第48話:十一月が愛を射る
うおおおおおおおおおおおおおおお!
うおおおおおおおおおおおおおおお!
うおおおおおおおおおおおおおおお!
治ったぁああああああああああああ!
うおおおおおおおおおおおおお!
心の中でガッツポーズしながら、整形外科を出る。
晴れ渡る晩秋の青空は、まるで俺の快気を祝福してくれているかのようだった。実に清々しい気分である。まるで正月元旦の新しいパンツ履き替えた朝のように!
ギプスの取れた右手を太陽に掲げ、アニメのよくあるオープニングみたいに何度もニギニギして解放感に酔いしれる。
うおおおおおおおおおおおおお!
うおおおおおおおおおおおおお!
完治ぃいいいいいいい!
「よかったね! ゆーくん!」
「うおっ!」
「これでまたオテテをつなげるね」
「……お」
行き先を告げていないのに当然のように銀千代が現れた。
「……お、ぉぅ」
恥ずかしいところを見られてしまった。とりあえず何もなかったテイで乗り切ることにしよう。
「えと、色々と心配かけたな」
「ううん。ちょっとだけ寂しいけど、銀千代も右腕を卒業して、普通の銀千代に戻るね」
「おう、ご苦労さん」
最後までなに言ってんのかわからんやつだ。
「もし他の部位の調子が悪かったら直ぐに言ってね。銀千代、骨髄バンク入ってるから」
バンと財布から臓器意思提供カードを取り出して裏面を見せてくる。特記事項に「ただし相手はゆーくんに限る」と書かれていた。
「お前の臓器を貰うぐらいなら死を選ぶ」
「!? ゆーくんが生きてさえいれば銀千代は死んでもいいんだよ!」
「そういう意味ではない」
「銀千代がいない世界に未練ないのはわかるけど、ゆーくんはちゃんと生きて!」
涙ながらに叫ばれた。
呪われそうだからお前の臓器はほしくない。と言える雰囲気ではなくなった。思いを伝えるのは難しいことらしい。
まあ、いいや。ともかく今は右腕が完治したことを喜ぼう。
「さてと、帰ってゲームするか!」
勉強しなくちゃいけないってのもよくわかるが。なぜだろう、ヤバイ状況ほど情熱は燃え上がるもんなのだ。
スキップしたくなる気持ちを抑えて歩きだす。
「ちょっと待って、その前にいいかな」
銀千代は俺の右手を掴んで恋人繋ぎしてきた。直ぐに振りほどく。
「見学に行こうよ」
「……は? あー、オープンキャンパスのことか?」
「うん。そんなかんじ。ゆーくんが骨折してたから、治ったら誘おうと思ってて」
そういえば担任がホームルームでオープンキャンパスに行くことをすすめていた。モチベーションがアップするらしい。
「いや、申し込みとかなんもしてないから」
「銀千代がしといたから大丈夫だよ」
随分と用意周到なやつだ。こいつ俺の怪我の度合いを完全に把握していたな。
「んー、でもなぁ、だるいなぁ」
両手でしっかりコントローラーもってゲームしたいしなぁ。
「将来のことを見越して下見しておくのは大事だと思うよ。たとえソコに決まらなくても雰囲気ってのは伝わって来るものだし」
「ふぅん。たしかに一理あるな。まあ、いいや。どうせ暇だし」
ゲームはいつでもできるけど、オープンキャンパスにはタイミングがある。折角右腕が治ったのだから、遠出するのも悪くない。
と思いながら銀千代に誘われるがまま、駅に行き、改札を通り、電車に乗った。
流れる車窓の風景。
木々はすっかり紅葉し、天気もいいので、たまの遠出も悪くない、って思って数十分。
相も変わらず電車のなかだ。
めっちゃ乗っている。
けつが痛くなってきた。
一時間ぐらい経過した。意味わからん。どうやら東京を目指しているらしい。どゆこと。
「おい、どこ行くんだよ」
景色もいつの間にかビル街に変わっている。しりとりに夢中で気づくのが遅れた(銀千代は大抵告白をしてくる)。
「えへへ。ミステリーツアーだよ」
「もう引き返したいんだけど」
「大丈夫、もうすぐだから」
新橋に着いた。
おかしい。数分前まで俺は千葉の整形外科にいたはずなのに。
「おい、まじで、どこに向かってるんだ」
「もうすぐ着くよ」
三十分前と同じ発言をして地下鉄に乗り換える。
人が多い。怖い。人混み、怖い。帰りたい。
「お、おい、ほんとにオープンキャンパスなんだろうな?」
新橋駅は背広を来たサラリーマンがいっぱいだ。一様に無表情で、まるで葬列である。
「もうすぐだよ」
それから十分くらいして、ようやく電車を降りた。湿った地下鉄の風が頬を撫でる。
改札を出て、長い階段を上ると、青山だった。
港区青山。
「ふぇええ」
大都会。
でいだらぼっちかと思うほど巨大なビルがいくつも建っている。
「ふえぇぇ」
高級車ばかりだ。へんなリュックサックを背負ったチャリが走っている。あれが噂のウーバーイーツか。初めて見た。本当にあったんだな。
「こっちだよ」
銀千代が手を握り、俺を先導する。
「うぃ……」
都会怖い。めっちゃ人いる。前に一人旅で東京来たときは人出は全然いなかったのに、いまはお祭りかと思うくらい人が溢れている。そうかあのときは自粛期間中だったか。
道行く人たちはみんなお洒落でキラキラと輝いて見える。 俺、絶対浮いてるよ。着古したパーカーじゃ青山似合わないよ。手を引く銀千代は凄く馴染んでるけど、俺、めっちゃ帰りたいよ。
「ぎ、銀千代、どこ向かってんだよ」
「んふふ、もうすぐだよ」
女子大生とおぼしき集団とすれ違った。美人ばかりだった。キャピキャピしていて、いい匂いがした。
「ふぇぇえ……」
たしかに大学が多いらしい。
どこを目指しているのだろう。大通りから、小道に入り、表参道の方に行く。無駄に美容院ばかりある一角を抜け、たどり着いたのは式場だった。
式場……?
「……」
「結婚式場の見学ができるんだよ」
にっこりと微笑まれた。
「オープンキャンパス言うたやないかい!」
思わず関西弁で突っ込んでしまった。
「えへへ、ざぁんねん。銀千代は見学としか言ってませーん」
ぶっ殺すぞ!
「だとしても、俺はオープンキャンパスであってるか何回か聞いただろ!」
「だから将来的に来るであろう結婚式場のオープンキャンパスに来たんだよ」
「オープンキャンパスっていったら普通大学だろ!」
「あ、そうなんだ。ブライダルフェアとオープンキャンパス間違えちゃった。横文字苦手なんだよねぇ」
「お前帰国子女だろがい!」
テヘと舌を出された。
「騙したな!」
「まあまあ、ゆーくん乗り掛かった船だし、ここまで来ちゃったらとりあえず見学だけしていこうよ。タダだし」
「……」
「試食できるんだよ。もしここで帰っちゃったら折角準備してくれたものが無駄になっちゃうし」
一時間以上かけてわざわざ東京に来たのだ。たしかにここで引き返すのは勿体ない気がする。
「見るだけだからな!」
仕方ない、ちょっとだけ付き合ってやろう。
銀千代はにっこり微笑んで、会場へ向かって歩き始めた。
「コロナ終わったばっかだけど、油断はできないからね……いまはどんな式がトレンドなのかちゃんとスタッフの人に聞かないと」
「いや、だから、お前……」
ぐいぐいぐいぐいと式場に入っていく。中は幸せそうなカップルで溢れていた。
「ゆーくんも銀千代も、友達少ないから、家族式にしとく?」
「なに、話進めてるの……?」
「あ、予約していた宇田川です」
受付のスーツを着た女性に声をかけた。なんで俺の名字で予約とってるの……。
「はい。承っております」
名簿を見ながらスタッフの人は俺と銀千代にアンケートを渡し、会場に案内した。
油断していた。
俺はてっきりチャペルの見学をチョロッとするだけだと思っていたのだ。
ところがどっこい、ブライダルフェアというのはわりとちゃんとしたイベントらしくて、
そのあとは、なんというか、まあ、パーカーの俺がめちゃくちゃ浮きまくる展開が目白押しだった。
結婚式場の見学とか、モデルによる模擬挙式を眺めたりとか、ブーケトスの演出では、銀千代がバスケ部かと見紛うほどの動きをみせて、花束を確保していた。もう忘れたい思い出ばかりだ。
ただし、模擬披露宴での試食は最高だった。これだけで来てよかったと思った。冷やかしなのが申し訳なくなるぐらい美味しかった。用は済んだので帰りたくなったが、そのあとウェディングドレスとタキシードの試着会があった。
素直に誉めるのは恥ずかしいのだが、純白のドレスに身を包んだ銀千代は、それはもう美人だった。
さすがモデルをしているだけはある。照れて言えなかったけど。
というか「ゆーくん、タキシードかっこよすぎる! うびゃあああ!」と奇声を発するので俺の誉めるタイミングがなかっただけだ。スタッフの人めちゃくちゃドンびいてたし。
最後にプランナーの人への相談会があった。一、二時間ぐらい経っている。帰りの電車を考えると今日一日銀千代に潰されたようなもんだった。
「一つ困っている事があって……」
「はい、何でもご相談ください! 花嫁さんのお悩みを結婚の前に無くすのが私たちの仕事ですから」
「有難うございます」
ぺこりとお辞儀をして銀千代は口を開いた。
「彼が照れてプロポーズを受けてくれないんですけど、どうしたらいいですか?」
「え」
ものすごい目で見られた。そりゃそうだ、場違いにもほどがある。
もうやだ、物凄く帰りたい。
「あ、えっと」
さすがプロ。スタッフのお姉さんはにっこりと微笑んで続けた。
「でも、いっしょにこういうイベントに来てくれるってことは、愛し合ってるのは間違いありませんよ」
間違いだらけだ。
俺は目的地もわからずこいつに連れてこられただけなのだ。
「えへへへ、そうかなぁ」
「はい、間違いありません。ですよね?」
こっちに話をふられた。
「あ、っはは……」
笑って誤魔化すのが限界だった。
東京に来てまで俺は何してるんだろう。




