第60話:二月の勝者は未来の君で
冬の夜風はどこまでも冷たく、体の芯まで凍えさせる。
締め切っているはずの窓から漏れたすきま風は、ベッドに腹這いになっている俺から容赦なく体温を無惨にも奪っていく。
寝る前にスマホをいじっていたが、ぼちぼち寒気と眠気が限界だ。布団に潜り込んで深い眠りの縁に足をかけようかと思ったところで、メールの着信にスマホが震えた。
なんだろう。
SNS以外で着信があるのは久しぶりだ。
あくびをしながらメールを開き本文を確認する。
「このメールが届いたということは、実験は成功したということである」
不穏な文章から始まるメール。アドレスを確認すると、俺のアドレスだった。
「は?」
どういうことだ?
眠気が吹き飛び、戸惑いが訪れた。
暗闇にぼんやりと浮かぶスマホの画面は、信じ難いものを写している。
なぜ、自分のメルアドからメールが送られてきている。これは一体?
焦る気持ちを落ち着かせて、本文に目を通す。
「まずは驚かないで読んでほしい。俺の名前は宇田川太一。これを読んでいるお前の二十年後の未来からメールを送っている」
いたずらメールだコレ。
ぶん投げそうになったスマホをなんとか押さえて、続きに目を通す。
「二十年後の世界は最悪だ」
なるほど、最悪な気分である。
周囲を見渡す。
自室には俺一人で、消灯したので真っ暗である。
犯人は誰か知らないが、知り合いなのは確かだろう。
本命、銀千代。
対抗、松崎くん。
大穴、花ケ崎さん。
といったところだろうか。
最も確率の高い銀千代は、今日、東京で泊まりがけの仕事しているはずである。
なんでも無人島でイカダを作って脱出するロケらしい。意味はわからないが、こんなしょうもないいたずらを仕掛ける時間があるということは十中八九やらせだろう。
読むのも時間の無駄だし、迷惑メールみたいなものだから。すぐにゴミ箱にいれようかと思ったが、寝る前の退屈しのぎにはもってこいだと思い直し、とりあえず一読することにした。
「20××年は暴力が支配している。ちょっと町を歩けばモヒカンと肩パッドのやつらがバギーを乗り回し、種籾やら食料やらを無慈悲に奪っていく。
なぜこんなことになったかというと、世界が核の炎に包まれたからだ。第三次世界大戦がいまこのメールを読んでいるお前の時間軸から数えて二年後に勃発したのだ」
北斗の拳でも読んだのだろうか。
俺も昔、松崎くんに借りて読んだことがあるが、ラオウ倒したあとの展開は全く記憶に残っていない。
「第三次世界大戦。平和ボケした高校二年生にはピンと来ないだろうが、これが発生した原因は俺にある」
うそだろ!
もっとこう、最近の不安定な世界情勢とか、パンデミックとか、なんだこうだとか、こう、あるだろ!
「明日、二月五日の午前十一時二十六分、金守銀千代がお前の部屋に訪れる」
なんの予言やねん。
「俺は、過去の俺に、一つの簡単なミッションを与える。
宇田川太一、コードネーム、ゆーくん。
お前は銀千代の返答に「はい」と返事をし、熱い抱擁をかわすのだ。そうすれば第三次世界大戦は避けられる」
「なんで!?」
思わず突っ込んでしまった。理解が追い付かない。
俺が銀千代と抱き合えば、未来は良い方に転がるとでも言うのだろうか。というかコードネームゆーくんってなんだよ。ふざけんてのかよ。
「もし抱擁をしなければ、やさぐれた銀千代が大人に対して宣戦布告をし、テロ行為を行い、国力が低下した日本に各国が攻め混む形で第三次世界大戦が勃発するのだ。
後に習志野銀千代事変と称される一連の火種は、宇田川太一の胸三寸で防げるのだ」
アホらしくなってきた。
眠くなったので、スマホの電源を落として寝ようと思ったが、あと数行で読み終わりそうなので、親指をちょいと動かして画面をスクロールする。
「二十年後の宇田川太一は無政府状態になった日本をまとめあげ、リーダーとして各国と争っている」
俺にそんな器量はないし、実力もないし、やる気もない。これ、間違いなく銀千代のイタズラだな。一国のリーダーなんて俺がはれるわけがない。とんでもない過大評価だ。
「日本を内紛状態にした銀千代の暴走を止められるのは、もうお前しかいない。頼んだぞ、ゆーくん!」
うるせぇ、寝ろ!
と、怒鳴りながら、思わず返信してしまった。
送信ボタンを押したところで、ヤバイ業者にメルアド知られるリスクを思い返し、慌てて取り消そうとしたが、もう遅かった。
「しまった……」
思わず独り言を呟いてしまったところで、「ん?」このメルアドが自分のものではないことに気がついた。よくよくみたら数字の「1」がアルファベットの「I」になっている。なるほど、こうやってメルアドを誤魔化したのか。ネタがわかれば単純な話である。
「……」
しょうもない夜更かしをしてしまった。失われた睡眠時間を取り戻すため、とりあえず、俺が寝ることにした。
翌朝、目を覚まして、大きなあくびをする。
今日は休日。昼まで寝ようと思っていたのに存外はやく目が覚めてしまったようだ。枕元のスマホを着けたら、ラインの通知がたまっていた。
また銀千代か。
と思ったが、よくよくみたら違った。
作ったはいいが、もはや放置しすぎて消してしまいたいと思っていた、「船珠第二小学校」のグループラインである。誰かが発言するのも数年ぶりだ。
なにごとか、と開いてみる。
どうやら高三になって受験戦争が本格化する前に「同窓会」を開こうと一部のメンバーで盛り上がっているようだった。
「ほか参加できる人ー????」
と当時イケイケでクラスの委員長をしていた小山さんがメンバーに話しかけている。
うーむ、どうしようか。
ぶっちゃけ別に会いたい人もいないし、めんどくさいけど、折角の誘いだし、参加した方が楽しそうではある。みんながどうなっているか気になるし。
返事を悩んでいたら、部屋のドアがバンと開いて、「おはよう、ゆーくん!」といたって普通の顔で銀千代が現れた。
「勝手に入ってくるな」
といつも通りの注意をして、ぎょっとする。銀千代はなぜかスクール水着を着ていた。
「なんだその格好」
「無人島ロケでイカダ作って脱出するってやつだったんだけど、ゆーくんに会いたくなっちゃったから泳いで帰ってきちゃった」
「……謝っとけよ」
企画ぶち壊してるんじゃねぇよ。
「それよりゆーくん同窓会どうする?」
なんで知ってる? と聞きそうになったが、冷静に考えたら銀千代も俺と同じ小学校の出身だった。
「行かない、よね?」
こてん、と首をかしげて聞いてくる。
「んー、いや、悩んでる」
スマホに目を落とす。
「参加します」に投票している面子に、当時仲良くしていた友達やちょっと気になっていた異性がいた。
「なんで?」
「みんなに会うのも久しぶりだし、こういう機会は大切にした方がいいのかなって」
「必要ないよ」
きっぱりと。真冬の海のように冷たく銀千代は言い放った。
「ゆーくんには銀千代がいるんだから」
「意味がわからない」
「その他有象無象が群れをなしたって、銀千代という存在にはかなわないんだよ。だって、あのクラスに銀千代以上に可愛い子なんていないんだから」
「……なんの話?」
「銀千代以上に頭がよくて可愛くてゆーくんのことを強く思っている女の子は誰もいないってこと。もちろん男の子も。だからそんなことに時間を割くのは無駄だと思わない? ちがうかな?」
「同窓会って別に出会いを求める場所じゃないだろ。恋愛脳がすぎるぞ」
「違うの。銀千代はね、純粋に心配してるの。ゆーくんが旧友に宗教勧誘されたりねずみ講にひっかかったり、美人局とかオミクロンとか、ツボや浄水器や羽毛布団を買わされるんじゃないかって……」
「俺らまだ未成年だぞ。そういうのはもうちょっと大人になってからだろ」
「四月一日には十八歳も成人なんだよ!」
なんか怒鳴られた。そういえばそうだった。
「まあ、なんにせよ。せっかくの同窓会のお誘いだし、懐かしい気持ちになるのも悪くないんじゃないかなって、思ってる」
「……必要ないよ」
「は?」
「ゆーくんには銀千代だけいれば他との繋がりなんて必要ないんだよ」
ヤバイ。
瞳孔が開いている。大きな瞳がさらに大きくなっている 。
「ゆーくんには友達なんていらないし、過去もいらない。銀千代と一緒にいる今と未来だけあればいいの。銀千代以外の繋がりなんて必要ないよ。ゆーくんが望むものは全部銀千代が叶えてあげるから。なんでも、なんでも大丈夫だよ。富、名声、力……」
この世のすべてを手に入れた男……。
「愛も友情も性欲も物欲も食欲もお金も、なにもかも! 髪型も好みに合わせるし、痩せろというなら痩せるし、太れというなら太るし、ゆーくんが望むのなら右腕も、何もかも、差し出すよ」
「別に望んでないから……」
「なんでどうして? 銀千代可愛いくないかな? あっ、もしこの顔が気にくわないなら整形するし、……大きい方が好きっていうなら豊胸するし、ほんとはゆーくんに大きくしてほしかったけど、……なんでも言うとおりに生きていくから、だから……」
「いや、そんなルッキズム極めてないから、俺」
「だから、ゆーくん、同窓会には行かないで!」
「……」
別にどっちでもいいんだけど。
「そうだなぁ。行くのやめとくか」
めんどくさいし、アルセウスで忙しいし。
「ゆーくん!」
ぱぁぁ、と明るい表情を浮かべ、銀千代が俺の胸に飛び込んできた。
「うおっ!」
くっ、相変わらず力が強い。
「ゆーくんなら、きっとわかってくれるって信じてた。銀千代さえいてくれればそれで良いんだもんね」
「なにを寝ぼけたことを言ってやがる……」
寝ぼけるといえば、ふと昨日のメールを思い出した。
「あ、そういえばお前昨日の夜変なメール送ってきただろ」
「なんのこと?」
「……」
すん、と無表情になる。
もしかしたら、いまの俺の選択で第三次世界大戦は防げたのかもしれない、と一瞬だけ、思ったが、
「本当に知らないのか?」
「……」
黙秘を続ける銀千代の反応が全ての答えだった。窮地に陥ると沈黙するそのクセいい加減治せ。
「正直に言え」
「……銀千代がやりました。ゆーくんに同窓会行ってほしくなくて」
素直でよろしい。
「くだらない事やめろ」
「でも、銀千代と離ればなれなったら未来のゆーくんもきっと後悔すると思うし」
俺には嘘をつかないところだけは認めてやろう。
とりあえず、ラインの返信に不参加を表明し、朝御飯を食べることにした。どうせ同窓会を開催したい連中の半分くらいが芸能人になった銀千代目当てだろうし、そこまで会いたい人もいないからこれでよかったと思っている。




