白は黒へ⑨
転移魔法で大教会のジューリアが使用している客室に飛び、絶賛テミスを治療中だったミカエルと椅子に座ってそれを眺めていたビアンカは突然の帰還で驚いた。
「あ、ビアンカさんとミカエル様」
呑気なのはジューリアだけ。ヴィルに下ろされるとビアンカの側へ駆け寄った。
「お嬢さんは無事なようだけれど……」とジューリアが無傷だと安堵するなり、紫色の瞳はどう見ても怪我をしているのが丸分かりなネルヴァとリゼルやネルヴァに抱えられ気絶しているヨハネスに向けられた。何か言いたげにするが結局ビアンカは何も言わなかった。自分が何かを言ったところで何も出来はしないと感じ。
「キ、キドザエル様」
テミスの治療をしながら疲労困憊なキドザエルが目に入ったミカエルから焦りが伝わる。
「問題ない……力を限界近くまで使ってしまった為、私は先に天界に戻る……」
「一体何が……それにヨハネス様……」
ミカエルも眠っているヨハネスの顔に映る泣き跡に気付いていた。よく聞いてと前置きしたネルヴァは現在の状況説明を始めた。
「——以上だ。……はあ」
ネルヴァが話し始めて終わるまで誰も口を挟まなかった。終わった後も口を挟む余裕のある者はいない。さすがのミカエルもテミスの治療を一旦中断せざるを得なくなって手を止めてしまった。
「ユリア様が……そんな……」
「ユリアを引き摺り込んだ黒い靄はセレナを堕天化させたものと同じ。私の予想だけど……セレナがユリアを喰って完全な堕天を果たすか、若しくは全く別の個体となった怪物が誕生するかのどちらかだ」
「結局堕天化した神族を討ち取る羽目になると……?」
「まあ、そうなるね」
天使が堕天使となるのは見習いや下位ならば偶にあれど、神族の堕天は前代未聞。この間の智天使カマエルも事例がなかったのに、神族となると最早何が起きるか誰にも予想がつかない。
まともに相手ができるのはリゼルとネルヴァのみ。
「ベルンシュタイン卿、魔王陛下に協力を仰ぐことは?」
不意に前に出たビアンカの申し出はあっさりとリゼルが却下を示した。
「無理だな。抑々あいつは、後片付けは得意だが荒事は得意じゃない」
相手が堕天化した神族でなければ問題ないが、そうならリゼル一人で事足りる為やはり魔王は必要なくなる。
重苦しい空気を変えたいと願うジューリアは一旦話題を別の方向へ変えた。
「後片付けって掃除ってことですか?」
「おれがバラした死体の片付けや破壊した周辺の修復を主にしていたな」
「……」
バラした死体が何か想像するだけで恐ろしいのに、それを見透かしたネルヴァに「ああ、色んな部位が散乱してたねえ」と言うせいでリアルな光景を想像し吐き気を催した。題名が二文字のスプラッタR15映画が懐かしい。
「……ネルヴァ様」
深く考え込んでいたミカエルはテミスの状態を気にしつつ、懐から巾着を一つ取り出しネルヴァに渡した。
「人間界へ来る際に念の為持って来た霊薬です。これで消耗している神力を回復してください」
「相変わらず準備がいい」
巾着一杯に詰め込まれた霊薬は微かに発光しており、魔族の目には見ているだけで寒気が感じる。「ヴィル」と呼んで五つ投げ、残りの殆どを自身で食べてしまった。一気に食べてしまう代物ではない為、ギョッとしたミカエルに霊薬が数個残った巾着を返した。
「後はヨハネスが起きたら渡して。君も二つ程食べておきなさい」
「大量に摂取してしまって大丈夫なのですか?」
「大丈夫さ。寧ろ過剰摂取して神力を溢れさせた方がいい」
人間のジューリアにでさえ目に見える銀色の光をネルヴァが纏い、魔族のビアンカは若干顔色を悪くする。リゼルの方が変わらず涼しいまま。
ふと、強い視線を感じたジューリアは何気なくリゼルを見やった。また視線だけでこっちに来いと言われている気がして近付くとリゼルが膝を折った。
「確か、一つも魔法が使えなかったな?」
「使えません!」
膨らんですらいない胸を張って言い切ったジューリアは呆れられつつもリゼルの言う通り差し出された手を握った。途端急速に魔力を吸収される感覚が襲い吃驚するがすぐに慣れ、次第に身形が綺麗に戻っていくリゼルに違う意味で吃驚していく。
「リゼ君魔力奪い過ぎじゃない?」とネルヴァが苦言を呈しても魔力の吸収は終わらず、心配そうなヴィルの声に振り向いたジューリアは大丈夫だと笑って見せた。実際強がりではなく、全然疲れていないのだ。バチバチと静電気を帯びた魔力を纏いだすと漸くリゼルの手が離された。心配したヴィルに抱き上げられ容態を確認されるも少し疲れた程度でまだまだ余裕がある。想像を超える魔力量に魔力を吸収したリゼルが微かに瞠目した。
「これ程の魔力量なら、アメティスタの当主がお前の為にと人間の娘を狙うのも道理だな」
「……」
リゼルの言葉の先にいるのは勿論ビアンカのことで。複雑な眼でジューリアを見つめつつ、完全に魔力を回復したリゼルに恐ろしさを抱くのだった。
——同じ頃、帝都の中心街を離れた場所に位置する宿にとある三人が到着した。初めて他国に足を踏み入れた興奮が抑えられず、映る物全てが珍しいエイレーネーは窓を開けて外の光景を眺めていた。好奇心に溢れる後姿を微笑まし気に見ながら、その背に声を掛けたのはイヴ。
「レーネ。私とダグラスは少しの間出掛けるから、レーネは宿で待ってて」
「分かったわ」
再び外へ視線をやったエイレーネーに安心しながら、淡々としているのにどこか険しさのある相貌をしているダグラスへ意識を変え、小さな溜め息を吐いた。
「最悪なことが起きてる」
「お前も感じるか」
「勿論。……さて、私と君が手を貸した程度で収まってくれるといいけれど」
感知能力を最大限に広げている為に感じる強大な力の塊が地下深くで増幅していっている。
悍ましい力の塊……魔族の魔力すら凌駕する根源的恐怖の力は、もう間もなく孵化しようとしており、イヴの目当ての人は何処かと探り——見つけた。
「兄者と……側にある強大な魔力はきっとリゼル=ベルンシュタイン。はあ」
溜め息を吐いたイヴは苦笑いを浮かべ見せた。
「兄者とリゼル=ベルンシュタインの二人がいるのに……不安が消えない」
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