03 はじめての宝箱
03 はじめての宝箱
俺は治療所のテントを出たあと、大通りを歩きながら交番を探す。
スリの通報をするためだったのだが、このファンタジーな街では交番は無さそうだった。
駅前まで戻れば交番があるかもしれないと思ったが、途中で衛兵詰所なるものを見つける。
ここだと思い、「すいません」と扉のない建物を覗き込んでみた。
中には、ゲートで声をかけてきた門番と同じ格好をした革鎧の男たちが寛いでいる。
少し早い昼食とばかりに、サンドイッチを頬張っていた。
「なんだよ?」
彼らにジロリと睨まれたが、俺は臆さずに話をする。
「あの、さっき入口のゲートのところで、小学生くらいの女の子がぶつかってきたんです。
たぶんその子に、俺のサイフをすられました」
すると衛兵たちは、口にしていたサンドイッチを吹き出すほどに大爆笑。
「ぶほっ! コイツ、サイフをスラれたんだってよ!」
「ぶふっ! ってことは『入場料』も払ったに違いねぇぜ!」
「げほっ! こんなマヌケな野郎、久々に見たぜ!」
「やべぇ! メシウマなのに、メシが食えねぇ! 面白すぎてぜんぶ吐いちまうよ!」
俺も、そんなには期待していなかった。
たとえこの件を日本の警察でも持ち込んだとしても、スリに盗られたサイフなんて帰ってくるわけがないからな。
しかし被害届の受理どころ話すらも聞いてもらえず、それどころかこんなにもバカにされるとは。
俺は唖然としてしまい、ようやくこの街がどんな所なのかを思い知る。
そうか……ここは日本にありながらにして、日本ではないんだ。
貧民街のさらに奥にあるスラムのような、弱肉強食の場所なんだ。
騙されるほうが悪く、盗られるほうが悪く、弱者は食いものにされるのみ……!
みんなそうやって、したたかに生きているんだ……!
嘲笑を背に、衛兵詰所を離れた俺。
今になっていろんな悔しさが湧き上がってきて、思わず地団駄を踏んでしまった。
「せっかくやり直すためにここに来たのに、全財産を奪われるだなんて……!
くそっ! くそっ! くそっ! くっそぉーっ!!」
俺を取り巻く状況は、前より確実に悪くなっている。
気分も最悪のはずなのに、なぜか最悪じゃないと思った。
アパートで寝ていたほうが遥かにマシなはずなのに、なぜか今のほうがマシだと思っている。
そして、はたと気付いた。
「……悔しいなんて思ったの……本当に、久しぶりだな……。
嫌な感情のはずなのに、こんなにも気持ちがいいだなんて……」
ヤスリのようにギザギザだけど、生きる欲求が剥き出しな、この街の人たち。
ずっと錆び付いていた俺の心が、彼らによって乱暴に磨き上げられたような気がした。
久々に人と触れ合ったせいで、勘違いしているだけかもしれない。
でも今は、その勘違いも悪くないと思える。
「よぉーし、やるぞっ! 俺はこの生活保護ダンジョンで、生まれ変わるんだ! 新しい自分に!」
俺は颯爽と顔をあげ、大通りの奥を見やった。
仲見世のような大通りの向こうには、神殿のような柱がいくつも飛び出している丘がある。
砂塵にくゆる丘、そのどてっ腹には、まるで訪れる人をすべて飲み尽くすような大きな風穴が空いていた。
俺はしっかりとした足取りで、その丘を目指す。
丘に近づくにつれ、風穴から吐き出されるひんやりとした空気を感じた。
ダンジョンの入口はさらに盛況で、ひっきりなしに人が出入りしている。
敷物敷いただけの露店がいくつもあって、出てくる人に客引きが声をかけていた。
「さあさあ、戦利品があるなら売ってくれ! この街でいちばんの高額買取りだよ!」
「ここいらで休憩はいかがですか!? 冷たい飲み物に、マッサージもあるよ!」
「アイテムの補充ならこっちだ! 武器の研ぎ直をサービス中だよ!」
俺は人波に逆らうようにして、ついにダンジョンの中へと足を踏み入れた。
直前で衛兵に、「ここを入るには入場料がいるぞ」と声を掛けられたが無視する。
そうか、利用のしおりを持って歩いているから、ここが初めてだと思われてカモにされるのか。
俺はしおりをリュックサックにしまってから、改めて歩を進める。
ダンジョンの1階はダンスホールのように大きく、真ん中に大きな穴が開いていた。
天井からは、人間が何人も入れそうな檻がいくつも吊り下げられている。
その檻の中にいたのは、戦士や魔法使いの格好をした、まさに冒険者と呼べそうな者たち。
彼らはグループとなって檻の中に入ると、ガラガラと音をたてて穴の中に降下していく。
またあるグループは、ガラガラと音をたてて戻ってきていた。
檻の前に立て札があったので読んでみると、『昇降機 1階につき1000ナマポ』とある。
なるほど、これは異世界のエレベーターのようなものなのか。
有料のエレベーターというのは初めて見たが、危険なダンジョンを歩いて下りずに進めるのなら安いのかもしれない。
いずれにしても俺は無一文なので、穴のまわりをぐるっと回ってダンジョンの奥へと進む。
奥のほうは緩やかな坂道になっていて、『地下1階』という看板があちこちにある。
壁には、ランプのような光る石が埋め込まれているので、視界は良好。
まわりには冒険者の格好をした人が大勢いたので、なんだか修学旅行で遊園地に行って、みんなでおばけ屋敷に入った時のような、不思議な緊張感を覚えていた。
適当にぶらぶらと歩いていると、道は蟻の巣のように枝分かれしはじめる。
冒険者たちは思い思いに横道に入っていく。
人がいる道にいったほうが安全かと思い、グループになっている冒険者たちの後についていこうとしたが、嫌な顔をされてしまった。
そうか。彼らは俺と同じで、稼ぐためにここに来ているんだ。
となると、まわりの者たちはみんなライバルということになる。
ひとりで来てしまって大丈夫かなと思ったが、ここまで来て引き返すのも嫌だったので、誰もいない通路を進むことにする。
土壁に手をついておそるおそる歩いていると、広い部屋に出る。
その部屋の真ん中には、木の箱がポツンとひとつ置かれていた。
「これは……もしかして、宝箱?」
ロールプレイングゲームではおなじみなものだが、実物を見るのは初めてだ。
しかし宝箱といっても豪華なものではなくて、飾り気のない、ただの木の箱だった。
「これ……開けてもいいのかな?」
現代社会だと、落ちている物だからといって自分の物にはならない。
しかしここはダンジョンなんだ。
利用のしおりによると、地面に落ちている物で、所有者がそばにいない物は、取っても罪には問われないそうだ。
俺はごくりと喉を鳴らし、宝箱にしゃがみこむ。
初めての経験だったので、俺は罠があるかもなどとはこれっぽっちも思いもせず、フタに手をかけて開いてみる。
ギギ……ときしむ音をたてて開いた箱の中には、つづりのような紙が入っていた。
『生保ダンジョン駅 往復乗車券』
これは……!? 電車の回数券……!?