけど」
「……うん」
伊吹はそんなつもりじゃなかったのに、素っ気なく返してしまった。
気まずい空気から逃げようと、夏樹は廊下を進んでいき、伊吹は後ろをついていく。
「好きにゆっくりしておいて、ベッドでもどこでも座ってていいし」
「分かった、ありがと」
二階の角部屋に着くと、夏樹はそう言って浴室へと向かっていった。
残された伊吹は、取り敢えずベッドに腰をかける。
そして周囲を見渡してから――。
「意外とシンプルで綺麗な部屋」
と呟いた。
夏樹の部屋は、白を基調とした家具が置かれていて、棚もきちんと整えられていた。
だが無機質なんてことはなく、棚の上のぬいぐるみや途中で置かれた宿題を見ると、生活感が感じられて何だか親近感が湧く。
………………。
彼女の家、しかも彼女の部屋。
そんな聖域に居て緊張するのは当たり前で、時間が経つのが長く感じる。
不用意に動けないというのも、原因だろう。
しばらく経ってもなお暇な伊吹は、視線だけで夏樹の部屋を見回す。
本棚を見て漫画が多いなと思っていると、一つだけ棚の上に置かれた本を見つけた。
ここからでは見えないから余計に気になって、伊吹はどんな本かを見るために立ち上がる。
「ぇ……?」
漫画を見た伊吹から、驚きと困惑が入り混じった声が出た。
表紙には、抱き合う二人の女子高校生。
タイトルから考えるに、明らかにラブコメもの。
そこから導き出した答えは……。
「これ、百合ってジャンルの漫画じゃ……」
伊吹はスマホでタイトルを検索してみた。
ググール先生によれば、伊吹の予想は正しかったようだ。
そして、純愛ものらしい。
「やっぱり……。いや、でも、なんで――?」
なぜ夏樹がこの手の本を持ってるんだ?
もしかすると、元々の趣味かもしれない。
でも、わざわざ棚から出してあるし、今の私たちの状況が状況だし、なにか深い理由があるんじゃ……。
伊吹はグルグルと思考を回転させる。
百合漫画と睨めっこしていた、ちょうどそのとき。
「伊吹っ、お待たせ! 何見てるの?」
お風呂上がりのパジャマ姿の夏樹が部屋に入ってきた。
そして、伊吹の目線の先を見る。
「ぁ――」
と、夏樹が気が抜けた声を漏らした。
夏樹の顔はみるみる紅くなっていく。
「ち、違うのっ! いや違わないけど、そのっ! こ、これはっ――!」
見られた恥ずかしさに言い訳をするように、夏樹は声を荒げて言った。
「夏樹、静かにしなさいっ! 近所迷惑よ!」
夏樹が続きの言葉を言う前に、二つ隣の部屋にいる夏樹母からの注意が届いた。
それで夏樹は冷静になって、場が静まった。
「夏樹の趣味なら何も言わないし、いいと思うよ」
悩んでいる夏樹を見て、伊吹は本心を伝えた。
恋人の趣味は共有して一緒に楽しみたい――そんな意味を込めての言葉だ。
「わたしの趣味じゃないんだけど。実は……」
夏樹は細々と話しだした。
「こういうの読んだら、伊吹と付き合うことに自信が持てるかなって思って――」
「……嬉しいっ」
照れながらも伝えてくれる夏樹。
しかも私と付き合うために、意識までをも変えようとしてくれている。
そんな彼女に伊吹は幸せを感じて、笑みをこぼす。
「良かった、喜んでくれて……。読んだかいがあったかな」
夏樹も努力が実ったんだと実感し、感極まって微笑んだ。
/ / /
歯を磨いたりして、寝るための準備を終えた二人。
時刻は午前二時になろうとしている。
「じゃあ、寝よっか」
そう言って、夏樹はベッドに入っていった。
そして自分の横を優しく叩いて伊吹に「伊吹もおいでっ」と伝える。
「あ、あぁ」
伊吹は軽く頷いて、夏樹の隣に並んで寝転んだ。
夏樹がベッドのそばにあるリモコンで電気を消して、あたりは暗くなる。
唯一の明かりは、薄いピンク色のカーテンの隙間から差し込む街灯の光だけ。
「おやすみ」
「おやすみ」
………………。
…………。
……。
寝付けない――。
夏樹が目の前で無防備に寝ていると考えると、目が冴えてしまう。
一方、夏樹も今まさに背後にいる伊吹のことを考えてしまい、寝れない。
「夏樹、起きてる?」
コソッと伊吹が質問する。
「うん、起きてる。不思議と眠れない」
「私も……、夏樹のことを考えちゃって」
「なっ……!」
夏樹は胸が跳ねて、ぐるっと回って伊吹の方を向くと、ちょうど目が合った。
「お願いなんだけど……」
「なに?」
「夏樹を抱きながら寝たい――」
「抱っ……。まぁ、いいけど」
それを聞くや否や、抑えていた気持ちが堰を切ったように、伊吹は夏樹を抱擁した。
もちろん夏樹も抱き返す。
幸せを感じて、二人は目を閉じたまま、自然と笑みがこぼれた。
「私たち、付き合う前からデートとか、恋人繋ぎとかしちゃってたから、これからはもっと特別なことをしたい」
「うん、わたしも――」
「だんだんと、もっともっと仲良くなっていこう」
「やっと伊吹と付き合えたんだもん。これまでの分も、それ以上も、仲良くなるに決まってるよ」
会話がいつまで続いたかは分からない。
だがいつのまにか、二人は寄り添ったまま眠りについていた。
恋人になって初めての夜。
二人の記憶にはしっかりと刻まれた。




