04 はじめての戦闘
04 はじめての戦闘
生まれて初めて開けた宝箱、中に入っていたのは思いも寄らぬものだった。
それを手に取って、しげしげと眺める。
「まさか、電車の回数券が入っているとは……!」
ファンタジーな見た目の宝箱には似つかわしくない戦利品だったが、帰りの電車賃もない俺には嬉しいプレゼントだった。
「帰りはどうしようかと思ったけど、これで心配なくなった!
しかも12枚つづりだから、しばらくはここに来る交通費が要らなくなるぞ!」
捨てる神あれば拾う神あり。
俺はいそいそと回数券をリュックサックの中にしまう。
ふと視線を感じて顔をあげると、ちょうど部屋に入ってきた何者かと目があう。
ひと目で人間でないとわかったそれは、緑色の肌をしたへんな生き物だった。
身体は子供みたいに小さいけど、顔はおっさんみたいに老けていてハゲ頭。
鋭く尖った耳と牙があって、絵本とかに出てくる悪魔のような禍々しい形相をしている。
利用のしおりに載っていた、モンスター紹介のイラストそっくりだった。
「あれは……ゴブリンっ!?」
叫んだことで刺激してしまったのか、ゴブリンは「ギャーッ!」とヒステリックな鳴き声とともに向かってきた。
そして俺は今更ながらに後悔する。
リュックサックと一緒に背負っている木刀は、まだケースにしまったままだ。
しまった……!
モンスターのいるダンジョンにいるってのに、なにやってんだ俺はっ……!」
俺は舌打ちとともに、木刀をケースから取り出そうとする。
しかしゴブリンが飛びかかってきたので、とっさにケースで防いだ。
革製のケースの向こう側から、錆びたナイフの切っ先が飛び出してきて、俺の鼻先で止まる。
「う……うわあっ!?」
我ながら情けない悲鳴だった。
俺はナイフをケースごと払いのけながら立ち上がる。
ゴブリンは素早く飛び退くと、鋭い牙を剥いてギャアギャアと威嚇してきた。
ケンカに巻き込まれたことなら何度もあるが、こんなにヤバいと思った相手は初めてだ。
明確な殺意を向けられるのが、これほどまでに恐ろしいとは……!
俺の身体は自然と後ずさっていた。
「に……逃げ……!」
しかし、臆してすくんだ身体は思うように動かない。
相手は身体が小さいだけあってとてもすばしっこく、あっさり回り込まれてしまった。
「ギャアッ! ギャアッ! ギャアアーーーーッ!」
狂ったようにナイフを振り回すゴブリン。
俺は木刀を抜くどころではなく、ケースを盾にして防ぐので精一杯だった。
しかし手の汗で滑ってしまい、ケースを落としてしまう。
「し……しまった!」
と思ったときには、俺の身体はすでに壁際に追いつめられていた。
「ギャァァァァーーーーッ!!」
ここぞとばかりに飛びかかってくるゴブリン。
高く跳躍し、俺の顔めがけて大きくナイフを振りかぶる。
その形相は死神のように恐ろしく、鈍く光る凶刃は命を狩る鎌のように見えた。
俺は恐怖のあまり身体が硬直しきり、壁に磔にされたかのように動けなくなってしまう。
……お……終わっ……た……!
もはや自らの意志では瞼を閉じることもできない。
見開いた目で、迫り来る凶刃を死刑囚のように見つめていた。
……利用のしおりにも書いてあったけど、ゴブリンといえば生活保護ダンジョンでも最弱のモンスターらしい。
そんな相手に殺されるだなんて……。
やっぱり俺は、なにをやっても……。
俺はすべてをあきらめ、最後の時を待っていたのだが、ふとあることに気付いた。
……なんか、やけにゆっくりだな……。
死ぬ前の感覚って、こんななのか……?
そう、世界が急にスローモーションになったのだ。
飛びかかってくるゴブリンの、開いた口から滴り落ちるヨダレまでもが見えるほどに、緩やかになっていた。
さらに不思議だったのは、ゴブリンのまわりにあったもの。
なにもなかったはずなのに、今は黒い花びらが舞い散っている。
その光景は、さながら一枚の絵のようだった。
命尽きる寸前の画家が描いたような、不気味なほどに美しい絵。
俺はその中に、一条の光を見た。
必死に生きようとするゴブリンの、命の輝き……?
いいや、違う……!
「これは……俺の輝きだっ!」
瞬間、世界が動きだす。
俺は刹那のような見切りで身体を横にずらし、ゴブリンのナイフを紙一重でかわす。
ゴブリンは壁に刺さったナイフを引き抜こうと、壁に両足をふんばってもがいていた。
その滑稽な姿が、俺に戦う勇気をくれる。
「そうだ……! 俺はもう、決めたんだっ!」
俺は足元にあったケースを拾いあげ、中から木刀を取り出す。
祖父は整骨院を営むかたわら、斬馬流という剣道の師範をやっていた。
といっても生徒は俺ひとりで、子供の頃はたっぷりとしごかれたものだ。
斬馬流は普通の剣道とは違い、斬馬刀を模した大ぶりの木刀を使う。
木刀には刃こそ無いものの、中には鉄芯が埋め込まれているので、本気で叩きつけたら骨が折れることもあるくらいだった。
血と汗の染み込んだ柄を握りしめると、懐かしい感覚が蘇ってくる。
俺の身体は自然と、斬馬流の下段の構えを取っていた。
それは剣道の下段とは大きく異なる。
相手に向かって、右脚を大きく前に出した大股で立ち、腰の高さに構えた剣を相手に向けるんだ。
なおもナイフを引き抜こうとしているゴブリン。
壁に張り付いている大きなハエのようなヤツめがけ、俺は生きる気力を振り絞った。
「……ちぇすとぉーーーーっ!!」
サーフボードを横薙ぎに払ったような重い一撃が、ゴブリンを叩き潰す。
「グギャァァァァーーーーッ!?」
砕けるような音とともに、ゴブリンの身体に次々と黒い穴が開いていく。
そこから吹き出した黒煙とともに、ゴブリンは蒸発するように消え去っていく。
最後に命の灯を具現化したような光が現われ、俺の嵌めている腕輪の石に吸い込まれていった。
そして静寂が戻ってくる。
壁に残ったコゲ跡のような黒いシミと、床に転がるボロボロになったケース、そして俺の疲労感だけが、小さな激戦を物語っていた。
放ったのはたったの一撃なのに、全ての力を使い果たしてしまったような気分だ。
俺は脱力のあまり、その場にへなへなと崩れ落ちる。
「か……勝っ……た……!」
まるで祝福してくれるかのように、さっき光を吸い込んだ腕輪が輝きはじめる。
俺の目の前に、ホログラムで作ったかのようなウインドウが現われた。
『レベルアップしました!』




