第59話:一月は流れる劣情と
限界だった。
さすがに限界だった。
いままではなんとか我慢してきたが、どうにもこうにも自分自身が抑えられそうにない。
「……」
性欲の限界だった。
なぜなら俺は高校生。
しかも隣人の幼馴染みは身内の贔屓目抜きにしても美少女で、そいつが無呼吸連打が如くモーションかけて来るのだから、興奮しない方が変である。
俺はハーレム漫画の主人公ではない。
性欲は人並みにある。いや、人一倍ある。
だけれども、俺がいままで銀千代に抗ってきたのは一重に理性の高さのお陰だ。
こいつに手を出したら、終わり。
それだけははっきりしている。
目に見える地雷、金守銀千代。
こいつを爆発させないのが、俺に与えられた人生の使命だとも考えている。
とにもかくにも、いまは、限界を迎えた自身の性欲が問題である。
なぜこんなことになってしまったかというと、今日夜寝る前に布団を捲ったら、バニーガールの格好をした銀千代がいたからである。
「ウサギはね、年中発情期なんだよ……?」
と媚びた目線で俺を見つめて来たので、部屋から叩き出したが、お陰さまで眠れなくなってしまった。くそが。
くそがっ!
「……」
大きく深呼吸をする。
銀千代の残り香が鼻孔をくすぐった。
ひとまず落ち着こう。
周囲を見渡す。
自室なので当然一人だ。
誰にもみられていない、はず。
「……」
だが、油断はしない!!
こんな日のためにAmazonで注文しておいたブツを取り出す。
盗聴探知機だ。
こないだの短期バイト代金をはたいて購入したのだ。一人の時間をゆっくり過ごすためには、どうしてもこのアイテムが必要だった。いつかの夏休みと同じ轍は踏まない。
ワクワクしながら箱から出し、稼働スイッチを押す。
電源が入ると同時に警告ランプが赤く灯った。
「……ふっ」
予想通りである。
後は盗聴機を発見していくだけ。
机の下。
もらったぬいぐるみ。
エアコンの中。
オーライ。
まだまだ出てきそうだ。
なんだか宝探しみたいで楽しくなってきた。
わくわくしながら、盗聴機ないし隠しカメラを探していると、コンコンと窓がノックされた。
さしもの銀千代も慌てているらしい。
どや顔で窓を開けてやる。
「ゆーくん、心配になってきちゃった」
「だろうな」
このままお前の悪事を全部白日のもとにさらしてやる。
なぜかまだバニーガールのコスプレをしたままの銀千代はピョコピョコとつけ耳を動かしながら部屋を一度見渡して、
「それ」
俺が手に持っていた盗聴機探知機を指差して、眉尻をよせた。
「おお、これか。おまえがいくら言っても盗聴やめてくれないからな。こないだ買ったんだ」
「あんまり期待しない方がいいよ」
「は?」
「それぐらいの価格帯の盗聴探査機だと周波数のカバー範囲が狭くて反応しないことが多いの。誤作動も多いしね」
「そ、そうなんだ」
「それに電波を飛ばさない設置型には無意味だしね。よいしょ」
と声をあげて、銀千代はサッシを乗り越えて俺の部屋に入ってきた。入室は許可していない。
「まず隠しカメラね」
部屋の中央で銀千代は仁王立ちした。網目タイツの足が眩しい。
「これを探すときのコツはね、自分の姿がはっきり写る場所を中心に探すの。それから最近のカメラは小型化していて、指先ほどの大きさしかないってことも念頭に置いておかないとダメ」
「……」
「たとえば、はいこれ」
「ん?」
銀千代はペン立てに入れられた一本のボールペン取り出し掲げた。
「携帯してどこにでも設置できる稼働型と呼ばれるタイプはこういうペン先がカメラになっているものもあるから注意が必要なんだ」
「うえっ!?」
よくよくみたらノック部分がレンズになっていた。
「おま、おまえ!」
「それにね、カメラとか盗聴機以上に自分のスマートフォンに注意しないとダメだよ」
ベッドの上に放置されていたスマホを銀千代は拾い上げた。
「スマホのアプリには遠隔操作でカメラやマイクを強制的にオンにできるものがあるからね。しかも厄介なことにこういうアプリはアイコンを非表示することができて、所有者が稼働していることに気がつかないことが多いんだ」
「ま、マジかよ」
「アプリの設定画面から遠隔操作アプリを確認できる事もあるから、定期的に見ることをおすすめするよ」
「なるほどなぁ」
「まあ、ともかく銀千代が伝えたいのは一人で悩まないで相談することの大切さ」
「……」
「業者を雇えば完璧に盗撮や盗聴を突き止められるし、銀千代に言ってくれればタダでやってあげるからね」
いや、犯人おまえだろ。
「それに……もし不安なら一緒に毛布かぶってあげるし、新居ぐらい用意してあげるから安心してね」
「いや、大丈夫だから、もう帰れ、おまえ」
「うん、ゆーくん、ありがとう。おやすみなさい」
と、言って、机の上に放置されていた先ほど俺が発見した隠しカメラや盗聴機を手に持って窓から出ていこうとした。
「ちょ、ちょっと待て! それどこに持っていくつもりだよ!」
「どこって……銀千代が処分しておいてあげる。最近ゴミの分別でこの辺りうるさいから」
「いや、まてよ、お前、……さては設置したときの映像が残ってるから自分で破棄するつも」
「ゆーくんを守りたいっ!!」
突如訳のわからないことを叫んで銀千代はペン型の隠しカメラをぶち折った。
「……」
「その思いだけは、本物だよ……っ!」
「ああ、そう」
もうなんも言えねぇ。
なんか色々と冷めたし、萎えたわ。
寝よう。




