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幼なじみがヤンデレ  作者: 上葵
最終章:金守銀千代は砕けない
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第42話:Shine On You Crazy Diamond 4


 家についてから、傷口にあてないようにシャワーを浴びて、ご飯を食べて、自室でのんびりする。


 二日、経とうとやっぱり痛い。


 利き腕が使えないのは、やっぱり不便だ。コントローラが握れないので、ゲームができない。一日がこんなに長いなんて久しく忘れていた。

 いつもなら銀千代が叩く窓ガラスも今日はシンとしている。


「……」


 退屈だ。時計の針が進む音だけが空しく響いている。

 スマホをいじってみても、気が紛れることはなかった。


「してェ…… 」


 静まり返った室内。

 寂しさを紛らわせるためか、自然と独り言が多くなる。


「ゲームしてェ~~~……」


 暇の極み。

 腕の固定さえなければ……。

 いや、待てよ。

 固定観念を捨てよう。

 腕が折れてちゃゲームできねぇとでも?

 ゲームとは心の所作。


「そうだよ。世の中には色んなゲームなあんだよ」


 パソコンを起動させる。

 左手と右足でマウスを操作し、ノベルゲーをストアから購入する。評価が高いものをテキトーにダウンロード。


 ボタンを押すだけで操作できるテキストゲームなら指が使えなくても関係ない。

 退屈な夜はこれに限るぜ。


「……」


 恋愛シミュレーションだと思ったらメタフィクションの鬱ゲーだった。

 最悪だ。登場人物が徐々に狂っていく展開は気が滅入る。ヤンデレ嫌いなんだよ。

 くそっ、寝る前だってのに変なもん見せやがってッ!


 さっさと寝ることにした。

 退屈な夜はこれに限る。



 頼んでもないに朝はやってくる。瞼を突き刺すような日射し、カーテンの隙間を睨みながら顔をしかめる。

 つまらない日常の始まりだ。


 利き腕が使えなくても、制服をスムーズに着られるようになった。海軍大将みたいブレザーを羽織り、学校に行こうとドアを開ける。


「あ」


「おはようございます」


 銀千代が立っていた。後ろで髪をまとめている。ポニーテールだ。くそかわいい。

 にこにこと華やかな笑顔を浮かべている。夜気を帯びた朝の空気がしっとりと彼女を包み込んでいた。


「一緒に登校しませんか?」


 家の前に来られたら避けようがない。


「ああ、そうだな。おはよう」


「おはよう!」


「……」


「……」


 なんか気まずい。

 気温がより一層冷え込んでいるように思える。冬はもう近いのかもしれない。この間、木枯らしが吹いたとニュース番組でやっていた。


「お前、記憶戻ったの?」


「え、えへへー、どうでしょうー」


「戻ってないな」


「……なんでわかったんです、……の?」


「以前のお前はいちいち俺に許可をとったりしない。一言ずばり、学校にいこう、それだけだ」


「そ、そうなん、だね。うん。なんでだろう、全然思い出せないんだ。……太一くんのこと以外は完全に覚えているのに」


「っ!」


「どうしたんで、……の?」


「いや、名前で呼ばれるの久しぶりだったから」


 バカの一つ覚えみたいにゆーくんゆーくんだっから、逆に新鮮だ。


「そうなんだ。えっと、ゆーくん、のほうが、よかった? あ。馴れ馴れしいかな。宇田川、くん?」


「いや、名前でいいよ」


「ありがとう! うん。改めてよろしくね。太一くん」


 くっ、可愛すぎる笑顔だ。なんだこいつ。くそ可愛いな。なんか腹立ってきた。なんで、こんな、普通にしてれば、美少女なんだ、こいつ。


 いつもと同じように登校したが、いつも通りなのはそれぐらいだった。校舎内で俺に銀千代が声をかけてくる事はなく、淡々と授業は進んだ。

 はしっこの後ろの席から銀千代の方を見る限り変化は無さそうだった。ドラマのワンシーンのような絵になる横顔だ。

 国語の時間、教科書を忘れたらしい雑司ヶ谷くんに、机をくっつけて見せていた。

 ボソボソと先生にばれないように私語を交わし、クスクスと微笑みあう様子は美男美女のカップルのようにも見えた。


「……」


 何だってばよ……この気持ち、下腹の辺りがキュンとする。


 俺と黒板の視界の導線にあいつらの席があるから嫌でも目にはいる。ウザい。

 イライラしていたらあっという間に放課後を迎えた。


 用もないし、やることもないので早々に帰ることにした。

 鞄を掴んで立ち上がる。


「あ、宇田川」


 ドアから出ていこうとする俺を、雑司ヶ谷くんが呼び止めた。


「この後時間ある? ちょっと話せね?」


 カースト上位の呼び出しだ。断れるはずがない。

 他愛のない雑談を交わしながら、雑司ヶ谷くんの後に続くと、体躯倉庫の裏にたどり着いた。運動部の掛け声が校庭から聞こえてきている。

 嫌な予感を抱えながら、「それで話って?」って訪ねると、にたりと笑ってから口を開いた。


「八月の海でのこと覚えてる?」


 海……。今年の夏休みのことを言っているのだろう。

 半開きの体育倉庫から汗の染み込んだマットの臭いが立ち込めて、ギンナンの香りと交ざって最高に臭かった。


「ああ、あの……」


「あの時さ、俺、フラれたんだよね。金守さんに」


「あ、そうなの……」


 知っていた。なぜなら銀千代は俺の目の前で着信を受けていたからだ。雑司ヶ谷くんは自嘲ぎみに鼻をならした。


「だけどさ、今日の感じさ、どう思う?」


「どうって……」


「行けるんじゃないか、って思ってさ」


「え、断られるんでしょ?」


「一回だけだぜ。それが、関係あんの?」


 く、くぅ、さすがに陽キャな雑司ヶ谷くん。一度や二度ふられたとしても関係ない。

 好きになるまで告白すればいい、という単純にして崇高な考え方だ。


「とはいえ、念のため確認しておきたくてさ。宇田川、話してくれよ」


「話すってなにを?」


「別れたんだろ、金守さんと。見てりゃわかるぜ、それぐらい」


 もとより付き合っていない。

「詳細教えてほしくてさ。情報を集めて外濠から埋めてきたいし。ほら、別れたてで弱ってるところが一番狙いや……って元カレに言うことじゃねぇか」


「……前も言ったかもしれないけど、べつに付き合ってないんだって」


「今さらさ、世間体とか気にしなくていいよ。こないだのヤツ、ヤバかったよな。記事が出たから別れたんだろ?」


「違うって別にそんな訳じゃなくて」


「まあ、あんだけ炎上したら普通別れるよな」


 畳み掛けるように雑司ヶ谷くんはケタケタと笑った。


「十分満足しただろ? 現役アイドルとか最高だな。羨ましいぜ」


「……」


 やっぱり、この人も話通じないタイプみたいだ。いやになってきた。帰りたい。


「そんでさ、海の時にも言ったけど、次は俺がもらうから。構わないよな」


「別に……いいけど」


 付き合う付き合わないは当人間のやり取りだ。わざわざ俺に許可を取る必要もない。


「応援してくれよ。ちな、どうすれば金守銀千代はオトせるん?」


「……それは……わからないけど」


 結局、あいつがなんで俺のことが好きなのかはっきりわからなかった。


「ふぅん。つかえねぇな」


 なんだこいつ。腹立つやつだな。


「まあ、いいや。そんじゃ一つだけ教えてくれ」


「なにを?」


「もうヤったの?」


「……」


 ドン引いている俺の顔を見て、雑司ヶ谷くんは吹き出した。


「いやさ、わりと重要だぜ。俺の見立てによると金守銀千代はそうとうエロいと思うんだよね? 実際どうなの?」


「知らないよ。そんなこと」


「……ほぉん、ってことはまだヤってないわけね。ははっ、よかったよ。同じクラスに兄弟いんの気まずいもんなぁ」


「話それだけ? もう帰りたいんだけど」


「待てって。相性ってわりと重要だぜ? ひょっとして、宇田川ってまだ童貞か?」


 は? ふざけんな。夢の中なら経験あるし。

 空しくなるから反論しなかったけど。


「金守銀千代って最優良物件を目の前にして手を出さないってチキンすぎない? それとも向こうの貞操観念が結構しっかりしてるとか? 経験上、それはないと思うんだけどな」


「……」


「ああいう女が一番エロいんだよ。仕込めばなんでも言うこと聞くようになるぜ。お前もったいないことしたよな。まあ、俺はありがたかったからいいんだけどさ。お前のお古とか絶対い……っ」


 頭に血がのぼるという表現をよく目にするが、どういう状態か、本当に理解している人は意外と少ない。

 それは、気がついたら、相手を蹴飛ばしている、という意味だ。


「ってぇ、なにすんだよ!」


「……!」


 無言で拳を振り上げる俺に雑司ヶ谷くんは舌打ちをして、


「痛ぇなっ!」


 当然殴り返し来た。

 そして、不幸なことに、この間のリンチ被害で俺は利き腕が使えなかった。


 当然、負ける。


 惨めに地面に這いつくばった俺を見下し、


「ただの軽い冗談だろ。通じねぇとか、まじでツマンないやつだな。キメぇんだよ。死んどけ」


 と悪態をついて、去っていた。

 俺も、なんで手が出ていたのかわからなかった。

 

「……またかよ」


 最近這いつくばってばっかりだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] ゆーくんはカッコいい。 ゆーくんの銀千代への愛は本物だ。 真実の愛を見失った銀千代カワイソウ……。
[一言] 冗談だとしてもそこまでの仲でもないやつに言うのはキモイぞ☆
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