:07
【晴れときどきくもり、つごうにより回想 その五】
何日かすぎてからの、たぶんお昼すぎくらいだったと思う。
―ほう。珍しいな
お狐さまの言葉で顔を上げ、その視線を追いかける。
「ああ、お天気雨」
久しく出会っていなかった。少ない記憶のなかでは、小学校低学年以来じゃないかな。
―別の言いかたを知っているかな?
「ああ… なんだっけかな。前に調べたけど…」
お狐さまの表情はなんとなく、さみしそうな感じにも見えた。
―そんなことより
「うん」
その先に続く言葉を、きっと僕はわかっている。それでも聞くのには、だいぶ覚悟がいる。
―来週、満月だが
「…うん」
―準備はよいのか?
「…大丈夫、だよ」
―うむ。万事抜かりなくな
ようやく、僕たちの契りのときがやって来る。僕は大きくうなずいて、その返事とした。
・
―連休というのはカレンダーに赤い数字が続くってだけのことよ
そんなふうにざっくりと教えてくれたのは、やはりその語尾から言って母親なのだろうとは思うのだけど、それは僕のたんなる思いすごしと記憶の改ざんで、父親が乱暴に言い放ったようにも感じられる。いずれにしてもふたりの親が満足に休みを取れず、また連休を忌み嫌うような仕事に就いていたと知ることになった、後々のことではあるけれど。
僕は、お狐さまがどんな仕事をしているのかを知らない。どんなことをして、どんなことをしていないのか、そのときどんな顔を見せてくれて、どんな顔を見せてくれないのか、まったく知らないし、わからない。気にならないのではなくて、知ることが怖いのかもしれない。それだけの覚悟を、僕はまだ手にしていない。そんな僕がお狐さまと契りを結ぶことが、果たしていいことなのか、考えてしまう。僕の少ない経験上、この手のことは考えたところで結論には到底、達することがない。それをわかっていて、でも僕は、やっぱり考えてしまう。
―教えてはやれぬが、食べているものなら教えてやれんこともない
「うん。教えて」
―教えるというか… そうだな、今度、食べに行ってみるか
そのお店はマグロ専門のお店で、その名もズバリ「まぐろ屋」。そのまんますぎて潔い感じに、入る前からすでに好感触。
―うむ。今日はアタリのようだな
「そうなの?」
―うむ。しかしな…
「何か問題でもあるの?」
―いや、なんでもない。入るとしよう
「…うん」
ふたりにしては少々、狭いかもというようなテーブル席が、僕にはかわいく思えた。座って、店員さんが来て、僕に「いらっしゃいませ」と言って、お狐さまには「いつもありがとうございます」と言って。そんなに来てるんだあ、と僕の知らないお狐さまを想像して、ちょっぴりさみしくなって。
「日替わりでよろしいですかね?」
―うむ。ふたつな
「かしこまりました」
運ばれてきたお膳はとても豪華で、メインのほほ肉のからあげ、マグロの山かけ、里芋の煮もの、みそ田楽、ほうれんそうのおひたし、きゅうりの漬もの、そして、ごはん、みそ汁。小鉢の多さに胸が弾んだ。
―このマグロのほほ肉のからあげが絶品でな
やわらかく、ごはんがすすむ味だった。
「困っちゃうなあ。ごはんが足りないや」
―そこなのだよ
「何が?」
―おいしすぎてごはんが足りなくなってしまう。しかし、ごはんのおかわりは自由ではないときてる
「ああ…」
―それがこの店の唯一の欠点らしい欠点のようなものだ
最後、お茶まですっかり飲み干し、僕たちはそのお店をあとにした。




