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エフプロジェクト~クズの血筋と廃墟の眠り姫~  作者: あるまじろ
眠り姫と、ガラクタ使い

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Episode.1

 朝霧が、灰色のスラムを包んでいた。


 アルトは、崩れかけた屋根の隙間から漏れる朝日に目を細めながら、ねぐらである廃バスの中で起き上がった。


「……今日も、特に何もないか」


 ポケットの中の硬貨を数える。三枚。これで今日のパンが買えるかどうか、というところだ。


 外に出ると、スラムはもう動き出していた。


 マギー・ライヒ——魔法の国。その名にふさわしい煌びやかな景色は、ここには欠片も存在しない。中央区の方角から漂ってくる甘い花の香りの魔法と、スラムに染み付いた油と埃の匂いが、見えない壁のようにくっきりと分かれている。


 水路の掃除をしている老人たちの横を、宙に浮いた箒が一人で掃除をしながら通り過ぎていく。誰かが魔法で動かしているのだろう。荷物を運ぶ青年は、腕に紋章を光らせながら、木箱を軽々と持ち上げていた。


 魔法が使える者にとって、生活のすべてに魔法が溶け込んでいる。


 そして、アルトのような——魔法が使えない者にとっては、その全てが「持っていない者」を映し出す鏡だった。


「おい、見ろよ。今日もガラクタ漁りか?」


 市場の入り口で、数人の少年たちがアルトに気づいて笑った。手のひらに小さな炎を灯したり消したりしながら、見せつけるように笑っている。


「『クズ』のくせに、毎日よく働くよなぁ」


「働かないと飢え死にするからだろ。魔法が使えないって、本当に可哀想」


 くすくすという笑い声。アルトは何も言わず、ただ目線を逸らして通り過ぎた。ポケットの中で、知らず知らずのうちに握った拳が、いつものように、あの布を掴んでいた。


 言い返したところで、何も変わらない。これが、生まれてからずっと続いてきた当たり前の景色だ。


 市場の屋台のおばさんが、アルトに気づいてパンを一つ、無造作にカウンターへ置いた。


「……今日は、これしか残ってないよ。硬貨は、二枚でいいから」


「……ありがとう、おばさん」


 数少ない、アルトに優しくしてくれる大人の一人だった。受け取ったパンは硬くて、お世辞にも美味しいとは言えない。それでも、空腹を満たすには十分だった。


 パンを齧りながら、アルトはスラムの外れ——機械大国アイゼン・ヴェルトとの境界に近い、廃墟地帯へと足を向けた。


 ここは「危険区域」とされている。壊れた機械が徘徊し、時折、廃棄された旧型の機械同士が縄張り争いで暴れることもある。だが、その分、誰も寄り付かない。


 そして——アルトにとっては、唯一「クズ」であることが関係ない場所だった。


 古びたビルの隙間に手を伸ばし、錆びついたパネルに触れる。


 その瞬間、頭の中に流れ込んでくる。


 配線図。稼働ログ。エラーコード。まるで設計図を直接読んでいるような、奇妙な感覚——アルトが生まれた時から持っている、唯一の「異質な力」だった。


「……このパネル、まだ使える部品が残ってる。バッテリーセルと、制御チップ……」


 魔法ではない。「クズ」のアルトが、唯一持っている能力。機械に触れれば、その内部構造のすべてが「視える」。


 壊れて捨てられた機械から使える部品を回収し、修理屋に売る。それがアルトの収入源だった。魔法が使えなくても、これなら誰にも文句を言われない。


 ふと、ポケットの中の小さな布の塊に、指が触れた。


 取り出してみる。古びた、片方だけの手袋。


 ところどころ解れているが、丁寧に編まれた跡が分かる。手のひらの部分には、見たことのない不思議な紋章のような刺繍——アルトには、それが何かは分からない。


 ただ、これだけは知っている。


 両親の、唯一の遺品だということを。


「……」


 アルトは小さく息を吐き、手袋をポケットに戻した。両親のことは、ほとんど覚えていない。物心がつく前に、二人ともいなくなった。誰かが「死んだ」と言っていたのを聞いたことがあるだけだ。


 考えても、答えは出ない。今日も、ガラクタを集めて、生きていくだけだ。


 アルトは廃墟の奥——立ち入りを禁止する看板が朽ち果てて読めなくなっている、より深い区域へと足を踏み入れた。


 その先に、何があるのかも知らずに。


***


 崩れたビルの間を縫うように進むと、空気が変わった。


 より深い区域は、瓦礫の密度が増し、植物に飲み込まれた建物が増えていく。普段アルトが活動するエリアよりも、明らかに「人の手が入っていない」場所だ。


(このあたりは、来たことなかったな……)


 警戒しながらも、好奇心が勝った。手つかずの廃墟なら、まだ回収されていない部品があるかもしれない。


 崩れた壁の隙間から、巨大な構造物が見えた。半分土に埋まった、円柱型の何か。アルトはそちらへ近づこうと足を踏み出す。


 その時——


 ガチャン、と鋭い金属音が響いた。


「……っ!」


 反射的に振り返る。瓦礫の山の向こうから、赤い光がゆっくりとアルトを捉えていた。


 二足歩行型の戦闘機械——旧式とはいえ、廃墟の機械の中では明らかに格上の個体だ。胸部のセンサーが赤く点滅し、両腕のアームが甲高い駆動音を立てて展開する。


(やばい……っ、警備用の機体かよ……!)


 アルトは咄嗟に踏み込んだ足を引き、後ろへ飛び退いた。


『侵——入者。排除——対象』


 機械的な音声が響いた瞬間、機体の腕が一閃した。


 ヒュンッ、と空気を切る音。アルトの数センチ横を、何かが通り過ぎる。瓦礫が爆ぜるように吹き飛んだ。


「うわっ!」


 考えるよりも先に、足が動いていた。


 全力で走る。背後から、重い駆動音と振動を伴う足音が追ってくる。明らかに速度はアルトより上だ。


(このまま走っても、追いつかれる……っ!)


(触れれば——止められる。でも、あの速度で追いかけてくる機体に、触れる隙なんてない)


 戦えない。逃げるしかない。アルトは咄嗟に近くの崩れたビルへ飛び込み、瓦礫の隙間をすり抜けるように進路を変える。狭い場所なら、大型の機体は入ってこられない——はずだ。


 背後で何かに引っかかったような音と、苛立たしげな駆動音が響いた。読みは当たったらしい。


 だが、安心する余裕はない。アルトは息を切らしながら、瓦礫と瓦礫の隙間を這うように進んでいく。


 しばらく進んだところで、機械が壁を破壊する重い音が響いた。


(くそ、こっちに回り込むつもりか……!)


 アルトは方向を変え、より狭い、人がぎりぎり通れるくらいの通路へと潜り込んだ。指先が壁に触れるたびに、機体の振動が伝わってくる。三メートル——二メートル——まだ来る。手も足も、すり傷で血が滲んでいた。


 どれくらい走ったか分からない。


 気づいた時には、駆動音は遠ざかっていた。


「は……っ、はぁ……っ……」


 アルトはその場に座り込み、壁に手をついた。振動がない。

 駆動音も、聞こえない。


 ようやく顔を上げて、周囲を見渡す。


 そこは、これまで見たどの廃墟とも違う場所だった。


 半分崩れた天井から差し込む光が、埃の積もった広い空間を照らしている。壁には見たことのない言語のような文字が刻まれ、床には円形の模様——まるで何かの「儀式場」のようにも見える。


 ふと、ポケットに手が触れた。手袋の感触。


(……この模様、なんか)


 壁に刻まれた文字と、手袋の刺繍。似ている——気がした。暗くてよく見えないだけかもしれない。


 なぜか、ゾクッとした。アルトは無意識に、手袋をポケットの奥へと押し込んだ。その考えを深く追いかけないまま、空間の中央へと目を向けた。


 そして、その空間の中央に。


 ガラスのような半透明のカプセルが、静かに置かれていた。


「……何だ、これ」


 アルトは恐る恐る、立ち上がってカプセルに近づいた。


 大きさは、人がちょうど収まるくらい。表面には薄く埃が積もっているが、内部は奇妙な光を保っている。淡い青白い光が、規則的に点滅していた。


(こんなもの、見たことない……壊れてる機械とは、違う……)


 今まで見てきたどの機体とも、構造が違う。アルトはゆっくりと手を伸ばし、カプセルの表面に触れた。


 その瞬間。


 いつものように、頭の中に情報が流れ込んでくる。


「……っ、これは……」


 いつもとは、明らかに違う。


 膨大な情報量が、一気に押し寄せてくる。今まで読み取ってきた配線図や回路図とは、質も量も全く違う。


 ——生命維持システム、稼働中。

 ——内部環境:安定。

 ——対象の生体反応:良好。

 ——保存期間:(桁数が多すぎて、読み取れない)


「……っ、なんだよ、これ……」


 今まで触れてきたどの機械とも、比べ物にならない。アルトの能力でも、すべてを読み切れない——情報の密度が、明らかに桁違いだった。


 それでも、一つだけ分かることがある。


 このカプセルは、「誰か」を、とても長い時間、生かし続けている。


 アルトは、カプセルの中をじっと見つめた。


 薄く積もった埃の向こう、淡い光に包まれて——人の形をした誰かが、静かに眠っていた。


「人が……寝てる……?」


 淡い光が、規則的に揺れている。確かに、何かが——動いている。


 (こんな場所に、なんで眠っている人がいるんだ。)


「……なんで、こんなところに」


 得体のしれない緊張と、奇妙な好奇心が、アルトの中で入り混じる。


 気づけば、アルトの手は、カプセル表面にある操作パネルらしき部分に、そっと伸びていた。


***


「……っ、固い……!」


 パネルに触れた瞬間、再び情報が流れ込んでくる。だが、今までの「視るだけ」とは違う。


 ロック機構。認証システム。何重にも重なった、見たこともない複雑な回路。


(こんなの、今まで触ったどの機械とも違う……っ、けど……)


 アルトは奥歯を噛んだ。普段は「視る」だけの能力を、無理やり「操作」の方向へねじ込む。


 パネルの中の回路に、自分の意識を割り込ませるようなイメージ。やったことのない感覚に、頭の奥がズキリと痛む。


「ここ……いや、ここの認証を、こうやって……っ」


 額に汗が滲む。一つの回路を書き換えるたびに、別の場所でエラーのような反発が起きる。まるで、カプセル自体がアルトを「異物」として弾こうとしているようだった。


(くそ……っ、もう少し……!)


 遠くから、重い駆動音が近づいてくるのが聞こえる。さっきの戦闘機械が、こちらに気づいたのかもしれない。


 焦りが、逆に集中力を引き上げた。アルトは最後の回路に意識を叩き込む。


 ——カチッ。


 軽い音と共に、パネル全体がふわりと光を失った。


 カプセルの表面に、無数の細い線が走る。プシュッ、と空気が抜けるような音がして、カプセルがゆっくりと、二つに割れるように開いていく。


「……開いた……っ!」


 白い蒸気のようなものが、カプセルの中から溢れ出した。


 アルトは咄嗟に駆動音のする方向を見やる。まだ少し距離はある。だが、安心はできない。


「な……っ、なあ、起きて……!」


 アルトは少女の肩に、そっと手をかけて揺すった。


「ここにいたら、危ない……っ。早く起きてくれ……!」

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