白は黒へ③
複数の足音を鳴らしやって来たのは、護衛を複数連れたジューリオ。ジューリアを見るなり瞠目し、ジューリアの周りにいる天使様の甥っ子と紹介されたヨハネスや同じ容姿をした女性、更に薄い金髪の男性がいて軽く混乱に陥る。こんな時にジューリオの登場は最悪だと頭を抱えたくなったジューリアだが、どさり、という音が鳴って前を向いた。ユリアがその場に座り込んでしまった。
「どうして……どうして……」
俯いて同じ言葉を繰り返す姿はハッキリ言って不気味だ。
「お、おい、ジューリア」
何かをする気配はあれど、動く気配がない。どちらを最も気にしなかければならないのかとジューリアも混乱としていれば、状況を飲み込めないジューリオが側へと寄ってくる。
「此処で一体何をしているんだ。だ、大体、お前は」
ジューリオに説明をしている暇も余裕もないのに、しつこく説明を求められ却って言葉を探す羽目に。言葉にならない声でどう説明をしようか悩むジューリアは、段々苛立ちが募った眼で睨むジューリオにチャンスだと振り向いた。
「殿下には関係ありませんし何なら危険なので今すぐ出て行ってください!」
一瞬ジューリアの迫力に後退るも出て行くのはお前だとジューリオは主張した。温室は皇后が管理する皇族の憩いの場。たかがお飾りの婚約者如きが、と言ったジューリオは何故か途中で言葉を切った。大人に戻ったヴィルといたところを目撃し、泣いて走り去ったと聞いてどうしてかと訝しんだが所詮ジューリオはジューリオ。無能の婚約者を見下す性根は一切変わらない。口を開きかけたジューリオからフラフラと立ち上がったヨハネスに視線を変えた。
「甥っ子さん大丈夫なの?」
「……全然だよ……だけど……ぼくはヴィル叔父さんに君を任されたんだ」
既に泣いて涙を流す銀瞳は濡れ、頬を伝って雫が幾つも落ちる。大好きな母が父を殺した。これだけでヨハネスにとったら大きな絶望だ。厳しくて、時に理不尽でも、ヨハネスにとってアンドリューはたった一人しかいない父親でいつか自分を認めてほしいと願っていた存在だった。
いつまで座っていても死んだ人は生き返らない。それは神族も同じ。
座ったままより、大好きな叔父に託されたジューリアを安全な場所へ逃がすとヨハネスは選択した。
「君に何かあって無事で済まなかったら……今度はヴィル叔父さんまでぼくの前からいなくなっちゃうっ、きっとネルヴァ伯父さんだってっ」
まだまだ子供でいられたヨハネスが無理矢理成長させられ神の座に就いた原因はネルヴァにあり、ヴィルもある意味で一端を担っている。ヨハネスとて知っている。知っていても甥っ子にすれば父以上に好きな伯父さん達。父が死んだ以上、好きな人達が目の前からいなくなってしまうのは避けたい。ヨハネスが手を伸ばすとジューリアは抱き上げやすいように腕を上げた。軽々と抱き上げられるとジューリオが声を上げた。
「え、あ、ジューリア、まだ話をっ」
「殿下と話している暇はありません」
「なっ」
騒ぎに気付いていないのを見ると抑々ジューリオが普段いる皇宮とジューリア達のいたあの地下は遠く離れている。知る訳もない。冷たく返せばジューリオは言葉を失うものの、唇を噛み締めジューリアを強く睨んだ。
「……悪いけど」とヨハネスは冷めた銀瞳でジューリオを見下ろし。
「人間に構ってる暇はないんだ。放っておいて」
「——」
感情の籠っていない声色で牽制した。一気に顔を青褪め、震えるジューリオに一瞥すら寄越さず、温室を出て行こうと走り出した。
「ヨハネス…………?」
生気のない声に呼ばれ反射的に足が止まったヨハネスだが、不安げに自分を見るジューリアと目が合うと何かを振り払うように首を振って再び走り出した。
小さな声で待ってと呼んでもヨハネスの足は止まらない。徐々に大きくなる制止の声が届いてもヨハネスの背はどんどん遠ざかっていく。
「待って、待って!! ヨハネス!! お願いよ、ヨハネス!!」
「ユリア様!!」
このままジューリオ達をいさせては危険だと判断したキドザエルは、ユリアの迫力に圧され動けないでいる複数の護衛に今すぐジューリオを連れて退散しろと喝を入れた。天使様と一緒にいた為、知り合いだと思われているのが幸いして腰を抜かして動けないジューリオを抱いて温室を出て行ってくれた。
ヨハネスの名を叫び続けるユリアの声を遮り、意識を己に向けさせた。
「ユリア様! こうなっては最早言い逃れはできません。どうか、私と共に天界へご帰還ください。アンドリュー様が死んだのは、手当てをしなかった私にも非があります。ユリア様一人のせいで死んだわけではありません」
「ヨハネスに理解してもらうのが最優先よ、そうでなかったら、今までしてきたことが全部無駄になるっ!!」
「冷静さを取り戻してください。今すべきことは天界に戻って混乱を鎮めることです!」
必死の叫びは錯乱し激しく髪を振り乱すユリアには届かず、絶叫と共に上昇する神力に本能的恐怖が込み上がる。此処にいては危険だと頭では理解しても離れれば関係のない人間を多数殺めてしまう。今のユリアが力を暴走させ人間を殺すと——最悪の事態を引き起こしかねない。主天使の自分が神族をどこまで止められるか不明であれど……やるべきことをやるだけ。
「せめてミカエルに届いてくれ……!」
恐らくミカエルにも既にアンドリュー死亡の連絡はいっている。現在帝都にユリアがいること、ヨハネスに拒まれ理性を失いかけている状況説明を入れた通信蝶をミカエルの神力を辿っていけるよう飛ばす。
温室を出て行った通信蝶を見届けたキドザエルは全身から神力を放出しだしたユリアを前に覚悟を決めた。
「ネルヴァ、さっきから感じるこの神力は誰のものだ」
「……」
魔力を封じられた状態で地下牢に抛り込まれたリゼルとネルヴァにも増幅するユリアの神力が伝わる。
リゼルに問われたネルヴァは暗い天井を見上げていた。知っている神力だが……何故人間界にいるのか、という強烈な疑問を抱く。
「ネルヴァ」
「……私の勘が外れていなければ、この神力はヨハネスの母親のものだ」
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