招集
「ゲイン。ねー、ゲイン。ゲインー。ゲーイン!」
ガチャリと玄関の扉を開けて、だだっ広い白ばかりの空間に入る。扉を閉めると、玄関だったそれはなにも無かったかのように消失した。
七つの椅子を備えた円卓。アインスの呼びかけに応えて中央の間に、先客は一人だけだった。
「ねー、ゲイン聞いてよ! ゲインゲインゲインー!」
白き羽もつエマ。今日は王のマネをしているのか冠を被っているようだが、威厳みたいなものは皆無だな。身体が小さいせいで子供の遊びのように見えてしまう。
呼びつけた当人を含む他の五人はいない。いったいなにをしているのだろうか。
「聞いている。さっきからなんだ、エマ」
「アタシの世界、魔王が生まれちゃったの!」
……今回呼ばれたのはその件かな。
「魔王ってなんだ? 聞くからに厄介そうだが」
円卓の椅子に座る。いつもの定位置。アタラクタの隣で、エマのほぼ向かいの場所だ。
エマは自分の席には向かわず、羽で飛んで僕の目の前、円卓の上に乗る。
「悪い奴! それですっごい強い力を持ってるの!」
「はあ……それで? どう悪いんだ?」
「破滅思想で次々と強力な配下をつくって星をメチャクチャにしてるの! というかゲインの世界で生まれた概念でしょ! なんで知らないのっ?」
うちにはそんな、焦るほどヤバいのいないけどな。ああ、人間たちの創作物とかに似たようなのが出てくるのか? エマはそういうの好きだからな。
まあ、原因は明白だ。
「お前が余計なことばかりするからだ。反省しろ」
破滅思想のある者が発生することは、まあまあ起こる。だがそれが規格外の力を持ってしまったのは、ひとえにエマが手を加えすぎて歪みが出ているからだろう。
マナと呼ばれるエネルギーの追加。やり過ぎな生物種の多様性促進。気に入った個体への、奇跡という名の権限乱用。
それだけやってたら変なものが出てきてもおかしくないだろうに。
「ゲインのとこみたいになんにもやってないとことは違うの! アタシのはいろんな可能性を試してるの!」
「そうか試した結果が滅亡なんだな。参考にさせてもらうよ」
「諦めないでー! なんとかしてぇー!」
呆れるほど手を入れているんだから、今回も自分でなんとかすればいいだろうに。
「なんとかもなにも、原因が判明してるなら簡単じゃないか。その魔王って個体の寿命でも削ってやればいいだろ?」
「それが、そいつはアタシの力を受け付けないの」
ほう?
「君の力の干渉を受けないのか? 君の世界の住人なのに?」
「そうそう。情報にアクセスできないわけじゃないんだけど、改竄できなくて。もー、どうしよー!」
「ずいぶんなイレギュラーだな。看過してもいいが……」
おそらくエマが干渉しすぎたせいだろう。どれだけ上手くやっても、弄れば歪みができるものだ。
エマのところは修正に修正を重ねてその修正でできた歪みをさらに修正するなんてやっているから、かなり変なことになっている。もはや彼女でもすべては把握し切れていない。
歪みは時間をおけば直っていくものだが、彼女はそれを待てない性格なのだよな。
「まったく騒がしいことだねエマ。君のところのゴチャゴチャした世界の危機など当然の帰結だニャ。この際だ、我のように整然とした世界にするといいんじゃないかニャ?」
ポフ、と。僕の頭の上になにかが乗った。声からして茶虎の猫だろう。
「はー! 人類嫌いで絶滅させちゃっただけのトコに言われたくないよ! 弱肉強食だけのつまんない世界なくせにさ!」
「ビックバン後の宇宙拡大を眺めて暇を紛らわせてたころを思えば、知的生物の営みは複雑すぎるニャ。それに人間なんかのさぼらせていたら、せっかくの世界が破滅に向かってしまうに決まってるからニャー」
「どこも破滅なんてしてないじゃない! ていうかそうやって極端な思考に走ったせいで変化の乏しい世界になっちゃったから、ドンドン巨大な生き物つくって遊んでるの知ってるんだからね!」
僕の頭の上に乗ってるのは、ベルディラット。角の生えた茶虎の猫だ。
我々に似た形を与えた人類を嫌い、自らの世界では絶滅させ、己もその形を捨てた変わり者。
エマはつまらないと評するが、僕はあれはあれで面白いと思っている。人類がいない世界を運営するのはベルディラットのみだし。……とはいえ、本当にたまに覗き見る分にはいい、くらいだが。
「そうそう、エマの言うとおりよ。ベルディラットは極端すぎるわ」
上機嫌な声と共に四人目が到着する。
「本当に……人類を駆逐するなんて、なんてもったいないことをしたのかしら。人がいないなら、あなたの世界でつくられたお酒が味わえないじゃない」
「中央区にまで酒樽を担いで来るなよ、チャルルン」
「あらゲイン、知らないの? 酒は命の水と言うのよ。なら、切れたら自己崩壊しちゃうでしょう」
現れたのは褐色の肌をした、豊満な女性の姿をした同僚だった。彼女は妖艶に笑いながらデカい樽を片手で持ち上げると、直接口を付けてゴクゴク飲む。……豪快だな。
チャルルンは快楽をコンセプトに置いた世界を運営している。つまり飲む打つ買うの世界だ。
彼女は我々の中で最も人類を愛している。ヒトを愛し、ヒトの作ったモノを愛し、それらに溺れもがくヒトの愚かさを愛する。そして、壊れていく様を愛する。
「人類が発明したものは面白いし、僕も好きだけどな。酒はよく分からない」
「不味いよねー。アタシは葡萄のジュースの方がいいな」
「我もそこはエマに同意するニャ。葡萄のジュースはいい。それをワインなんて渋くて変な味のするものに変えてしまうのはヒトの愚かさニャ」
「あなたたち、初期のしか知らないでしょう。わたしのトコで醸造されてるのはいいわよ。天上の美酒っていう呼び方が追いついてきた感じなんだから」
僕は最近のも飲んだけどな。現地で最上級のやつ。
初期のころと比べればたしかに味は良くなっていたが、好みではなかった。緑茶の方が好きだ。
「遅れてすみません。もうみんな揃ってますね」
僕らを呼び出した当人がやっと来た。背筋がしっかりと伸びた、銀縁眼鏡の老人の姿。髪も髭も白く、肌に深いシワを刻んでいる。
この集団のリーダー的存在。最初に生命が発生した宇宙の運営者であり、その生命の分岐の一本を僕らと似た形……ヒトの形に誘導した者。
先駆者アインス。
それがあまりに面白そうで、僕らはこぞって彼のマネをしたものだ。……各々の色を付け加えて。
「みんなじゃないよ、アインス。まだ二人来てないじゃない」
「ハハハ、あの二人はどうせ来ませんよ、エマ。遅れてきた私が言うのもなんですが、集合時間はすでに過ぎています。もう始めてしまいましょう」
まあ残りの二人は来ないだろうな。一人は面倒くさがりで、一人は僕らを嫌っている。
「それで? 今日はどんな議題で僕らを呼んだんだ、アインス」
「私たちの悩みなど一つしかありませんよ、世界創造のゲイン。運営する宇宙、数多ある銀河のうちの一、青き惑星に発生した生命たちの悩み事です」




