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ツきゆく君との過ごしかた!  作者: はなうた
第五章:ツたえる。
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最終話:ツきゆく君とのこれからは



「そうか……じゃあ、めいりとはちゃんと会えたんだな」


 夕日はすでに山の稜線にひっつき、あたりはいっそう夕暮れの気配。

 今年の文化祭は、一騒動はあれど、なんとかフィナーレを迎えた。

 今は遠くグラウンドの方から、生徒たちの賑わう声が聞こえてくる。


 人混みが苦手な涼介と真殊は、変わらず中庭のベンチに腰を下ろしていた。


「はい……思ってたこと、全部伝えることができました。先輩方のおかげで……あ、ですから、然木先輩のおかげでもあるんです……。ど、どうか怒らないであげてください」

「ああ。僕たちを眠らせたのも、そのためだったんだしな」


 自分まで一緒に眠らされたことには納得できないけど。

 でも今となっては、笑海には感謝しかない。


「でも……柳瀬先輩が私たちを近づけてくれたって。憑いた相手が先輩じゃなかったら、どうなってたかわからないって……めいりちゃんも言ってました」


 だから、本当にありがとうございます。

 真殊はそう言って屈託のない笑顔を向けてくれるけど、涼介一人の力ではどうしようもなかったから。

 ……今度また、アイツの好きな噂話を聞いてやるとするか。まあ、こちらから言わずとも勝手に連発してきそうだが。


「あ、あとですね……へへ、こんなのプレゼントされちゃいまして」

「おいおい……なんだこりゃ」


 脇に置いてあった冷凍マグロを重そうに掲げ苦笑する真殊。

 つられて涼介も頬が引きつってしまう。


 今日の朝、魚屋に寄ったのって、このことだったんだ。

 ようやくめいりの行動の理由が判明した。


「ふふっ。こんなの、一般の家庭で調理できないですよねぇ~」

「問題点はそこなんだっ!? 最後のプレゼントにマグロってことはいいんだねっ!?」

「え? だって、めいりちゃんがくれた物だから、なんだって嬉しいんです」

「そ……そうなのかなぁ」


 そこは、涼介や他の人間にはわからない姉妹の絆というものなんだろう。

 まぁ何はともあれ……


 ……無事に思いを遂げられたんだな、めいり。


 その瞬間は見届けられなかったけど。

 こうして真殊の表情を見ているだけで、涼介も満たされた気持ちになる。


「ところで……」

「え?」

「……あ、ああごめん。なんでもないんだ……」


 つい声に出してしまい、慌てて口をつぐむ。

 しばらく夕闇空に視線をやったあと、気を取りなおして、


(ところで……なんでお前はまだいるんだよ)

(んあ?)


 涼介と真殊……二人のあいだで体育座りしている白い少女にツッコミを入れた。

 涼介たちがやりとりするあいだずっと、その場でニマニマと聞き耳を立てていたのである。


(『んあ?』じゃないよ。お前、未練晴らしたのになんで成仏してないんだよ……)


 めいりが目的を果たしたとなると、涼介もある程度の覚悟はしていた。

 いつその時が来てもいいようにと別れの言葉まで密かに考えてもいた。


 だが、何事もない風にジト目で笑うめいりがそこにいる。

 涼介は心底脱力したのだった。


(幽霊が現世に留まってるってことは、まだこっちでやりたいことが残ってるからよ)

(……なんだよ。まだやりたいことって)


 呆れながらも尋ねてみる。


(そんなの、決まってるでしょ?)


 するとめいりはおもむろに立ち上がり、腰に手を当ててふんぞり返った。


(人生を……謳歌するのよっ)


(結局そこかぁぁぁぁーー!!)

「せ、先輩っ!?」


 涼介は盛大にズッコケた。

 真殊がいるのもお構いなしに、ズッコケざるをえなかった。


「先輩っ!? どどど、どうしたんですかっ!? 大丈夫ですかっ!?」

「だ……大丈夫……じゃないかも」


 涼介は芝生の上で大の字のまま、起き上がれない。


(わたしの人生はこれからなのよ? 当然未練はまだ晴らしてないから……これからもよろしくね、涼介)


 グッとサムズアップする白猫幽霊。

 ようは、自分が人間ライフに満足するまで、めいりは涼介の元を離れないらしい。

 涼介はおいおいと両手で顔を覆った。






 ――帰り道。


 なんとか回復した涼介は自転車を押し、その隣には朽咲姉妹が並んで歩く。

 グラウンドからはオクラホマミキサーが聞こえてきたけれど、やはり喧騒を避けるように、涼介たちは一足先に校舎を後にした。


「まあそんな感じでさ。ここ数ヶ月はずっと憑かれてたんだよ」

「なるほど……では、先輩の近くには、今も?」

「ああ、いるんだよこれが……」

「そ、そうなんだぁ……。め、めいりちゃん? めいりちゃ~ん?」

(ここにいるわよ、お姉ちゃん)

「ここにいるってさ」

「わぁ~……」


 まるでプレゼントを貰って喜ぶ子どものように、真殊は口を開けて感嘆した。


「人生を謳歌するまで、成仏しないんだと」

「ふふ、なんかめいりちゃんらしいです。……うん、よし」

「……ん? あれ、朽咲さん?」


 しばらく歩いていると、足音が一つしかないことに気づく。

 一旦足を止めて振り返ると、少し後方……真殊が胸の前で両手組んで佇んでた。


「私、決めた。……言うよ、めいりちゃん。めいりちゃんがそばにいるなら、怖くない」


 何やら呟くも涼介の耳には届かない。

 ただ、真剣に唇を結ぶ幼い顔を、まっすぐに涼介の方へ向けている。


(頑張って、お姉ちゃん)

(え?)


 そしてすぐ隣で気合いの入った幽霊。

 何事かと首を傾げていると、


「せ、せせせ……柳瀬先輩っ!!」

「は、はいっ!?」


 真殊が叫びの声をあげた。

 今までの彼女にない大音量で、思わず涼介も背筋を伸ばす。


「わ……私、今回のこと……めいりちゃんとのこと、とっても感謝しています」


 握った拳とは裏腹に、足元を所在なさげにモジモジと動かしている。

 普段はくりっとした円らな瞳も、今はぎゅっと堅く閉ざされている。

 夕暮れの下でもわかるほど顔を真っ赤に染めていく真殊。その様子から、さすがの涼介も次の展開を察した。


「えっ? えっと……」

「それと、球技大会の日……あの日初めて見た時から、他の人と違う雰囲気の先輩が気になって……! そ、そそ、それからずっと、先輩の姿を追いかけるようになって……っ」

「……朽咲さん」


 意識すると、途端に汗が吹き出てくる。心臓も鼓膜に響くくらいにバクバクと音を速めてきた。


 だが、たどたどしく言葉を吐き出す真殊の表情は真剣そのもの。勇気を振り絞って、思いを伝えようとしてくれている。


 なのに、自分がテンパってちゃいけない。

 しっかり受け止めて、そして返事してあげないと。

 涼介も一度深呼吸して心を落ち着かせる。


「だから……先輩っ!! 私を……!」


 それまで閉じていた瞳をクワッと開いた。

 かと思うと、その目をぐるぐると回転させ、


「私を……先輩の、弟子にしてくださいっ!!」


 真殊はついに、数ヶ月ものあいだ言いたくて言えなかったことを、目の前の相手に向けて言い放った。


「…………でし?」


 この雰囲気から想像もしなかったフレーズに涼介はひどい困惑に見舞われる。


「はは、はいっ! いつも学校で一人で過ごす先輩に憧れてたんです! 私も先輩みたいに一人で生きる強さが欲しくて……なので!」


 ひとしきりまくし立てたあと、ガバッと上体を折る。


「な、なるほど……」

(ぐっじょぶお姉ちゃん)


 戸惑う涼介の横で、めいりはニヒルな笑みでブイサイン。

 どうやら妹の方は、姉のこの行動を予測していたらしい。


「い、一応、朽咲さんの言いたいことはわかったよ。でも、僕は師匠ってがらじゃぁ……」

「せ、先輩は今までどおりで大丈夫です……! むしろそのままでいて下さい。ただ……」

「ただ……?」


 熱くなりすぎて、目にいっぱい涙を溜めて叫ぶ真殊。

 その勢いは言葉が続くごと、少しずつ尻すぼみになっていく。

 そして、


「せめて、私が勝手に先輩の側にいること……許してくださいませんか?」


 しおらしく、すがるような瞳で見上げられ、思わず涼介の心臓はドキッと跳ね上がってしまった。


(涼介、あなたの負けよ……いや、この場合は勝ちになるの?)

(いやどっちかは僕にもわからん。それどころかもう、何がなんだかわからん……)


 それに、今さらながら思い返せば……。


 突然とり憑いてきためいりとの出会いも。

 その姉である朽咲真殊との出会いも。

 自分を取り巻く然木笑海や陽菜先生……それに石像やら人体模型やら、オカルト少女……色んな人(?)との出会いも。

 そのキッカケも過程も全て、どこかズレていることだらけだ。


 でも……悪くない。


 これからまた面倒くさいことが起こらないとも限らない。

 また変な事態に巻き込まれないとも限らない。


 それでも涼介は、人との関わりを避けていた以前の日常より、このドタバタな今がずっと好きになっていたのだ。


「ど、どうでしょうか……先輩」


 なかなか返事がないことに戸惑ったのか、真殊はおずおずと見上げてくる。

 涼介は息をひとつ飲み込んだあと、吹っ切れたように微笑んだ。


「……わかった。これからもよろしく、朽咲さん」

「わ、わぁぁ……」


 涼介の言葉に、真殊は信じられないという顔で両手を口元に添えた。


「で、では……ごほんっ! や、柳瀬ししょ――」

「――でも師匠とは呼ばないでね……?」

「うーっ……」


 どうやらギリギリで釘を刺せたらしい。

 口惜しそうに見つめられる。

 こういうところは姉妹そっくりだと、涼介はこれまでの数日間で薄々感じ取っていたのだった。


(あ、そうだ涼介涼介)

(ん? なんだめいり……)

(あのね、せっかくだしこれから……ごにょごにょ)

(うん……今からか? う~ん、まぁ予定もないしいいぞ)


 何やら閃いためいり。そのヒソヒソ話に快諾して、涼介は真殊に向き直る。


「朽咲さんって、これから時間あるかい? よかったら、一緒に行きたいところがあるんだけど……いいかな?」

「行きたいところ……ですか? は、はい。家にも連絡すれば大丈夫です、けど……どちらへ?」


 首を傾げて尋ねる真殊に、涼介とめいりは目と目で頷き合う。

 かたや笑顔で、かたやジト目で。


「せっかく……その、一応弟子入りしてくれた記念に……ちょっと軽くお茶でもってね」

「あ……じゃあ……」


 そこまで言って勘づいたのか、ぱっと花が咲くように真殊は破顔した。


「ぜ、ぜひっ! 一緒に行きたいですっ!」

「うん、じゃあ早速行こうか」

「はいっ……て先輩! 歩くの速すぎます~……!」

「え? ……あっ、ごめん!」


 言うなり猛然と自転車を押しはじめる涼介。

 あっというまに真殊との距離を空けていた。

 生まれて初めて、後輩女子とお茶……。そのことに無意識に足早になっていたようだ。


「ふふ、涼介もまだまだヘタ……ヘタレね」

「う、うるさい! なんでいちいちタメたんだよ!」

「はぁ、はぁ、やっと追いついた……。せ、先輩、できればもう少しゆっくりお願いします……!」

「ご、ごめんね朽咲さん……」


 そのままわいわいと肩を並べて、三つの凸凹の影はいつかの約束の場所へと向かう。


「あの、ところで先輩? その隣に浮かぶ白いモヤなんですけど……」

「……え?」


 気づけば、真殊は涼介のすぐ隣を指さしていた。

 何か幻を見たような、そんな表情で。


「な、なんで……朽咲さんが……?」


 涼介は驚いてそのモヤの正体を見やる。そこには意気揚々と腕を振るワンピース姿の少女。


 ちょうど吹きつけた夕暮れ時の風に、糸のように細い白髪(しろかみ)が踊るように舞っていた。



 最後までお読みいただきありがとうございました。

 拙作『ツきゆく君との過ごしかた!』、ここでひとまず完結です。


 実は二部も構想としてあったのですが、まだふわふわしていまして。今作中にもまだ明かになっていない所もあるかと思いますが、書くかどうかも含めてまだ未定です(汗)

 とりあえず、第一部完となります。


 今回、自分の中で「プロット通りに書く」やら「字数は十五万字以内」とか、いくつかルールを決めて執筆していたのですが、そのうちの二、三は達成できました。でも力不足で全部は無理でした(汗)

 以後もっと勉強して、力をつけて、次作の制作に取り組もうと思っています。


 では、改めまして、ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

 またどこかでお目にかかれることを願っております。

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