第55話:一月一日の朝が来たら
つけっぱなしのテレビから拍手の音が聞こえて来ていた。
十一時が0時になり、十二月が一月に変わる。
単身赴任していた父さんも帰ってきており、母さんと俺、親子三人で新しい年を祝う。
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
毎年恒例の挨拶を、慎ましく、どこか他人行儀に交わす。
年越しそばも食べたし、いい一年のスタートが切れたと思う。
ふとスマホを見ると銀千代から着信が来ていた。
3件。年明けてまだ五分しか経っていない。
おっとー、4件目が着信中だぁ。
「……」
少し考えて、折り返すのはやめることにした。めんどくさい。
玄関チャイムが鳴った。メリーさんだって出てから来るのに。
ため息をつく。
母さんが出ようとしたので制して玄関に向かう。暖房が届いていない廊下はひんやりとしていて、憂鬱が足取りを重くさせる。
ドアを開けると案の定銀千代が立っていた。何もかもが予想通り。吹き込む冬の冷たい風と一緒に遠くのお寺から鐘の音が聞こえてきていた。
「明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!」
といい笑顔のまま大声で叫ばれたので、同じ文言をそのままお返しした。
「来年も、再来年も明明後年も、その先も、末永く、よろしく、お願いしまぁす!」
「そこまではわからないなぁ」
「ゆーくんと銀千代の愛はとこしえだもんね。えへへへ」
身をよじらせてでれでれと言われる。寒気がした。
「お前、今年の抱負は人の話しをちゃんと聞くとかにしとけよ」
「じゃあ、ゆーくんの抱負は銀千代にたくさん愛を囁くだね」
なるほど、そしたら銀千代は俺の話はちゃんと聞くようになるってか、なるほどぉ、こりゃ一本とられた、って、やかましいわ。
「じゃあ、良いお年を」
と扉を閉めようとしたら、ガッとノブを掴まれて、思いっきり開けられた。吹き込む一月の夜風。趙公明も封神される温度だ。
「ごめんね、ゆーくん、ほんとうは年明けの瞬間もいっしょに居たかったんだけど、父様がそれはだめだって言うから……
」
「まあ年明けの瞬間ぐらいは家族で過ごせよ」
「ゆーくんもそう思っていてくれて嬉しいよ」
頬を仄かに染めて言われる。
「……ん?」
俺別にお前と家族じゃないけど。
「時差の関係で今からサモアを目指せばギリギリ新年むかえられるけど、どうする?」
「どうもしない」
「えへへ、さすがに冗談だよ。でも他の女でなく銀千代を選んでくれて嬉しいよ!」
「いや、選択肢がそもそも与えられてないんだけど」
「年明けはいっしょにいられなかったけど、年末年始も銀千代で決まり!」
いまなら10連無料で回せる! みたいなテンションで言われても、困る。
「それで、はい、これ」
謎の黒い紙を差し出される。
「ゆーくんが今年初めて受け取った年賀状は、銀千代からだよ」
「ああ、ありが……うぇ」
変な声が出てしまった。
はじめは真っ黒だと思ったのだけど、よくよく見てみると蟻よりも小さな文字がびっしりと書かれている。
虫眼鏡がないと読めなそうだけど、解読より先に収斂発火で燃やしたくなりそうだ。
「それでもってぇー、はい、これ、お年玉。ゆーくんが今年始めて受け取ったのは銀千」
「おしまいください」
銀千代がポケットから取り出した封筒は見てわかるぐらい分厚かった。
「えー、なんで」
そもそも同級生にお年玉をあげる文化は日本にはない。たぶん。
「……じゃ、一回受け取ってお前に渡す。俺からのお年玉だよ」
「……っ! ありがとう!」
これでいいんだ。
「それじゃ初詣行こうよ。お賽銭にお年玉いれるの!」
神様びっくりしちゃうよ。
「行かない。じゃあ、よいお年を」
ドアを閉めようとしたら、足を挟まれた。くっ、悪徳訪問販売か、こいつ。
「何を言ってるの、ゆーくん。一緒じゃなきゃ良いお年なんて過ごせないよ」
「いい加減一人立ちしろ!」
「いっしょに初詣行ってくれたらするよ。いつまでも一緒にいられるようにお祈りするの」
一人立ちする気ないじゃん。
「祈らない。もう寝るから!」
「やー!」
足を隙間から追い出そうと押すが、岩みたいに動かなかった。
「もう0時回ってんだぞ! お前も寝ろよ!」
「ゆーくんと一緒に初日の出見るまでは寝ないって決めたんだ!」
「俺の意見を聞いてから決めてくれ! 寝るから! 俺、もう、寝るから!」
「ゆーくんの嘘つき。これからおもしろ荘見ようと思ってるでしょ」
「おも、思ってないよ。眠いから寝る!」
「……ほんとう?」
「本当」
「むう、わかったよ。じゃあ、とりあえず、寒いから、入れて?」
「帰れ!」
と、俺が叫んだとき、「あら、銀千代ちゃん!」と母さんがリビングから顔を覗かせた。
「あけおめことよろー」
「あけおめことよろです!」
友達かよ。
平然と挨拶を交わし合う二人に怖気立つ。
「それにしても……やれやれ、まったく。いつまでたっても戻ってこないから、なにしてんのかと思ったら……年明けからイチャイチャと……」
「えへへ……若い二人は仕方ないのです」
黙れ!
「それより、和子さん、ゆーくんと初詣に行きたいんですが、構いませんね!?」
「いいわよぉー。冷えるから温かくして行きなさいね」
「ありがとうこざいます!!」
「いまから行くの?」
「はい!」
「行くわけねぇだろ!」
思わず声をあげてしまった。外真っ暗だぞ!
「俺もう寝るから!」
「じゃあ、朝に迎えに行くね」
「来なくていい、行かないから! わざわざ人混み行きたくないし」
「それじゃあリモート初詣にしとこうか」
なにそれ。
「行くか行かないかとりあえず朝にまた聞くね! おやすみなさい!」
ヒラヒラと手を振って銀千代がドアから離れた。ゆっくりとしまっていく扉。
「なぁに、あんた。また意地はってんの? 行ってあげなさいよ」
母さんが呆れたように呟いた。
「かわいい女の子が折角誘ってくれてるんだから。自分の恵まれた立場をきちんと自覚なさい」
「新年ぐらいは静かに暮らしたいんで……」
肩をすくめながら、リビングに向かう。普段あんまりテレビは見ないが、初笑いのお笑い番組はわりと好きなのだ。
「寝るんじゃないの?」
と母さんが聞いてきたので、
「テレビ見てから」
と返事をしたら、
ガッ。
と音がして、閉まりかけの玄関ドアに人の指がかかって、ゆっくりとまた開き始めた。
「ゆーくん、まだお話しする?」
顔を半分覗かせた銀千代がゆっくりとドアを開けようとしてきたので、
「……いや」
「……」
「もう、寝る」
と返事をして自分の部屋に向かった。まだおったんか、こいつ。仕方ない、番組は見逃し配信で我慢しよう。
毛布を被って強く目を閉じる。
なんか夢を見たような気がするが、起きたときには、どんな夢かすっかり忘れていた。
なんか銀千代が出てきたような気がするし、脳が初夢と認めたくなかったからかもしれない。




