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マテリアル・コネクト~デカ女と少年の異質狩りの日々~  作者: あまみや
幕間「少年とお姉さんの生活スタート」
16/17

16.アタシらの仕事

 汗を流し終わり、バスルームから出た少年は、緑青子に体を()かれていた。

 緑青子は少年の身長に合わせて(かが)み、優しくしっかりとタオルを当てる。待機していたクーちゃんも触手にタオルをくっつけ、拭くのを手伝ってくれた。


「おー、肌スベスベだなぁ少年、髪もきれい。うらやましい限りだよ」


 顔を近づけ、まじまじと自分を見つめる緑青子。「若いっていいなー」などとぼやく彼女であったが、少年にとってはそんな彼女こそ美しい存在であった。


 強くて、美人で、優しくて、距離が近くて、デカい。そんなお姉さん。それが少年から見た赤崎緑青子(あかざきみおこ)だ。そのお姉さんと、少年はこれから一緒に過ごすことになる。

 今後を想像し、少年は期待に胸を(ふく)らませるが、肝心の緑青子はどこまでもマイペース。


「あっ! 少年の着替え用意してねえ!」


 純真な想いを芽生えさせている少年をよそに、緑青子は「どーしよどーしよ」と慌てる。


「上はとりあえずアタシのシャツを……うわでっか! ぶかぶかじゃん。え、アタシこんなデカかったっけ? まあしゃーないからこれで我慢してくれ少年。そんで下は……アタシの……ってわけにはいかないよな」

「さっきまで履いてたやつでいいよ」

「そうするしかないな。ごめん少年、今度買っとくからさ」


 頭をガシガシと()く緑青子に、少年は(あき)れるばかりだ。でも、こっちのお姉さんの方が見ていて落ち着く、とも思っていた。


 なんだかんだで着替えも終わり、次は昼食をとることになった。

 少年は大きすぎるシャツの(そで)をズルズルと引きずりながら、緑青子と共に施設の通路を歩く。


 途中ですれ違う職員の人たちは皆、初めて会う少年にも、にこやかに挨拶(あいさつ)をしてくれた。デカ女、謎の力を持つ少年、空飛ぶメンダコ、そんな奇妙な組み合わせも、ここでは当然のように受け入れられる。理由は単純、それ以上に奇妙なもので(あふ)れかえっているからだ。


 ぶかぶかの服を着て、保護者の横をペタペタ歩く少年の姿は、地下施設に吹く一筋の清涼剤ですらあった。


「人気者だな少年。ま、セシルには負けるけど」

「セシルさん?」


 通路をしばらく歩けば目的地が見えてくる。コネクトの社員食堂だ。今はちょうどお昼時、どこを見渡しても食事をしている人の姿が目に入る。


 そんな中でも一際(ひときわ)大きな人だかりがあった。その中心には、眼鏡をかけた金髪の女性が。

 緑青子の上司、セシル・秋巳(あきみ)・フォンテーヌがそこにいた。


「す、すごい……」

「だろ? あれがセシルの実力よ。あいつには(かな)わないぜ、少年」


 セシルはひっきりなしに声をかけてくる男たちを鮮やかにいなし、(はし)を進める。可憐(かれん)な笑顔の中で、若干眉間(みけん)にしわが寄っていた。


 相変わらずの人気ぶりに苦笑しながら、緑青子はセシルの元へ向かっていく。2メートルの大女がズカズカと歩けば、特別なことをせずとも道が開いていった。


「おはよセシル」

「おはよミオちゃん、もうこんにちはの時間だけど。御子(みこ)くんもおはよう」

「おはようございます」


 少年は礼儀正しくペコリと頭を下げる。セシルの眉間から、しわがスッと消え失せた。


「今日は何食べてんの?」

「ん? ああこれね、今日から追加された新メニュー」

「へー、どれどれ…………ッ!?」


 セシルが食べていたもの、それは緑青子の記憶に深く焼き付いた、忘れたくても忘れられないもの。

 刺身をたっぷり乗せた海鮮丼に、黒光りする謎の物体が混ざった料理。


「なんで古炭久(こずみく)丼がここにあんだよ……!?」

「山田さんが作ってくれたの。なかなかおいしいわねコレ、ミオちゃんがあれだけ(すす)めてたのもわかるわ」

「いやいやいやいや、材料知ってるだろ! ダゴンだよダゴン! まさか回収した肉片提供してんのか!? 管理はどうなってんだ管理は!」


 食堂がざわつく。


 緑青子は慌てて厨房へ駆け寄る。そこでは、古炭久村で〈おかえり食堂〉を経営していた食堂のおばちゃん――山田さんがせわしなく動いていた。


「おばちゃん! なんだよアレ!」

「あら緑青子ちゃん、こんにちはぁ」

「何考えてんだアンタ! ダゴンを食った人間がどうなるか、アンタが一番わかってるだろ!」

「はい止まって止まって、ミオちゃんよく見て」

「あ? セシル?」


 ものすごい剣幕でどなる緑青子の後ろへ、セシルが少年を連れてやってきた。セシルはモグモグと口を動かし、丼を緑青子に差し出す。


 緑青子は嫌な記憶を振り返りながら、その中身をしっかりと見た。ダゴンを食べてしまった経験のある緑青子だからこそよくわかる。そこに入っているのは、ダゴンではなかった。


「これ……昆布(こんぶ)か?」

「そ、マグロの昆布巻き。山田さん仕込みの」


 確かに黒光りこそしているが、よくよく見ればそのツヤは、あのおぞましい色味ではない。しっかり煮込まれた昆布の色に見える。


「御子くん、ちょっと食べてみる?」


 まだ疑っている緑青子を放って、セシルは少年に丼を見せる。

 慣れ親しんだおばちゃんの手料理の香りが、少年の鼻腔(びこう)をくすぐった。


「食べたい!」

「じゃあ……はい、あーん」

「あーん」


 セシルは自分の丼から昆布巻きを取り出し、少年の口へ運ぶ。数人の男性職員が、周りで馬鹿みたいに口を開けていた。


「おいしい!」

「マジか……」

「御子くんのこと疑ってるの? ミオちゃん」


 セシルの問いに、緑青子は表情をひきつらせた。()しくもその問いは、緑青子が風呂場で少年に聞いた〈信頼〉についてと重なる部分があった。


「信じるよ、信じるに決まってる。よく考えたらおばちゃんだって、悪事を働く人じゃないし」


 少年も、セシルも、おばちゃんも、みんなが笑顔になる。


「緑青子ちゃん、注文は?」

「そんじゃ、古炭久丼ふたつ」


 自分と少年の分を注文し、ホッと一息。


「そういや、おばちゃん大して寝てないんじゃないの? いきなり働いて大丈夫?」

「それがねぇ、何かしてないと落ち着かないのよ」

「いきなり環境変わったらそりゃ落ち着かねーか、確かにおばちゃんは、こっちの方が元気出るかもね。結局ここでもおばちゃんは〈食堂のおばちゃん〉なわけだ」


 にしても古炭久丼まで再現すんのはやりすぎだろ、と笑って悪態をつく。

 しばらく待って出てきたのは、何とも美味しそうな海鮮丼だ。


「はい緑青子ちゃん、御子様」

「サンキューおばちゃん」

「ありがとう」


 緑青子と少年はお(ぜん)を受け取り、セシルと一緒に席へ戻る。


「はービビったビビった。セシルが魚人になっちゃうかと思ったよ」

「山田さんのいたずらに一本取られたわね」


 緑青子は座るなり「いただきまーす!」と声を上げ、マグロの昆布巻きごと飯をかきこむ。


「ゥンまああ~いっ」


 緑青子は大げさなリアクションで食らいつき、その横で少年がもくもくと食べ、そばで浮かぶタコにも分けてあげている。全くもって対照的な2人だが、この2人が並んでいる姿は絵になった。


 あっという間に平らげ、緑青子はさっそく「おかわり!」と席を立った。黒髪を(ひるがえ)し厨房を向く彼女は、まるで男子小学生のようであったが、持ち前の美貌と威風堂々たる勢いにより、ガキっぽさどころか大人の女としての魅力すら(ただよ)わせていた。


 そんな彼女の雰囲気をぶち壊しにする声が響く。


「ああ~ッ! おかわりかァーッ」

「食べちゃうんですかあーっ?」

「読み間違えたか……」


 職員の男たちが数名、恨めしそうに頭を抱えながら近づいてくる。


「な、なんだよ、食べたら悪いかよ」


 何事かとうろたえる緑青子を素通りし、彼らはセシルの元へ集まった。


「はい、私の勝ち。そうですね……それじゃあ、今月の社食の支払いはそっちでお願いしまーす」


 セシルは嫌味っぽく微笑(ほほえ)んで、彼らの頭をペシペシ叩いていく。


「セシル? 話が見えないんだけど」

「見ての通り()けてたのよ、ミオちゃんの反応を」

「アタシの?」

「まず、〈この再現された古炭久丼を見てブチ切れるか〉、そして〈おかわりしちゃうか〉、負けた方が何でも言う事を聞く」

「……お前さあ、親友をそんな材料に使うなよ」


 セシルはクスッと笑い、「だって、勝てそうな勝負だったから」と目を細めた。


「ミオちゃん、最近ダイエットしてるっていろんな人に言ってたじゃない」

「そうだよ」


 じゃあなんで〈おかわり〉なんですかあーッ、という声が(となり)から聞こえたが、緑青子は無視した。


「みんなそれを知ってたから、この人たちはおかわりしない方に賭けた。でも私は昨日の仕事でミオちゃんのオペレーターやってたから、ミオちゃんが山田さんの料理に負けちゃうって確信してたの。おいしいもんね、この料理」

「きったねえ。つまりあれだ、自分が圧倒的に有利なことを知ってたくせに、ハンデもつけずにこいつらをハメた」

「ふふふ、でも怪しまなかった方も悪いのよ? おかわりの件はともかく、〈古炭久丼を見てブチ切れるかどうか〉なんて内容、どう考えてもおかしいでしょ? 私はちゃんとヒントも出してました」

「確かにそうだけどさ……昨日の出来事を知ってる人は別として、何も知らない人が聞いたら意味不明すぎる……ただの海鮮丼見てキレるかどうかなんて、賭けも何もあったもんじゃない。裏があると見るべきだ……いやでもやっぱ汚ねえぞお前」


 意外にも緑青子が男たちの肩を持ったので、賭けに負けた連中は少しばかりの希望を抱いた。が、それも(つか)の間の話。


「まあどうせ、何でも言う事を聞くってのに目がくらんで頭回んなかったんだろうけどな! セシルはクソ女だけどお前らにも同情の余地はなし!」


 きっぱり言い切って、緑青子は当初の目的であるおかわりをするため、もう一度厨房の方を向いた。


 そのそばで、気恥ずかしそうにする子どもがひとり。


「あ……えと……」

「遠慮しなくていいのよ御子くん、お金はこの人たちが払ってくれるから」

「おっ、少年もか? 良いじゃん良いじゃん、いっぱい食べてコイツら破産させようぜ」


 ちゃっかり少年の分まで賭けに上乗せしたセシルだったが、文句を言う者は誰もいなかった。


「いただきますっ」



 ~~~~~



 たっぷりと昼食を食べ、緑青子も少年も大満足。


 お昼時のピークを過ぎた食堂は、すっかり人もいなくなり、残っているのは緑青子たちのグループくらいのものだ。


「ふう~、一段落ねぇ」

「おばちゃんお疲れー」

「村にいた頃も忙しくしてたけど、ここはもっと大変よぉ」


 おばちゃんは、つい昨日までの出来事を懐かしむようにお茶を飲んだ。


 緑青子、少年、おばちゃん、セシル、このメンバーで集まっていれば、自然と話題は古炭久村のことになる。

 最初に聞いたのは少年だった。


「セシルさん、古炭久村は、これからどうなるんですか?」

「そうね、ひとまず残った住民はそのままに、表向きは近隣の市町村に合併(がっぺい)されることになります。でもこれからは、自治体の活動の裏で私たちが介入していくわ」

「えーっと……?」

「ウチらで村を管理するってことだ、少年。ま、何も起きなきゃこっちも特にやることはないよ」


 〈何も起きなきゃ〉という言葉に少年は身構えた。

 少年にとってあの村は故郷だ。信仰の対象でしかなかったとはいえ、村の人々は自分に優しくしてくれた。できるなら、これ以上ひどい目にはあってほしくない。


懇意(こんい)にしてる刑事さんから話を(うかが)ったけど、今日のお昼の時点では事件も事故も起きてないわ」

「昨日の今日だしな、てかお前外にも男いんのかよ」

「人聞きの悪いこと言わないで。仕事上の付き合いで仲良くさせてもらってるだけよ」


 少年とおばちゃんはセシルの交友関係の広さに(おどろ)いた。この人は、どれだけの人脈を持っているのだろう。


「そもそもコネクトにいれば、警察使わなくても情報集められるんじゃないのか?」

「警察から回ってきたって形を取るのが大事なの。警察が〈表〉なら私たちは〈裏〉、裏の人間だけで勝手に動きすぎると後が大変だから」


 セシルの言葉を聞いて、おばちゃんが重々しく湯呑(ゆの)みを置いた。


「そうか……ここは〈裏の組織〉なんだねぇ。私は食堂にいるだけだけど、緑青子ちゃんたちは裏で危険なことをしてくれてるのねぇ」


 改まってうやうやしくなるおばちゃんに、緑青子とセシルは苦笑した。

 少年が再び口を開く。


「お姉さんたちの仕事って、いつも戦ってばかりなの?」

「いや? そうでもないよ。確かに武装鎮圧部は荒事(あらごと)専門だけど、コネクトとしては調査がメインだからね」


 少年は安心したように肩の力を抜いた。


「少年に言うことでもないけど、世の中にはいわゆる怪異がいーっぱいあんだよ。〈怪異は正体不明だから面白い〉って言う人もいるが、アタシらはそうはいかない。怪異の正体をバッチリ暴いて、ウチの保管庫で眠ってもらうようにしなきゃいけない」


 少年がうなずく。


「言ってみれば、〈怖い話〉を〈怖くない話〉にする、ホラーを台無しにするのがアタシらの仕事」


 達観したように言ってのける緑青子の横顔が、少年に憧れを抱かせる。


「まあ結局、正体つかめないまま終わることもあるんだけどね。例えば古炭久村のあの教祖、星守(ほしもり)とダゴンが求めてた〈神の花嫁〉ってなに? クトゥルフの神様ってのは人間(はら)ませて何しようとしてた? そもそも人間と子ども作れんの? って」


 結局わからないことの方が多いわね、とセシルも続いた。

「そこのクーちゃんだって、今のところ情報ゼロだもの」


 指をさされたタコは、何か言いたげにフヨフヨ動き回って、少年の肩に着地した。


「敵じゃないことは確かだ……って」

「御子くんが言うなら、そうなのかもね」


 少しだけ含みのある言い方ではあったが、緑青子も同意見だった。警戒も必要だが、同時に信頼も必要、それがこの仕事だ。


「要は日常守ってりゃいいんだよ。そういうわけで目下(もっか)アタシらがやるべきことは、少年の日用品を買う事かな」

「あと名前ね」


 名前、改めて言われると不思議なものだ。少年は今のままでも不自由はしないが、確かに名前が欲しいという気持ちもあった。


「よーし、ならこの赤崎緑青子が名付け親(ゴッドマザー)になってやる」

「却下よ」

「まだ言ってねーよ」

「ミオちゃんのことだから、〈メキシコに吹く熱風(サンタナ)〉とか変な名前つけようとしたんじゃない?」

「いいや! ちょっとよぎったけど、さすがにこういうのは真面目にやる」


 肝心の少年を置いて、緑青子とセシルはあれこれ案を出し合う。


「御子様の名前……どういうのがいいかねぇ」

「かっこいいのがいい!」


 バカ2人のそばでは、のんびりと時間が流れていた。

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