第54話:十二月と読みかけのクリスマスキャロル
冬休み。特にやることもないので家で宿題をやっていたら、窓をノックされた。時計を見ると、ちょうど0時。なるほどボチボチだと思っていたよ。
カーテンを開けると、トナカイの着ぐるみを着た銀千代が立っていた。向かいの金守家では奇妙なファッションショーが開かれているらしい。
「メリークリスマスイブ、ゆーくん!」
毎度毎度の事ながらご苦労なこった。
手を広げ、花咲くような笑顔をこちらに向ける。
「プレゼントあげたいから窓開けてー」
普通イブの夜に来るもんじゃないのか?
23日から24日の移り変わりはただの平日だろ。
「……いいけど、部屋には入って来るなよ」
「……」
無言になるな。
「おい」
「わかりました」
大きく頷かれる。まあいい、信じよう。
クレセント錠を上げて、窓を開けると、当然のようにサッシを乗り越えてこちらにやって来た。実に軽やかなステップだ。
信じた俺がバカだった。
「人の話聞いてた?」
吹き込む冬の夜風。ちきしょう。この状態になったら危ないからもう止めることはできない。
「約束破ってんじゃねぇよ!」
怒鳴りながら、寒いので窓を閉める。
ベッドの上に着地したあと、ナチュラルに嘘をついた銀千代は「ん」とあざとらしい声をあげながらフローリングに着地した。
「部屋に入らなきゃプレゼント渡せないから、先に約束したこっちが勝りました。えへへ」
などと訳のわからないことを言っており……。
「本当はケーキも焼いてお祝いしたかったんだけど三年前のクリスマスで怒られたから今年は焼いてないんだ……ごめんね」
少しうなだれるトナカイ。
「あったなぁ、そんなこと。二度と作るなよ」
三年前のクリスマスイブに銀千代はウェディングケーキぐらいデカイのやつを用意してきたのだ。美味しかったが、毎食ケーキになった。保存も大変だったし、お正月もケーキになった。そのせいで、甘いものが苦手になり、体重が二キロ増えた。
「それでプレゼントは?」
「うん、ちょっと待ってね」
着ているトナカイの着ぐるみには首のところにジッパーがついていた。それを一気に引き下げる。
「どじゃあーん」
脱皮するように着ぐるみを脱ぎ捨てると、サンタが現れた。赤と白の衣装だが、布面積よりも肌露出のほうが明らかに多い。ミニスカでおへそが出ている。
「おまっ」
セクシーな格好だ。
「プレゼントは銀千代でぇーす! 好きにしていいんだよ。都合のいい女だよ」
「くそ、くだらねぇ!」
二年くらい前も同じやり取りした気がする。
「くだらなくないよぉー。じゃあ、唾液交換しよっ!」
「頭おかしいんじゃねぇの?」
「おかしくないよ。はい、チュー!」
唇を尖らせてハグしてこようとしたが、なんとか寄りきりをかまし、ベッドに投げつける。日の丸相撲読んでいてよかった。
「いきなりベッドインだなんて、ゆーくんったら、慌てん坊のサンタクロースさんっ! きゃあー! 今日は大丈夫な日だから、ホワイトクリスマスにしとく?」
「……はやく帰れよ」
「プルスウルトラしよ?」
「しない」
ベッドの上で仰向けになった銀千代はわちゃわちゃと両手を広げて動かした。死にかけのセミのようだった。
「おこしてぇー」
くっ、胸が揺れとる。目に毒じゃ。
「まあ、いいだろう」
右手を差し出す。
「うぇい!」
「っ!」
モノ凄い力で引っ張られたが、展開を読んでいた俺はなんとか踏ん張って、逆に銀千代を起き上がらせた。勝因は体重差だ。
「むぅー」
上半身を起き上がらせた銀千代はふて腐れたように頬を膨らませ、
「早くしないと性の六時間が終わっちゃうよ」
と呟いた。さっさと終われ。つうか、それはイブからクリスマスにかけての時間だから、23日から24日にかけては関係ないだろ。
「せっかくのクリスマスイブなのにかっこつけちゃうのは、カッコ悪いよ」
言いたいことはわからないでもないが、一階に両親がいるんだから、そんな奔放に振る舞うことなんて出来るわけがない。
「ゆーくん。いまなら銀千代のカラダを好きにできるんだよ。もっと自分に正直に生きようよ」
「少し黙れ」
俺はこの日のためにありとあらゆる状況をシミュレーションしてきたのだ。当然銀千代来襲パターンも想定していた。最悪なパターンは全裸だったが、それすらも耐えられる強靭な精神力がいまの俺には備わっているのだ。
「そんな冷めたゆーくんのハートに銀千代サンタは温もりをプレゼントします!」
腕を交差させて、谷間を強調させてきた。ぐっ、着衣のほうがエロいなんてデータに無かったぞ。こいつ、戦いの中で成長してやがる。
落ち着け、俺。短期決戦に持ち込もう。
「もういい、プレゼントやるから帰れよ」
「……えっ、あるの!? 恋人がサンタクロース!?」
驚いたように目を見開く銀千代さん。さすがに長い付き合いだから用意ぐらいはしている。
「ちょっ、ちょっと待って」
わたわたと顔を真っ赤にしてスマホを取り出す銀千代。
「薬局まだやってるかな。コンビニとかでも売ってるのかな。銀千代は別にいいんだけど学生でデキちゃったとかだと、ゆーくん困るもんね。え、えっと、ご、ごめんね、銀千代もなんだかんだで初めてだから、えっと、その」
「……そーゆーのじゃないから……。普通の、ふつーのプレゼントだよ。クリスマスプレゼントな。健全な」
「赤ちゃん?」
「ちがう!」
「ホワイトクリスマス!」
「人の話きけって。モノだよ。モノ」
「あ、そっちの」
そっち以外にないよ。
「ご、ごめんね、なんか舞い上がって、へんなこと言っちゃったね。引かれちゃったかな、えへへ……」
常に変だから引くことはない。
顔の火照りを両手をパタパタさせて冷ましながら銀千代は笑ってごまかした。謎に照れられるとこっちのが照れてくる。
ベッドの下から買っておいたプレゼントを取り出そうと屈み込んだら、
「んっ、ふぐぅ」
銀千代が涙を流していた。顔をしわくちゃにして、めっちゃ不細工。
「……何で泣きはじめた?」
情緒不安定すぎてクスリを疑うレベル。
「ん、だってぇ、苦節十六年、やっとぉ、ふぐ、ゆーくんが銀千代にぃ」
「まあ、そうかもなぁ……」
お土産とかはたまにあげてたけど、明確にプレゼントとして渡すのははじめてかもしれ、
「指輪をぉ、エンゲージリングをォ、くれるなんてぇ、ふぐぅ」
「いや、そんなもんあげねぇよ」
泣かれてるから強く言えなかった。
「うっうっ、うん、そだよね、結婚指輪は二人で選ぼうね。高くなくても、愛があれば大丈夫だよ。ありがとね……ふぐ」
「いや、指輪なんてあげないからな。ほら、これ」
プレゼントを渡す。
「あ、ありがとう、ゆーくん、大切にするね」
箱を胸に抱いて銀千代は涙を流した。むにっ、音がしていないはずなのに、そんな効果音が聞こえた気がした。
「開けろよ」
とはいえ、頭を悩ませて買ったのだ。なんだかんだで送り先が喜んでいる姿を見るのは嬉しい。
「ううん、大丈夫だよ」
中を見てほしい俺の提案を銀千代はゆっくりと首を横に降った。
「いや、なにが大丈夫なんだよ。プレゼントなんだから、開けろって」
「新品未開封で保存したいな」
「はぁー?」
なにを言ってるんだ、こいつ。
「いや、いいから開けろって、せっかくのクリスマスプレゼントなんだから!」
「だって、開けちゃうとゆーくんが銀千代のために包んでくれたラッピングが破かれちゃうんだもん」
包んだのはギフトショップの店員さんだ。
「だから、この状態で保存するの」
「するな、開けろ」
「えー」
「こういうこと言いたくないけどお前のために頭を悩ませて選んだんだ。開けて見てほしいんだよ、俺は」
「……ありがとう、ゆーくん」
銀千代は小さく頷くと、包装のテープの端に爪を引っ掻け、ゆっくりとめくり始めた。
「もっと、ぱぱっと……」
「しっ!」
「……」
「包装紙が破れちゃうかもしれないから、集中させて……!」
「破いていいんだよ……」
銀千代はスーパースローカメラで撮影したのかと思うほどゆっくりとした動きで箱の包装を剥がしていった。
「あんなに一生懸命銀千代のことを想ってくれたんだもんね、ほんとうに嬉しいよ」
「……」
「最初は楽天ショップで悩んで、そのあとお店で悩んで、トータルで四時間三十分くらい銀千代のために頭を捻ってくれたんだもんね。その時間だけで銀千代は本当に嬉しいんだよ」
「なんで知ってるんだろうねぇ……」
「……」
俺の質問に答えることなく、ラッピングを解いた銀千代は、ゆっくりと爆発物処理班のように現れた箱を開いた。
中に入っているのはネックレスだ。去年のクリスマスに銀千代からロケットペンダントをもらったのでそのお返しである。正直ロケットに写真をいれるのはダサすぎてできないので(去年もらったものは引き出しの奥にしまってある)、普通のデザインのもので上書きする作戦を思い付いたのだ。
「う、ううっ」
銀千代は泣きじゃくりながら箱を再び閉じて、「ありがとう」と消え入りそうな声で呟いた。ほとんど声が出ていなかった。ほぼ口パクだった。演歌歌手かな?
「まあ、よかったら使ってください……」
俺も妙に照れてしまって、なぜか敬語になってしまった。
「うん。……うん! このままの状態で、博物館で厳重に保管するね」
「普段使いしてください……」
できれば、でいいから。




