第20話
『これにて、五條花火大会を終了いたします』
アナウンスによって、花火大会の閉幕が告げられた。
放送を聞いた河川敷の人々は次第に帰路についていく。
「人多いから、ちょっとここで待っとこっ」
「うん、そうだね」
伊吹が頷いて応える。
二人は恋人繋ぎをしたまま地面に座って、過ぎる時間も気にせず、お喋りに興じた。
付き合い始めたのに、以前と変わらない空気感。
互いに、ずっと両想いだったからかもしれない。
二十分が経つころには、夏樹と伊吹以外に人はほぼいなくなった。
「そろそろ行こう。これ以上遅くなったら帰れなくなっちゃう」
「そうだね」
夏樹の返事で、二人は腰を上げる。
そして、駅の方面へと歩いていった。
このときも、決して手は離さなかった。
駅に着いた夏樹は、周囲を見渡して首を傾げた。
「あれ……。なんか、人少なくない?」
「ほんとだ。なんでだろう……」
伊吹は駅の壁に貼られた時刻表を確認する。
「今さっき電車が行ったらしいよ」
「あぁ、そういうことかっ」
「ふふっ」
なるほど理解した――と手を打ち鳴らして反応する夏樹に、伊吹は可愛いと思って、笑みをこぼして声を漏らしてしまった。
「伊吹、どうしたの? 急に笑って……」
「いや、なんでもない」
「逆に気になるっ」
伊吹の顔を覗き込む夏樹。
それを躱すように、伊吹はわざと少し大きめの声を出す。
「それよりっ、次は二十分後に来るらしいよ――」
「うぅ、はぐらかされた……」
夏樹は不満そうな顔をして抗議を表す。
夏樹の七変化が、前よりも魅力的に見える――。
そんな伊吹の気持ちは、夏樹には伝わらなかった。
「ダイヤが乱れてるって……」
発車案内の電光掲示板に表示された『人身事故』の文字を見て、伊吹は呟いた。
詳しくは、この次に乗る路線が大幅に遅れているらしい。
私たちが着く前に元に戻っておいてほしい――と思ったが、残念ながらそれは叶わなかった。
結局、乗り換え駅で一時間以上も待って、やっと来た電車に乗り込む。
そして、夏樹の家の最寄駅に向かう最終列車に間に合うことができた。
「良かったーっ、家に帰れないかと思ったよ」
一気に安心が押し寄せた夏樹は、ホッと一息緊張からほぐれた。
一方、伊吹はスマホと睨めっこをしている。
そして、右に座る夏樹を向いて――。
「夏樹……」
「ん? なにっ?」
「私、家まで帰れない」
一瞬空気が凍りついた。
「ぇ……ほんとに?」
「うん、ほんとに。どうしよ……」
絶望の顔を浮かべる伊吹。
それを見ると夏樹は、絶体絶命のピンチなんだと改めて実感した。
伊吹のために、なにをすれば良いんだ――。
夏樹は一つだけ解決策を見つけた。
「伊吹、わたしの家に来る?」
「……ぇ?」
伊吹は少しだけそうなると予想していたのに、いざ言われて素っ頓狂な声を出してしまった。
「わたしの親も伊吹が大変なの知ったら、一つ返事で許してくれるだろうから」
夏樹も大丈夫だと言ってくれているし、他にどうすることもできない――。
自分自身の状況は、伊吹が一番理解していた。だから。
「じゃあ、お邪魔させてもらう」
「うん、分かったっ。一応、お母さんに伝えとくね」
「ありがと。私も連絡しておかないと……」
伊吹は付き合って初日で家に上がり込むのは、イケイケな人がやることだと思っていた。
それだけに、こんなことになるなんて一切思ってもおらず、嬉しいような、怖いような、よく分からない感覚に見舞われる。
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夏樹の最寄駅を降りて、10分ほどの道のりを歩いていく。
ツーツーツー――。
伊吹のスマホから通話を切る音が鳴った。
「分かったって」
「それなら良かった」
伊吹は母から許可を取れたことを伝えた。
ピコンッ――と、次はラウィンの通知音が響いた。
『お姉ちゃん、彼氏の家に泊まるんだ
がんばれ』
スマホを開いて確認してみると、伊月からだった。
伊吹は既読だけつけて無視しておいた。
「着いたよっ」
表札に『栃沢』と書かれた一軒家の前で、夏樹は立ち止まって言った。
「ここが、夏樹の家?」
「そう。あんまり大きくはないけどね」
「そんなことないよ」
実際のところ、伊吹の家とあまり大きさの違いのないぐらいの普通サイズだ。
「リビングの電気は着いてるから、誰かは起きてると思うけど、お母さんかな……」
そう言いながら、鞄から取り出した鍵で玄関を開けた。
「ただいまー」
「お邪魔します……」
靴を脱いで、前を歩く夏樹に伊吹はついていく。
そしてリビングに入っていった。
「夏樹、おかえり。で……――」
夏樹母は伊吹を見ながら、名前が分からないと少し言葉を詰まらせた。
「廣渡伊吹です」
「ひろわたりさん、ね。何回か夏樹から名前聞いてるわ。いやぁ、珍しい名前だね――」
「よく言われます」
伊吹は微笑みながら応えた。
夏樹は母と仲良いんだな――。
私もそうなのだが、夏樹よ同じなんだなと思った。
「やっぱりそうよねぇ。それにしても廣渡さん、人身事故で遅延なんて、大変だったらしいじゃない――」
「それで家に帰れなくて……」
「うんうんっ。私のことは気にせずに、泊まってゆっくりしていってね」
「ありがとうございます」
夏樹母は席から立ち上がり、それじゃあ私寝るわね――と言って、二階へと消えていった。
するとすぐに――。
『お風呂が沸きました』
二人の耳に、そんな声が聞こえた。
「お母さん、お風呂溜めててくれたんだ――。あ、伊吹も入るよねっ」
「うん、入って良いなら……」
「いいに決まってるでしょ」
そして夏樹は何かを思いついたように、伊吹に目線を合わせて、ニヤリとして言う。
「一緒に入る?」
一瞬の沈黙が起こる。
冗談で言ったし、夏樹は否定されると思っていた。
だが、真剣な眼差しで返された言葉は――。
「うん、入って良いなら……」
その言葉に夏樹は心臓が跳ねた。
が、流石にそんな勇気を夏樹は持っていなかった。
「嘘っ、嘘だからっ」
しどろもどろに言う夏樹に、伊吹は「なんだ……」と残念がった。




