32 キサラとヴァレル(2)
キサラは直後に剣を戻して、違う高さから振り下ろした。縦に、横に、斜めに――連続する絶え間ない斬激を、ヴァレルはギリギリのところで、全て受け止める。
キサラの加速は、精魂技術によるものだ。確信したヴァレルは、戦いの中で、彼女の動きをトレースした。知覚系技術を発動させることで、同時に、マナの流れを見極める――リアルな実力差があるキサラは、最高の手本だった。
ヴァレルの動きと意識のブレが、急速に埋まって、シンクロする――身体中に流れるマナをコントロールすることで、ヴァレルの反応が、四肢の動作が、加速していった。
「あんたには、感謝しなくちゃな」
ヴァレルの意図に気づいて、キサラは怒りに肩を震わせる。
「あたしの技を盗んだね――ふさげるんじゃないよ!」
迸る憎悪をパワーに変えて、キサラの剣が再加速した。
ヴァレルも反応して、スピードについていく。しかし、アドレナリンで誤魔化してはいたが、抉られた左肩は麻痺して、重くなっていた。精魂技術で無理矢理に動かしているから、今は戦うことはできるが、左手の命中精度は、確実に落ちている。
キサラも、当然気づいていた。
「――残念だったね。ここが、坊やの限界だよ!」
勢いを増すキサラの剣を、ヴァレルは徐々に防ぎ切れなくなる。腕や足の外側、左半身の端々が、何度も切り裂かれていった――血飛沫を上げながら、しかし、ヴァレルは勝機を見出していた。
感情に任せて加速するキサラの動きに、無意識に組み込まれた癖とパターン。粗くなった動作の中に、僅かに生じた隙を、ヴァレルは見逃さなかった。
次の攻撃を予測して、ヴァレルは一瞬前に動いた。キサラの振り上げた剣が伸び切る瞬間を狙い、柄を握る左手を、下から突き上げる。ヴァレルの一撃は、手を貫くまでは至らなかったが、剣を落とすには十分だった。
キサラは反射的に後方へ飛び退くが、ヴァレルは、それも予測していた。追い縋る二撃目。キサラは右の剣で受けようとするが、ヴァレルの突きの方が早かった――。
次に響いたのは、激しい金属音だ。
真紅の光を放つヴァレルの剣は、幅広の曲刀に受け止められていた。黒髪を覆う白いバンダナ。無精髭を生やした男は、つまらなそうにヴァレルを見る。
――何だ、こいつの力は?
後退りしようとする本能に、ヴァレルは耐えていた。男の剣は、ヴァレルの力を平然と止めて、ピクリとも動かない。ヴァレルが身を引いた瞬間に、その豪腕が襲い掛かってくることは、容易に予測できた。不用意に動けば、死に直結する。
「貴様は、この程度の奴に、梃子摺っていたのか――キサラ。オレが代わりに、始末してやる」
「ルシアーノ――どうして、ここに?」
唖然とするキサラに、無精髭の男――ルシアーノは、呆れた顔をする。
「理由を説明する必要が、あるとはな――少しは、周りの状況を見ておけ」
顎で杓って、後方を見るように促した。
『不死者の宴』の所々で繰り広げられていた黒服と武装集団の乱戦。それが、まるで時間が凍りついたかのように、動きを止めていた。戦いを忘れた男たちは、呆然とした顔で目を見開き、正面玄関へと続く広い廊下の先を見つめる。
無数の視線が集まる場所には、先ほどまで、床に突き刺さった多数の氷柱があり、巨漢の男が中心に立っていた。その情景は、ヴァレルとキサラが戦っている間に、一変していた。氷柱は砕かれて破片と化し、その傍らでは、天鵞絨のローブを着た男が、血溜まりに倒れている。
さらに前方では、巨漢の男が、廊下を塞ぐように居座る巨大な姿を前にしていた――一本一本が直径一メートルを超える黒い蛇が十匹。その胴体は繋がっており、巨大なナメクジのように横たわる。
「枢機卿猊下――偉大なる蛇神ロブナウルを召喚するなんて、あんたは最高だよ! アハハハハ!」
キサラは高笑いを上げた。薄紫色の目が、殺戮の期待に染まる。
「これなら、勝てるさ――クランラベルの冒涜者と、愚かな賛同者に血の制裁を!」
巨漢の男は、両手に握る大剣を振りかざし、巨大な蛇に切り掛かった。大剣は膨大な光を放ち、巨大な光の柱と化して、蛇の首を次々に切り落とす。しかし――男が次の首を落とす前に、切り口から蛇の首が再生していた。とぐろを巻く蛇の巨大な顎が、四方から男に襲い掛かり、黒い胴体が男の姿を飲み込んでしまう。
――次は、どうする?
ヴァレルは、目紛しく思考を回転させた。巨大な蛇は、幻影系技術によるものか。それとも、キサラの言葉の通りに、何者かの召喚系技術によって出現したものか――蛇との間に距離があるため、確かめる術はなかった。しかし、何かしら対処をするにしても、まただ多少は、時間的な余裕はある。
直近の問題は、目の前にいるキサラと、ルシアーノと呼ばれた男の方だ。キサラ一人でも、ギリギリどうにかという状況に、突然、割り込んできた曲刀使い――ヴァレルの感覚は、ルシアーノに得体の知れない力を感じて、警告音を鳴らしていた。新たな強敵の存在に、いつもなら歓喜に震えるところだが、何処か拭い去れない違和感がある。
そもそも、ルシアーノは、どこから現れたのか。ヴァレルは直前まで、彼の存在に気づいていなかった。
――まあ、良いさ。やれるだけのことを、やってやる。
今でもルシアーノの曲刀は、ヴァレルの深紅の剣をピタリと止めている。すぐ後ろでは、キサラが右手に剣を握りしめて、反撃に出ようとしていた。
ヴァレルは試すことにした。青い目を細めて、挑発的な笑みを浮かべる。
「オレは、キサラと戦っているんだぜ――まだ勝負は着いていないから、邪魔をするなよ」
キサラが反応して、野獣の視線を向ける。
「――ルシアーノ。あたしに、やらせておくれよ!」
「駄目だ――」
ルシアーノは、落ち着き払った声で即答した。
「――この男を殺したいなら、オレが剣を抑えているうちに始末しろ。貴様の私情などに、付き合う気はない」
冷たい殺意が、ヴァレルに向けられる。今、己の手で殺すことが、得なのか、それとも、損か――ルシアーノの鈍色の目は、冷酷な計算をしていた。
主導権を握っているのはルシアーノであり、簡単には隙を見せそうにない。ヴァレルは冷静に観察しながら、状況が動くのを待つと――唐突に、事態は動いた。
「こっちが下手に出ているからって、それはないだろう? ルシアーノ――あんまり舐めた口を、利くんじゃないよ!」
キサラの野獣の目は、ヴァレルから、ルシアーノへと憎悪の対象を移す。負の感情を荒れ狂わせて、キサラは咆哮するように叫んだ。
「洗礼も受けていない俗人風情が! 蛇神ロブナウルが光臨されたからには、貴様らの助力など不要なんだよ!」
傷ついた左手で、ルシアーノの襟首を掴む。しかし、ルシアーノの身体は、ピクリとも動かなかった。鈍色の目は、ヴァレルを見据えたまま、微塵の隙も見せない。
「時間稼ぎをしても無駄だ――」
低い声が無感動に告げると、ルシアーノは動き出した。
曲刀の柄に埋め込まれた中枢結晶体は、ほとんど鋼と同色で目立たなかった。しかし、ルシアーノが武装技術を発動させた瞬間、まるで絵具をぶちまけたように、複数の色が浮かぶ。それぞれの色は混ざり合い、刻々と色を変えていく――。
襟を掴むキサラの手を無造作に払うと、ルシアーノは音を立てずに一歩踏み出した。一瞬でヴァレルに迫ると、曲刀を一閃させる――ヴァレルの目が捉えたのは、そこまでだった。高速で動く剣は、残像を残して姿を消す。
――これが、剣匠クラスの力なのか?
見えない刃が、風切り音を響かせて、ヴァレルに襲い掛かった。ヴァレルは視覚にマナを集中して、どうにか刃の姿を捉えようとする。しかし、微かな影のような姿を感じ取るだけで精一杯だった。




