人外達の遊戯3
人間を殺せないなら、地上にいる人間達を気にしながらの戦いとなる。相手が人外の存在へと昇華してしまった以上、一切の手加減を許されない状況下でそれは厳しく、一旦戦線離脱して人間を殺さずに戦う方法を見つけて来いとネルヴァをジューリア達がいる大教会へ飛ばしたリゼル。得体の知れない微笑みを浮かべたまま猛攻撃を行っていた怪物は、突然のリゼルの奇行に首を傾げた。言葉は発しないが感情はあるのだろう、不思議そうにリゼルを見つめている。
「お前はなんなんだ」
ユリアでもない、ネルヴァ達四兄弟の母でもない。それなら、対峙する怪物は何なのか。リゼルの問い掛けに怪物は答えない。唯々、聖母の如き微笑みを浮かべるのみ。
母を恋しく自分はとっくにいなくなっている。此処に少しでも母の愛を欲する者がいたら一発アウトだった。一目見ただけで心の奥底まで瞬く間に浸透し、内側から支配される。囚われれば最後——母という存在を生き物は拒めない。
「問うたおれが馬鹿だった」
言葉を解しているのか、抑々知能があるかさえ分からない。
リゼルはさっさと片付けてリシェルの許に帰るか、と瞬間的速度で怪物の背後に回った。
「!」
気配に気付いた怪物が振り向く間際、後頭部を鷲掴み掌に高濃度の魔力を集中させる。
「『——、————』」
耳で聞き取れない不可解な言語をリゼルが発した瞬間、掌に溜めた魔力が巨大な爆発を引き起こした。黒い煙を暴風が拡散させ、城の上空から地上を包み込んだ。地上にいる人間達の悲鳴が聞こえてくる。逃げろ、爆発した、さっきから上空で戦っているのは何だ、と。姿を隠す余裕もなく、配慮もする気がなくなったリゼルは本来の姿で怪物と戦っている。城の半壊やそれにより発生した大量の死傷者への対応に追われ、帝国の魔法使いは戦場に現れない。
「違うか」
現れない、のではない。
現れられない、のだ。
優秀な魔法使いなら相手の力量を計れる。リゼルと怪物の力を感じ、行ったところで巻き添えを喰らって死ぬのは自分達だと彼等は理解している。
爆風と共に黒い煙を消滅すれば、城の破壊具合が進行していた。頭部をもろに破壊した怪物の姿はない。あの程度で死んだと思っていない。回復にどれだけの時間が掛かるか知りたかった。
金色の瞳に遠隔能力を付加して地上の光景を詳しく見つめれば、ジューリアの母親と妹がいた。側には兄も。緊急で設置された安息所には、怪我人が次々に運び込まれている。中には目にするだけで吐き気を催す重傷を負った者まで。
『うっ……!』
『メイリン、目を逸らす時間も嗚咽を漏らす余裕もありません』
『は……はいっ』
ジューリアと街にいた時、偶然メイリンと遭遇した。聞いてもいないのに妹の話をするジューリアの影響である程度は知っている。貴族特有の我儘娘ではあるがフローラリア家の一員という自覚と誇りを持ち、恐怖に怯えながらもどんな怪我人であろうと癒しの能力を使おうとすると。
癒しの能力はフローラリア家の女性にしか発現しない力。兄の方も例外ではない。幼いながら自分に出来る精一杯の手伝いをしている。
この光景だけを見ていたらジューリアの言う通りフローラリア家は出来損ないの長女がいなかろうと家族として機能している。いない方がしっくりくると思われても仕方ない。フローラリア家は元々四人家族だった。今後もそれでいいと話したジューリアの表情には、全く後悔も未練も浮かんでいなかった。
どれくらい眺めているかと懐中時計を取り出した直後、背後に感じた気配と匂い。身体を左に横に曲げ、背後から伸びた黒い腕を右で掴み、左の肘を後ろへ思い切り動かした。固い感触が肘に当たった。腕を離さないまま二発目の肘をぶつけたら、掴んだままの腕は千切れ地上へ落下した。大きな衝撃音と人間達の悲鳴が交ざる。
「ふむ……」
千切れた腕が動くかもしれないとすぐに灰になるまで燃やした。魔族の中には、切り離した身体の一部を遠隔操作する種族もいる。
「時間にすると大体五分程度か」
頭部再生で五分なら、腕の一本だと数秒もしない。予想した通り怪物はすぐにリゼルの前に舞い戻った。
不気味な笑みは相変わらず。
違うのは——腕に若い男を抱えていた。
「……」
歳はヨハネスとそう変わらないだろう。白衣を着ているのを見ると医者、若い為見習いが妥当。男は怪物の聖母の魅了に当てられ、抱き締められてうっとりとしている。時折耳に入る「母さん」という言葉を聞くと男が完全に魅了されていると分かる。
「そいつをどうする」
問うたのはなんとなくだ。
怪物はリゼルの問いに言葉で返さない代わりに、行動で見せて答えた。偽りの母の愛を与える怪物に魅了された男を我が子を抱くように抱き締め……無防備な首筋に噛み付いた。
「うえ……?」
男はきっと何が起きたか分かっていない。己の中に存在する母を求める本能に従ったが故に、自らを破滅へ追い込んだと。突如襲った激痛に絶叫を上げる男の身体を貪る怪物。リゼルは見ているだけ。
首筋を食って頭部を引き千切り、次は肩を、胸元を、心臓を避けて腹部を、腕も足も骨すらも食べ尽くす。男は既に息絶えている。最後、残した心臓を片手で握り潰した。肉片と大量の血液が地上へ降り注ぎ、また、引き千切った頭部を抛った。道端に塵を捨てるように。
血を浴びた怪物は頬に掛かった血液を指で拭い舌で舐め取った。粘着質な音を立てて血を味わうのに、見せる笑みは慈愛に満ちた聖母。
怪物はゆったりとお腹を撫でる仕草をした。
「母と錯覚させた人間を食べて満足か?」
「……」
怪物は何も発さない。
胎内回帰の思想は生憎とリゼルにはなく、見せつけられてもどうも思わない。
地上は血の雨が降った挙句、人間の生首が落下してまた騒ぎが増えた。騒がしいことこの上ないと溜め息を吐けば、大教会へ飛ばしたネルヴァが戻った。
「お待たせリゼ君。進展はあった?」
「あるか、そんなもの」
「だよねえ。お腹を擦ってるけど孕んだのかな?」
「人間の男を喰った」
「止めなかったんだ」
「人間一人を助ける為におれに動けと?」
「言うと思った」
ネルヴァが戻ったなら怪物も臨戦態勢を取る。対策は取って来たと笑うネルヴァは眼前に現れた怪物に動揺せず、軽快な動きで攻撃を躱すとネルヴァ自身も仕掛けた。
強力な魔法を打ち合うネルヴァが地上の人間達を気遣う素振りは——ない。
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