第56話:一月だから彼女はチョウチンアンコウになりたい
正月特番はつまらない。
芸能人も休みたいのだろうか。どのチャンネルも下らない番組ばかりで、そんなんだかネット配信に負けてしまうのだ、と思ってYouTubeみててもつまらない動画ばかりだったので、あくびをしながらミカンの皮をむいていたら、キッチンで夕食の準備をしている母親に「いつまで正月気分でいるつもりなの?」と皮肉を言われた。三が日くらいは許してほしい。
「あんた、銀千代ちゃんに年賀状返したの?」
「んー、いや」
「ちゃんと返事しなさい!」
年が明けて、三日。
今年俺に届いた年賀状は贔屓にしている美容院と銀千代となぜか住所を知っているBenesseからだけだった。毎年のことだけど。
「んー、そうだねぇ」
てきとーな返事をしながらミカンの白い筋を取る。退屈の極みだった。
「ゆーくん、ゆーくん!」
失ってはじめてわかる退屈のありがたさ。
リビングのドアが開く音がして、同時に銀千代のはしゃぎ声が聞こえた。
なに平然と入ってきてんだ。ここはお前の家か?
「人んちに勝手に入ってく……」
注意しようと、振り返りながら声をあげたが、あまりの変貌に手元のミカンを落としてしまった。
「見て見てこれ! 書き初めしたんだ!」
墨ででっかく「心が大事」と書かれて半紙を嬉しそうに掲げられたが、そんなことはどうでもいい。
「あ、頭、どうした?」
常々思っていることだが、今日に関しては見てわかる限りに異常だった。
「頭? 一番はじめの文字のこと? 「心」かな。バランス悪いかな?」
勝訴や無罪の紙を掲げるみたいに書かれた「心が大事」の半紙を首を捻りながら眺める銀千代。それもおかしいが今俺が一番突っ込みたいのは、
「髪の色だよ!」
「ああ。うん。ゆーくんの一番好きな色は青色」
「……そうだな」
「だから、青に染めました」
「……」
銀千代の髪の毛が青に染められていた。昨日まで黒髪ストレートだったのに。
「黒髪ロングが好きなのも十二分に理解しているつもりだけど」
「……」
「たまには変化を見せないと倦怠期迎えちゃうもんね」
パチリとウインクする。
「あら銀千代ちゃんいらっしゃい。髪色かわいいわね」と母親が食卓に雑煮を並べながら銀千代に声をかけた。親友かよ。
「どういう心境の変化なの?」
「倦怠期防止のサプライズです! 和子さんもパーマよくお似合いですね!」
「うふふ、ありがと」
と、笑いながらキッチンに戻っていく母。なんだぁ、異常な空気感だぞぉ。
「いや、倦怠期もなにも……」
付き合ってもないし、お前がいるだけで日常が波瀾万丈なんだが。
「似合ってるかな? えへへ」
似合っている。というか銀千代ならどんな髪型も似合いそうではある。だがしかし、
「事務所的に大丈夫なのか?」
「言ってないから大丈夫!」
「大丈夫じゃないだろ」
銀千代は芸能活動をしている。
去年の文化祭、はっちゃけて髪をピンクに染めた時、マネージャーからこっぴどく叱られ、二日後には黒に染め直していた。
「前染めたとき怒られたって言ってたじゃん」
「この間は桃色だったからダメだったの、今回は青色だから大丈夫。それに正月休み終わったときに戻すから」
「いや、その理屈はおかしい」
「ゆーくんは派手髪やっぱり嫌い? 前、染めたとき結構いい反応してたからそんなことないと思うんだけど……」
毛先を指でカールさせながら銀千代は唇を尖らせた。
ちょっとだけ、とかそういうレベルではない。アニメキャラすら真っ青の髪色である。
「いや、髪の色はなんでもいいんだけど……」
「冬の寒色は寒々しくてだめだったかな。赤色とかの暖色に染め直そうか?」
「色の問題じゃなくて……」
「え、じゃあ、なに?」
「髪の毛が痛みそうだなぁ……って」
「……」
銀千代は無言で俺の頭頂部に視線をやった。
「まだ大丈夫だよ」
「俺の話じゃねぇよ」
俺の親戚にハゲはいないから平気って何回言えばわかるんだよ。
「いざとなったら手術できるから」
「え、治せるの!」
「医学は日々進歩してるんだよ! 銀千代にまかせて」
はっ、危ない危ない、一瞬持ってかれそうになった。
「それにね、頭皮マッサージとかで血流よくすれば、長生きするんだよ!」
「まじかよ」
「やってあげようか?」
「できるのか?」
「銀千代に出来ないことはないよ」
「ふぅん……」
正直そこまで期待してないし、不安も感じてないけど。まあ、物は試しだ。
「じゃあ、お願いするか」
居すまいを正して、背中を見せるように椅子に座り直す。
「うん、じゃあ、ベッドに横になって」
「……なんで?」
頭皮だから、寝っ転がる必要ないと思うのだが。
「いろんなツボを押す必要があるからだよ。血流を良くしないとだから」
「……」
以前銀千代が「整体マスターしたよ!」と俺にマッサージをしようとしたことがあった。ズボンに手を滑り込ませて来たのでお断りした記憶がよみがえる。「本場は! 本場はこうだからっ!」とか言ってたが、絶対嘘だ。逆なら……いや、普通に考えてもセクハラ案件だ。
「安心して銀千代に身を委ねて!」
銀千代が手を広げてにこやかに微笑む。
あの時と同じ目をしてる。嘘だな。
「やっぱ遠慮しておく」
「……ゆーくん、もし銀千代に如何わしいことされるが心配なら、今回は誓ってそんなことしないよ」
真剣な瞳。
「トラストミー!」
「それなら、まあ……」
信じたくはなかったが、ここまで言われて相手にしないのも不憫だ。立ち上がろうと足に力を込めたときだった。
「でも本当に疑問なんだけど、ゆーくん性欲どうなってるの?」
突然なんだ?
「こんなにアプローチかけてるのに相手にしてくれないと、銀千代、自信なくしちゃうな」
「……」
「今の関係が終わることに恐怖する必要はないんだよ。一歩先に行くと思えばなにも怖いことはないでしょ?」
「いや、だからそういうのじゃなくて……」
「普通銀千代みたいにかわいい女の子が自由にしていいよって言ったら欲望をストレートにぶつけてくるもんだと思うの。これに反応しないっていうことは、性的マイノリティに該当するんじゃないかなって」
「……」
「LGBTQUくんみたいな」
無駄に語感がいいのが腹立つ。
「もしそうなら銀千代が合わせるから心配しないでね」
「黙れ」
「あれ、でも、待って、動画とかだと普通に興奮してるみたいだし、性的マイノリティじゃないんじゃないかなぁ。あっ、ひょってして、二次元に興奮しすぎて、三次元じゃ」
「黙ってくれ!!!」
母親はキッチンで料理している。こういう時、聞き耳をたてているタイプなのだ。
このままこいつと居間で話してたら、気まずいの極みになる。
マッサージにかこつけて、穏便にこの場を去ることにしよう。
「あ、ちょっとまってゆーくん」
立ち上がった俺を制するように銀千代が俺の服の袖をつかんだ。
「今日来たのは書き初め見てほしかったのと、もうひとつ! マッサージの前に見てほしいものがあるんだ。4チャンにして」
「なんで……」
垂れ流しにされていたテレビを指差す銀千代に従い、リモコンでチャンネルを4に合わせる。
『アハッピーニューイヤー!』
若い女たちのキンキン声が響く。
「これ見てほしくて来たんだ!」
銀千代がにこにこして手を合わせている。
なにを言ってるんだろう、と思って画面を見たら、銀千代が立っていた。
「あー……」
ハイビジョンの銀千代の肌もきめ細かくて綺麗だった。アップになった。よそ行きの笑顔である。いつもよりデカい知り合いの顔はなんか見てて気恥ずかしい。
「えへへ、正月特番で深夜にやっている芋洗テレビがお昼にスペシャル放送することになったんだよ」
「この世の終わりかなぁ……」
くっ、スターダムに芸能界の階段上りやがって。
画面では司会のお笑いコンビが新年の挨拶をし、主要メンバーの自己紹介が始まっていた。
「このあとすごいから、見ててね! ワンコの挨拶のあと……」
画面の中の芋洗坂のメンバーの一人が頭をさげる。小柄で活発そうな女子だ。たしか西東一子という名前で、あだ名がワンコだったから、彼女の次に銀千代が……、
「あれ?」
画面のなかでは沼袋七味が手を振っている。
「ま、また……」
銀千代は拳をプルプルさせて怒鳴った。持っていた半紙がぐしょくしょになっていった。心が歪んでいく。
「カットされてる……ッ! どういうこと!」
これが芸能界の荒波というやつか。
「あー、ドンマイ」
「酷いよ! 短めにっていうから五分に短縮してスピーチしたのに!!」
「そりゃカットされて然るべきだな」
銀千代はテーブルの上に置かれていたリモコンを手に取りテレビの電源をオフにした。
「最近こういうのばっかりなんだよ。銀千代はただ愛を語っているだけなのに!」
そうですか。
「ちなみにどんな話したんだ?」
俺の質問に銀千代は嬉しそうに応えた。
「今年の抱負を聞かれたからチョウチンアンコウになりたいっ返答したの」
「チョウチンアンコウ?」
グロテスクでノヘェーとした深海魚が脳内に浮かび上がる。
「うん。チョウチンアンコウはね、すごいんだよ。まずメスに比べてオスはものすごく小さくて、深く真っ暗な海で奇跡的に出会った二匹は寄り添って生活するの。それでね、メスにくっついていたオスは、そのうち消化器とかもメスのものを流用しはじめて、どんどん同化していくの」
「……」
「二人の愛は永遠に一緒なの。だから、銀千代とゆーくんはチョウチンアンコウになりたいの」
「俺はなりたくない」
それって究極のヒモじゃねぇか。
「なのに、こんな素敵な抱負をカットするなんて本当に許せない! これがメディアの印象操作ってやつだね……」
「メディアに感謝した方がいいよ」
お前がアイドル出来てるのは優秀なスタッフさんたちのお陰だから。




